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 プリムがサラマンダーへと声をかけて、紫もお願いしますとあとに続く。粒胡椒をもぐもぐと咀嚼したサラマンダーが、ちろりと炎を覗かせた。


「この銀色のかけらのあたりに、ゆっくり炎をお願いします」


 串が焼けないように気を付けながら、紫は銀のかけらを指し示す。銀ろうには炎を当てようとしなかった紫に、当てないのか、とロウシュが小さく呟いた。


「先に周りを温めて、さっき塗った【酸化防止剤(フラックス)】を少しとかしておくんです。……それから、地金を温めておくことでろうもくっつきやすくなるんですよ」


 じわじわと舐めるように炎を当てていくサラマンダーに、紫は感動しながら「ろうのほうへ火をお願いします」と声をかける。サラマンダーのほうは言葉を理解しているらしく、紫のお願い通りに吹き出している炎をゆっくりと銀ろうのほうへ滑らせていった。


 ごくり、とプリムがろうを凝視している。切りっぱなしのいびつな四角形だった小さなろうが温められて角を丸め、徐々に丸い銀色の粒のようになっていく。あと少し、と紫は小さく呟いて、ぷるぷると震える銀ろうに視線を注いだ。

 一瞬、震えたろうがきらっと橙色に光り、そのままべったりと地金のほうに広がる。


「溶けました」


 火を止めてください、とまた声をかけ、紫は銀のかけらをピンセットでつまみ上げると、それを用意しておいた水の中へ入れる。じゅっと音が上がったのを確認してから引き上げた。


「……と、こんな感じです。ちょっと色が変わっちゃいましたけど、これは磨けばどうにかなるものなので」


 全体的には白く、ところどころに黄色や茶色のまだら模様、ムラが出来てしまったそれを、紫は手のひらでぬぐった。水気を飛ばして、それから腰につけたホルダーから、またも小瓶を取り出す。今度はフラックスのような、白くもったりとした感触のあるものではなく、透明な液体が小瓶のなかを満たしている。


「これは……」

「酸です。火を当てたあとには、『酸洗い』が必要で。ええと、火を当てるとこうやって表面が変色するんですけど」


 紫は手のひらの銀の欠片をコロコロと転がしながら、興味深そうなロウシュに変色した部分を見せる。


「今回はそこまで色が変わったわけじゃありませんが……火を当てたことにより、金属に『酸化膜』が張ってしまうんですよね」


 それをとるための行程で、と結んで、紫は少し考えてから簡単にまとめ直した。


「要するに、銀の色を戻しましょう、綺麗にしましょう……っていうことです」

「……何だか、不思議だな」


 酸の入った小瓶に銀の欠片を浸し、紫は「何度もロウ付けするときにも使うんですけどね」と瓶をつつく。


「酸化膜がはると、ロウ付けしにくくなるので――あ、だからそれを防ぐために【酸化防止剤(フラックス)】を塗るんですけど、毎回やって損はありませんよ! 丁寧な作業が繊細な宝飾品への近道ですからね」


 銀の欠片を浸して小瓶を少し揺すり、小瓶を熱心に見つめているプリムとロウシュに紫は微笑みを隠せなかった。浸したかけらはだんだんと白っぽく色を変えていく。初めて彫金をしたときは不思議でわくわくすることばかりだった、と紫は懐かしさを覚えながら、色が変わりきった欠片を小瓶から取り出した。


「終わったら、今度はこっちです」


 また新しく瓶を取り出した紫に「ずいぶん物が入ってるんだな……」とロウシュは腰のポーチを見つめる。ミルシェさんが下さったんです、と紫もひとつ頷いて、新しい瓶を振って見せた。今度は、液体ではなく白い粉が入っている。


「なあに? 塩か何か?」

「重曹です」


 これで擦るんですよ、と酸に浸した欠片を一度水にいれ、それを引き上げて紫は重曹を振りかける。重曹って調理にも使うやつ? と尋ねたプリムに「その重曹ですよ」とひとつ頷いた。


「重曹で擦ると、表面の白っぽいところが薄れて、もとの地金が少し見えてくるんです。白いままだとわからないですが、こうして表面の白いところを擦り落とすことで、ロウ付けが成功したのかどうかも分かりやすくなります」


 酸を中和するためでもあるんですけど、と紫はこすった銀の欠片をプリムへ手渡す。なるほどね、とプリムはそれを手のひらでひっくり返して眺めていた。


「おお、くっついてる」

「あとは磨いたりして完成させるんです。場合によっては磨かずに、白っぽいのをそのままにすることもあるんですが、それは好みで……と言ったところですね」


 さて、と紫は腕捲りをして、ロウシュから預かっていたプリムの壊れたペンダントをポーチから取り出す。


「火の具合も確認できたので、修理をしてしまおうと思います」

「わ、ほんと!?」


 やった! とぴょんと跳ねたプリムに少し微笑んで、紫は壊れたペンダントをもう一度見直した。壊れた箇所としてはまず、ペンダント本体の石留めの爪だ。三本ある爪のうち、一本が折れてなくなっているから、まずはここに新しく爪を立てなくてはならない。続いて、直すべきなのは鎖の部分だ。紫の見立てでは千切れたチェーンは元々四十五センチくらいのものだろうが、留め具から六センチくらいの場所で千切れてしまっている。これをどうにかして繋げる必要があった。


「少し、チェーンが短くなってしまうかとは思うんですけれど……」

「えっ! ど、どれくらい短くなっちゃうかな……!?」

「こっちの……長く残っている方のチェーンに留め具をろう付けし直すので、【ペンダントとして使うのには問題はないけれど、今まで使っていたのよりは短いかな……】くらいです」

「それなら全然平気! つけられるなら嬉しいんだ。このペンダント、ちょっと懐かしいものだから」


 えへっと笑ったプリムに紫もニコッと笑って、ひとつうなずく。そうなのよね、と紫は内心で呟いた。


 壊れた装飾品を直したい。その理由には色々なものがあるだろうけれど、一番に来るのは【思い出の品だから】という理由だろう。本来なら買い直せてしまうほどの値段であったとしても直すのを希望するのには、【それ】に込められた持ち主の気持ちや思い出が色濃く残っているからだ。


 例えばまったく同じものを用意したとしても、「それじゃない」こともある。欲しいのはデザインがそっくりそのまま同じのものではなくて、壊れてしまっても長く使ってきた【それ】だったりするのだ。だから紫は「直してほしい」という依頼に応えたくなる。その人が大切にしてきたものを、また大切にできるようにするのが、自分の持っている技術に対する責任だろう、とも思っている。


「それじゃあここから、ちょっと無口になりますけど」

「うん。わかってる。あたしも出来るだけ、作業の邪魔になんないようにちょっと離れたとこで見てるから」


 わがままいって作業見せてもらっちゃうけどゴメンね、とプリムは申し訳なさそうにしながらも、興味津々といった目で、紫が向かった作業台から、少し離れた場所へと座る。ロウシュはそんなプリムと並んで静かに佇んでいた。


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