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思い出ノート  作者: 多摩
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冬名残

冬。

灰色一色の空から白い雪が降り、アスファルトの道路を薄く覆う。吐く息は白く、指先は熟れた林檎のように赤くなってしまっている。痛いくらいに、寒い。息を吐いて温めようとするけれど、所詮は焼け石に水。なんの効果も得られず指はただ冷えて行くだけだ。

ーーーこういうことなら手袋をしてこれば良かった。

そんな風に今更ながら後悔。ここら一帯は冬になれば冷え込むことくらい分かり切っているのだから、朝少し天気が良かったからと言って準備を怠けるとこういうことになる。しかし嘆いてもどうしようもないことは事実。私はコートの中に腕を突っ込んで家まで耐え忍ぶことにした。寒いことには寒いけれど、素手を冷気に晒しているよりは遥かにマシである。ああ、今度からは手袋だけじゃなくてカイロも持ってこようかな。今まで使ったことはないけど、多分薬局とかコンビニで売ってるはず。あれって結構あったかいし、安価だから財布にも優しい。

そんな風に何気に小遣い千円であることを嘆いてみせる自分に気づいて苦笑。お年玉を貯めればいいのに、そんなものは気付いたらすぐに本に変わってしまっている。はなから貯金などという考えは自分の中にないのだろう。将来が若干不安になるが今は気にしない。というか多分一生。死ぬ間際にお金がなくて本の山に埋まって死んでいる自分を想像してまた笑った。...笑事ではないけれど。

そういえば、とふと足を止める。今日は私のお気に入りのラノベシリーズの新刊が発売される日だったはず。前回気になるところで終わったから続きが読みたくてしょうがなかったのである。何だかクライマックスっぽいけど一体どうなるんだろうか、主人公って結局どうするのかな、ラスボスってやっぱりあの人なんだよね、とか色々。ライトノベルはあまり読む方ではないけれど、好きなものは好きなのでこんな風にドキドキしたりもするのだ。

しかしこのまま買いにいこうとすれば結構時間が掛かってしまう。その分寒さを味わなければならないわけで、あんまり嬉しいことではないのだけれど、やっぱり続きも気になるので迷う。しばらくの間、そんな風にどうすべきか迷いながらぱたぱたと忙しなく何かを目印にしたように何もないところを何往復もして、ようやく決心する。

ーーーよし、買いに行こう。寒さは我慢できてもこの好奇心は抑えられないっ。

そんなこんなで家路をゆうに三十分は伸ばしてしまう私は真性の馬鹿だと思う。この馬鹿が読書以外でも発揮されればいいんだけどなあ。もっと積極的になりたい、みたいな。


「やった売ってたぁ」

思わず歓喜の声。そこそこ積まれた文庫本の一番上のものを手に取ってふふふと笑う。この作者刊行が遅めなので焦らされる気分になるのである。別にそのことを悪く言うつもりはないのだけれどできるならもっと早くして欲しいものだ。面白いものを「マテ」の状態は正直キツイ。もうやだもん。

表紙は相変わらず大人しい絵で今回はいつもより暗めの色で統一されていた。

この小説主人公が三人いるのだが、まず一番手前に何巻か前に兄妹だと判明した男女の主人公が二人目を瞑って立っており、奥の方に背中から翼を生やした三人目の主人公が小さ目で描かれている。

何だか宗教画を見ている気分になる。うーん、この絵師の人他の作品じゃめちゃくちゃ明るい絵描いてるんだけどな。やっぱり絵柄を使い分けているのだろうか。

表紙だけ見て後は両手で抱えるようにしながらレジの方へ向かう。あらすじは見ない。楽しみが半減してしまう、というか少し展開を知ってしまうと後は最後まで読みたくなってしまうので、泣く泣く我慢しているのだ。もう中毒だよね、面白い作品って。

鼻歌を歌いながら踊るように歩いていると人にぶつかった。目を瞑って歩いているからだ馬鹿。

「ご、ごめんなさいっ」

「いや、俺も悪かったし、...ってあれ?佐伯か?何やってんのこんなとこで」

「...へ?」

なんでこの人私のこと知ってるんだろう、と思って顔を上げてみると、

「ふぅわっ!?のの、野上くんっ!何でここに!?」

同級生の顔を見て私の頭は爆発する。多分今顔真っ赤だ。

「え、何って漫画買いに来ただけだけど。今日新刊発売してたからさ。そういう佐伯も本買いに来たの?」

あたふたする私を見て少し驚きながら野上くんは漫画を見せてくれた。私は更にしどろもどろになりながらそうだよ、とだけ答えた。ちゃんと聞き取れたかどうか怪しいが今はとにかく離脱したい。彼にこんなところを見られるなんて恥ずかしすぎてもういやだ。

そっかーと野上くんは言うと、私の手元を見て、

「何買ったの?」

「いい、いや別に何もっ!」

「そう、ならいいけど」

隠しながら何とか誤魔化す。ああやばいもうだめ限界。

「それじゃ俺はもう帰るから。佐伯はまだいるんだろ?」

「...え、うん」

「じゃあな、また明日」

「...うん、じゃ、ね」

行ってしまった。あまりにもあっさりすぎて某然とする。ぽかんとしているうちに野上くんは店の外に出て行った。


...馬鹿、こんなんだからダメなんだ。


今更後悔。もう遅いけど。

彼との会話は毎回短い。彼を見ていると分かるのだが、それはどうも私とだけのものではないようだ。彼は相手が引っ張らない限りは会話を長くしない。気を遣ってか早めに終わるような話し方をするのだ。だから彼と話せた時間が短くても後悔はしない。自分が悪いもの。自分からどんどん話題を切り出して行けばあのまま彼と少しは道を歩けたかもしれない。変に恥ずかしがってあやふやに喋っていたからこんなことになる。落ち込むくらいなら会話するくらいの努力はすべきなのだ。

でもまあ、それができれば苦労はしないけれど。

別に人と話すのは苦ではない。用事があれば話しかけれらるし、友達とだって普通に話せるから。だけど彼とだけは無理なのだ。どうしても萎縮してしまう。何か間違わないかと怖がってしまう。びくびくと硝子細工に触れるように、遠慮ばかりしてしまうのである。

友達はワレモノではない。

怖がっていては触れることすらできないのだ。


ふう、溜息。

何だか惨めだった。

片思いし続けてはや十年。未だに想いは届けられない。馬鹿だな、と自嘲して、私はまたレジへ向かった。




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