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「プリムさんは鍛冶屋さんなんですね」

「そーなの! ユカリちゃんとちょっとだけ似てるでしょ? 彫金師だもんねえ」

「繊細さには天と地ほどの差があるみたいだがな……」


 半ば引きずられるようにしてプリムに連れてこられた場所は、どうやら作業場のようだった。

 金づちや木槌のようなもの、はたまた紫が見たこともないような、金属製の箱のようなものなど――散らかっているわけではないが、色々な用具が作業台の上に置いてあるのが見える。

 壁にかけられている金属の薄い板に目が行って、紫は近くに寄ってみる。形状から察するに、出来上がればナイフなどになるのだろうか。


 紫の世界ではまず『鍛冶屋の作業場』なんて、見かけることはないものだから、好奇心が先走っていた。赤い炎が燃え盛っている炉に近づいて、炎の勢いに驚く。

 ただ単に木や炭を燃やした程度では得られない火力だ。少し離れていても熱が伝わってくるし、石か何かで組まれているのであろう炉の内側が、溶ける寸前のように橙色にてらてらと光っている。

 ガスか何かがこの世界にも存在しているのだろうかと、紫は燃え盛る赤い火を見つめた。


 炉から少し離れたところの一角に、金属で作られたものを紫は見つける。

 大きさからいえばティッシュの箱を縦に二つ、一番長くなるように並べたときの大きさに似ているだろうか。形状からいえば、鉄道のレールに少し似ている気もした。

 上がアイロン台のように平らで、下に行くにつれて少しくびれた部分があるものの、安定性が出せるようにと机や地面に触れる一番下の部分はしっかりと平らに伸びている。

 黒々としているその金属の表面には何度も打たれたような跡があって、紫はそれを見て「金床ですか?」とプリムに尋ねた。


「そうだよー。彫金用のとは大きさが全然違うかもしんないけど、これは金床!」


 プリムは自慢するように胸を張る。長年の相棒といっても過言じゃないよ! とにっこり笑った。


 金床(かなとこ)とは、鍛冶や金属加工を行う際に用いる作業台のことだ。平らな部分に火で熱して柔らかくなった金属をおき、金槌などで叩くことで薄く伸ばしたりすることができる。その他にも、金属を折り曲げたいときなどにも使うことがあった。


 炉と金床(かなとこ)に興味を示した紫に「やっぱり気になるでしょ」とプリムが相好を崩す。

 こくりと素直にうなずいた紫に、「私も彫金する場所とかすごく気になるもん」と目を輝かせた。


「鍛冶屋って言っても、あたしは主に武器とか小さいもの専門で、防具みたいにそこまで大きいものは作らないし……や、いつか作りたいなとは思ってるけど。でも、逆に小さいものを作る彫金も見てみたいなって」

「わ、私も……! 鍛冶なんてさっぱりですけど、でも、作る工程とか、見てみたいなって」

「あとで見てみる? うふ、なんか久しぶりにこういう話ができる人にあえて嬉しいっ!」


 きゃっきゃとはしゃぐプリムに、「本筋を忘れていないか」とロウシュが呆れたように口にする。

 いっけない、と舌をぺろりと出して、「こういうとこがダメなのよねー」とプリムは紫に申し訳なさそうに謝った。

 はしゃぐ気持ちは紫にもよく理解できるものだし、「気にしないでください」とにっこりと笑う。


 何かを作る楽しさを知っていれば、誰かが作ったものにも興味がわく。

 作曲家が絵画を見てメロディーを思いつくように、あるいは小説を読んで絵がかきたくなるように。

 作っている人間だからこそわかるものがある。


 えへへ、と照れくさそうに笑ったプリムは、「火を使うだろうから、専門家も呼んでるの」と悪戯っぽい目を紫とロウシュに向ける。専門家? と首をかしげた紫に、「すっごく驚くと思うよ!」とプリムは自信満々な笑みを浮かべる。ロウシュは“専門家”が誰だか知っているのか、特に驚く様子はなかった。


「それでは先生、お願いしますっ」


 じゃじゃん! と口でファンファーレを真似して、プリムは炉の方へひらりと手を振る。炉に? と首をかしげた紫の視線の先で、ゆらりと炎が震えた。


 のそり、とゆったりした動きで炎がだんだんと炉からはみ出てくる。動く炎なんて見たことがないと好奇心で前のめりになる紫の目の前で、炎がじわじわと縮まっていく。


 ちらちらと散っていく炎のなか、姿を表したのは赤い煉瓦のような色をしたトカゲ――に見える生き物だ。これは、と視線でプリムに聞けば、赤毛の少女は得意気に胸を張る。


「この子が【専門家】のサーちゃんです! ……えへへ! サラマンダーって知ってるかな……火を司る精霊なの」

「聞いたことは」


 聞いたことは――ある。たしか、何かのファンタジー小説を読んだときにそんな生き物が出てきた気がする。火をはくトカゲという風に記述されていたのを、まさか本当に見ることになるとは思わなかった。


