第肆編
第肆編
夜の孤独
おまえがあんまりちいさいので、寝返りをうってつぶさないよう、
夜寝るときは、おまえを部屋から出していた。
おまえをソファーの上に置き、わたしが居間のドアへ向かうと、
勘のいい、おまえはすぐに気がついて、ダッシュをかけて、わたしを追い抜く。
部屋の段差をのぼりそこねて、べしゃりとおなかを打ちつけても、
それでもおまえは、必死にわたしの部屋に駆け込む。
おまえが何度だってそうするので、
しかたなく、わたしはおまえを、わたしの母に引き渡す。
母は、おまえをつかまえておく。
わたしが部屋に入り、戸を閉じると、母はおまえによく言い聞かせ、
おまえを、わたしの部屋の前の廊下にある、猫ベッドにそっと置くのだ。
おまえは、わたしの部屋の戸の前で、
少し鳴いてはあきらめて、それからおまえの夜がはじまる。
孤独なおまえの供なるものは、ライオンちゃんのクッションに、
左右の腕から、ひも付きの、ふわふわボールをぶら下げた、
起きあがりこぼしのおもちゃ。
おまえはふわふわボールにむしゃぶりつく。
すると、起きあがりこぼしが、ごろり、ごろり、と転がる。
真っ暗な廊下で、
おまえは、ふと我にかえるとさみしくなって、鳴きはじめる。
さみしい夜には何度も鳴いて、
そうしておまえはいくつもの、夜をぬけては大きくなった。
もう本当に大きくなった。
夜におまえは鳴かなくなって、部屋の戸は、自分で勝手に開けられる。
起きあがりこぼしの腕からは、ふわふわボールを引きちぎった!
今や孤独もさみしさも、忘れたような、おまえに、ある日、
おきあがりこぼしの腕についていた、ふわふわボールを投げてやる。
そしたらおまえは、興奮した。
声さえあげて興奮した。
ほかのふわふわボールを投げたときの、二倍も三倍も。
そうしてわたしは、おまえのちいさな頭に、いくつもの、
さみしい夜の、記憶のなごりが、残っているのを知ったのだ。
おまえが、そのふわふわボールで興奮するたび、
わたしはおまえの孤独を思いだす。
それは今でも、わたしの胸を、すこし刺すのだ。