18
「紙みたいに薄いな……」
紫の取り出した銀の板――【銀ろう】を、翡翠のような緑の瞳でまじまじと見つめるロウシュに、プリムがくすりと笑う。
「ロウシュも案外、こういうの好きよねっ」
「自分がやらないぶん、興味深いんだ……俺はあまり手先が器用な方ではないからな」
無愛想な口調で返したロウシュに、「それは手先だけの話かしらね?」と赤毛の少女がにやにやと笑う。それが意味するところを何となく察してしまった紫も、えへへと笑う他なかった。人付き合いが不器用そうだ、と紫が言うのもおかしいかもしれないが。
「これは銀なのか?」
「はい。あ、でも素材として扱う銀よりは、銀以外のもの……そうですね、この場合は錫だったり、銅だったりが多く含まれているんです。えーと、昨日の夜に話した【割金】ですね。ミシェルさんに頼んで、探してきてもらったものなんですが……やっぱり、ロウシュさんもおっしゃってましたけど、ここは銀と別のものを混ぜる習慣がないせいか、なかなか見つからなかったみたいで。地金は純銀で、接着に使うものには混ざりものがあっても目をつぶる……そんな感じなのでしょうか」
「……なるほど。【素材として扱う銀】より、溶けやすくしているんだな?」
金属と金属の溶接に使う【ろう】は、いわば金属用の糊と言ったところだろうか。金属が接着剤でもしっかりとつくようなものなら【ろう】も必要ないのだが、実際は強度面で大きな不安が残る。そこで必要とされるのが【ろう】だ。金属と金属を溶けた金属で繋げてしまえ――というわけだ。
ただ、そのためには【ろう】の方が素材より早く溶ける必要があり、それゆえ錫や銅などの成分が多く含まれている。
「金属に長く火を当てれば溶けてしまうし……細工物に扱うなら、その細工が溶けるまで火を当てるのは不味い、ということだろう?」
「はい。だから早く溶けるように調整してあるのがろうなんです。私が持っているこれは銀ろうというもので、貴金属に……特に銀製品によく使うものですね。金製品には金ろうを使うことが多いですし、もとの素材と同じろうを扱うことで接合性……密着率も良くなるんです」
「水を垂らして、氷と氷をくっつけるようなものってことね。水も冷えて氷になるから、そこだけくっつくし。けど、土と土を氷でくっつけるとなると、やっぱりそこだけ素材が違うわけだから、ちょっと折れやすかったりするじゃない?」
「なるほど」
プリムの補足にロウシュが頷き、紫が続けて取り出した二枚の銀の板に黒髪の青年は「まだあるのか」と少し驚いたように目を見開く。
「ろうにも溶けやすいものと溶けにくいものとありまして。さっき見せたのは五分ろうという、一番基本的なものです。溶ける早さはろうの中でも中間くらい。そしてこの、五分ろうより本当に少しだけ白っぽい銀色をしているのが三分ろうといって、五分ろうより銀の成分が高く配合されている分、溶けにくいんです。最後にこっちの……三分ろう、五分ろうよりも黄みがかっているのが七分ろうです。銀の成分が他の二つに比べて少なくなり、代わりに錫や銅が多く混ぜられているので、早く溶けるぶん、こうして黄色っぽくなるんですね」
銀の板を三枚並べれば、確かに三分、五分、七分ろうの順に色が変わっている。こんなにある意味はあるのかとたずねたロウシュに、「ろう付けをしなくちゃいけない部分がたくさんあるときに便利なんですよ」と紫は頷く。
「ひとつのものにたくさんろう付けをする際に、同じろうだけを使っていると不具合が出てくるんです。折角ろう付けしても、別の場所に取りかかったら、火を当てたときのその熱で、今ろう付けした場所が取れてしまったり……ですね。上手い人だとそういうことも減るんですが、私はまだそんなことができませんし、あとは……そうですね、小さなものをつけるときに、早く溶けるろうを使わないと作品自体が溶けて原型をとどめなくなったり。金属は案外繊細なんです」
「難しいことをしているんだな……」
「慣れればそう難しくもないんですけど、慣れるまでは……緊張と落胆が交互に襲ってきますね……」
学生時代にろう付けで何度泣いたことか、と苦い記憶を思い出しながら、紫は五分ろうだけをのこして腰につけたホルダーに二枚のろうをしまう。
「他にも二分ろう、早ろう、九分ろうなどもありますが……九分ろうは銀細工というよりは真鍮とか、そういう素材に使うと聞きました」
「適当に選んで適当につけられないのが溶接のめんどくささと醍醐味だよね……」
うんうん、とプリムも深く頷きながら、紫がいくつかの銀の欠片と銀ろうを手にし始めたのを食い入るように見つめる。
「私なんかは銀の武器は滅多に作らないし、扱うのも鉄とかそんなものばっかりだったりするから、銀ろうなんて初めて見たよ。鉄とかはわりと混ぜ物してくっつけちゃったりもするし、……あ、でも叩いて伸ばすことの方が多いなあ……そう考えると、あんまり溶接の機会はないんだよね~。これからくっつけるの?」
紫の手元の銀のかけらを指差したプリムに、ええ、と紫は頷く。サラマンダーの火力がどれくらいなのか見ておきたかったし、紫の知っている火と、精霊の力を借りて扱う火が、どれ程違うものなのかも知りたかったから。
おいてあった煉瓦を拝借し、紫はそこへ銀の欠片を二つ並べる。ホルダーからひとつ小瓶を取り出して、ついでに細い木の串も取り出した。
「ん? なあに、これ」
「【酸化防止剤】、です。ろうを流れやすくするものですね」
ガラスの小瓶のなかにつまっているヨーグルトのような白いペーストにプリムが首をかしげる。目の前で蓋をあけて、紫はそこへ串を差し込んだ。
「ろうを流したい場所にあらかじめ塗っておくんです。そうすると、火を当てたときにそこにろうが流れるんですよ」
銀のかけらの表面にそれを薄く塗り、紫は小さく切った銀ろうをその上に乗せる。プリムがサラマンダーをかかえて、銀の乗った煉瓦の近くへとそっと下ろした。ひと摘まみの粒胡椒を手にとって、紫はそれをサラマンダーへと差し出す。
「よろしく、サーちゃん」
プリムの声がかかった。