「サーちゃんはね、この工房の守り神なの。……サーちゃんがいなかったらここはやってけないねえ……火は大事だもん。何をするにしてもね」


 げふ、と口から小さく炎を吐き出したサラマンダー(火蜥蜴)に、紫はまじまじとみとれてしまう。金色の瞳が磨きあげた真鍮のようにキラキラとしていて、体をおおう鱗は縁のところが鉄のように黒く染まっている。触っても平気だよ、とサラマンダーを両手で抱えて差し出してきたプリムに、紫はおそるおそるうなずいた。


「案外熱くないから。だいじょーぶ。……サーちゃんは精霊にしては他の人にもおおらかでね。抱っこされるのは好きみたい。撫でるのはやめてあげてね? 鱗が剥がれるんじゃないかって、たまに心配してるみたいだから」

「……う、わ。あ、あったかいですね」


 爬虫類の見た目だからと、サラマンダー自体はひんやりしているのかと思いきや、両手に広がるのは人より高い温度だ。つるつるぷにぷにとしているお腹はほんのり温かく、触っていて気持ちがいい。ときおりちろりと吐かれる炎がなければ、頬擦りしてしまいたいくらいだ。


「火を借りたいときには胡椒を少しあげて。えーとね、これはその……仲良しの印? みたいな感じなのかな。私はあんまり精霊には詳しくないんだけど、精霊によっては本契約を結ばなくても、対価を用意すれば力を貸してくれる精霊もいるんだって。ミルシェさんが言ってたから、これは間違いないね!」

「……始めの頃は髪の毛やら服やらを焦がしていたお前が……成長したな……」

「ロウシュうるさい! 今はもうプロよプロ! 精霊術師じゃなくたってサーちゃんと私は相棒だもん!」


 ぷくっとむくれたプリムが、紫の腕の中にいるサラマンダーに粒胡椒を一つまみ与えれば、サラマンダーはぎゅうぎゅうと鳴き声のようなものを漏らす。ちょっとウシガエルの鳴き声ににているかもしれない、と紫はサラマンダーの短い手足を見つめる。ぱたぱたと動く姿が可愛らしかった。


「で、本題に戻るね。ユカリちゃんにはサーちゃんと一緒に作業して貰いたいんだけど、ちょっと注意してほしいことがあって」

「はい」

サラマンダー(火蜥蜴)って言うくらいあって、サーちゃん、水がちょっと苦手なの。急に水をかけたりしなきゃ全然平気なの。具体的には、そうね、うっかり水の入ったツボを勢いよく倒しちゃったりとかしなければ平気だから」


 そういえば昔よく倒していたな、と小さく呟いたロウシュの声は聞こえなかったのだろう。プリムは何も言わずに「作業するところ、見てていいかな」と小さな頭をかしげた。


「邪魔になるようだったらすぐ出ていくから……! 私ね、ユカリちゃんの作るところ、見ていたいの。先生もユカリちゃんの作った装身具、とっても誉めていたし、ちょっと見せてもらったんだけど……綺麗だった!」

「そ、うですか……?」

「うん! あは、照れてるでしょ? 顔真っ赤!」


 真っ直ぐに褒められたのがどうにもこそばゆく、えへへとはにかむしかなかった紫にプリムはにっこりと笑う。ひまわりのような笑顔だと思った。眩しくて、まっすぐだ。


「こっちには無いデザインだな、っていうのもあったし。なんだろうね、石が生き生きしてるっていうかねー。好きなんだね、宝石とか、彫金とか。好きだっていうの、見ててわかるの」

「……照れます」

「いろんな宝石をみてきたけど、きらめいてるなって思った宝石はユカリちゃんの作ったやつだけかな、今のところ。輝いてるのはたくさんあるけどね?」


 ふふ、といたずらっぽく笑って、プリムは粒胡椒がたっぷりと入った麻袋を紫へと手渡す。試しにあげてみて、とサラマンダーを指差したプリムにならって、紫もひとつまみの粒胡椒をサラマンダーの口許へと持っていく。かぱりと開かれた口にぱらりと粒胡椒を落とせば、火を司る精霊は満足そうに口を動かし、それを咀嚼し始めた。


「えーと。サーちゃんは賢いから、火の出し加減を何回か教えれば、あとは声をかけるだけで調節してくれるんだけど……たぶん、鍛冶の火加減よりは弱い……よね?」


 彫金はみたことないんだけどさ、と続けたプリムに、おそらくは、と紫も返す。小さな銀などは、あまり火を当て過ぎると溶けてしまって、原型をとどめなくなってしまうことも多い。銀の熱伝導率はかなりのもので、だからこそ繊細なデザインの装飾品に火を当てるときは、ある種の緊張が体を満たす。


「ちょっと、試してみてもいいですか?」


 腰につけていたホルダーから薄い銀の板と、いくつかの銀の欠片を取り出した紫にプリムが「どうぞー!」と頷く。それは、と紫の手元をみて首をかしげたロウシュに、「【銀ろう】です」と紫は薄い板を差し出した。




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