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「可愛いデザインですね。――恋のお守りか何かでしょうか」


 図書館に閉館の合図として、どこかもの悲しいオルゴールが鳴り始める。閉館前になると何となく寂しい音楽をかけるのはどこも同じなのだろうか。紫はそれを耳にしながら、ロウシュと二人並んで図書館を出た。

 ロウシュに手渡されたペンダントをじっくりと見つめる紫に、「そんなことが分かるのか」とロウシュが少しだけ驚いたように聞き返してくる。紫をのぞき込むように近づいた顔に、紫は思わず距離を取ってしまう。


「あっ、いえ……その、ただの勘なんですけど」


 ペンダントトップのデザインは鍵だ。鍵のデザインというのは可愛らしいし、どこか秘密めいたそのモチーフがいわゆる“乙女心”をくすぐるのも分かっている。紫自身は鍵のモチーフのアクセサリーを作ったことも買ったこともなかったけれど、同じ学部の子の中には作っている子もいたと思う。

 鍵のデザインだけならありふれたものといって問題ないのだろうが、紫が恋のお守りだろうと断定したのは、鍵に留められていたらしい石が何なのかわかったからだ。


 春の始まりを告げる花のような色であり、初恋を自覚したときの心の色を表したような、甘くて淡い色。


 紫の世界ではローズクォーツという名で親しまれているその石は、恋愛運を上げる石として女の子に大人気だったのだ。

 色も可愛らしく、ころんとした楕円形(カボション)にカットされることも多いその石は、確かに恋に効きそうな見た目をしている。口に含んだら、きっと甘い桃の味がするに違いない。そんな風な見た目の石だった。


 ハート型にカットされているローズクォーツは、とろりとしたツヤがある。夕焼けの中を歩く紫の手の中で、女の子の恋心をめいっぱいに詰め込んだような石に優しい朱が寄り添っている。鍵から外れているのがどこか物悲しげで、“恋のお守り”だとするならこれ以上不穏な様相はないだろう。ハート型の石が割れていないのがまだ救い、といったところか。


「数年前に」

「はい?」


 聞き返した紫に、「数年前に流行った恋のお守りというやつだ」とロウシュが壊れたペンダントを指さす。


「……俺の冒険仲間が身につけていたものなんだが。先日壊れたらしくてな」


 免許証(ライセンス)を更新しに行ったらたまたま出くわし、泣き付かれたのだとロウシュは言った。その顔がどことなく疲れていたのは紫の気のせいではないだろう。



 ***



 ライセンスを更新するのは案外早くすんだ。今回は運が良かった、と更新されたライセンスをしまいつつ、ロウシュは人でごった返した交付所から出ようとしたというのに。


 あと数歩で出口、というところで背中に強烈なタックルを食らった。イノシシが突撃してきたのかと一瞬身構えたロウシュだったが、町中に、しかもこんなに人のいる場所にイノシシなんぞがいようはずもなく。

 イヤな予感がすると顔をしかめながら振り返ったロウシュの目に入ったのは、自分の腰に抱きついておいおいと泣いている、白いフードをかぶった少女。格好からして魔術師の類であることは伺い知れた。

 フードからは見覚えがありすぎる真っ赤な髪がちらりと見えている。

 それを確認して、肺にある空気全てを押し出したかのようにロウシュは深々とため息をついた。

 また厄介ごとだろう。そう確信してしまう。


「あああん……!! 聞いてよ~! 聞いてよロウシュ~!」

「おい、抱きつくな」

「ひどっ!? 傷心の乙女を目の前にそんな言いぐさ……! あんたあたしの仲間でしょ~!?」

「……離れろ」


 腰にひっついている冒険仲間の少女をべりっと引っ剥がし、「プリム」、と少女の名を呼ぶ。もう一度自主的に離れることを勧告した。

 が、少女プリムの左腕はロウシュの身につけている外套を掴んでいる。魔術師のくせになかなか力強い。遠慮せずに今度こそ引きはがした。


 名を呼ばれた少女の方は顔をぐちゃぐちゃにしながら「聞きなさいよ~」とロウシュに向かって右手のこぶしを突き出した。職業柄、思わずそれを避けたロウシュに「殴らないわよ!」と怒りながら、プリムは「これ見てよ!」とそのこぶしを開く。


 泣きじゃくるプリムの手の上には石の外れたペンダント。鎖まで千切れたそれは、使い物にならないだろう。

 ペンダントとしての意味を持たないペンダントなら。


「捨てろ」


 ロウシュとしてはこれ以上なく建設的で常識的な答えだったはずなのだが――。


「サイテー!」

「声が大きい」


 さらにわんわんと泣き始めたプリムは、交付所いっぱいに響き渡るほどの声量で嘆き始めている。

 少女を泣かせた青年、というような構図になってしまったことに頭を痛めたロウシュだったが、プリムは泣きやむ様子もない。仕方がないと舌打ちを一つして、「何があった」と黒髪の青年は渋々話につき合ってやることにしたのだ。






「で、何があった?」


 交付所であれ以上泣き叫ばれるのも面倒だ、とロウシュがプリムを半ば引きずるようにしてつれてきたのは小さな喫茶店だ。看板が傾きかけているような店だから、人もあまり来ない。ついでに、頼んだコーヒーは何故かぬるい。これでは人も来ないだろうとロウシュはもう一度店主の顔を見てやろうと店内を見回したが――コーヒーを出したきり、店主は店の奥へと引っ込んでしまったようだ。


「何かヘンな店主だったわねー。室内でシルクハットかぶるか普通?」


 プリムの意見にはおおむね同意見だったが、室内でもフードをかぶりっぱなしの人間が言えることではない。そもそも、あれだけ泣きじゃくっておいて、今やけろりとした顔で他人の格好にだめ出しをしているというのが憎たらしい。たぶんあれは嘘泣きだったのだろう。


「店主は今、どうでもいい」

「それもそうねー。でさ、このペンダントなんだけど」


 ごそごそと白いローブのポケットから件の品物を取り出し、プリムはテーブルにそれをおく。

 みるも無惨に鎖が千切れ、石まで外れたペンダント。

 バングル程度しかアクセサリーの類を身につけないロウシュでも、普通の扱い方をしていたらこうはならないだろうと思えた。


 鎖程度なら千切れるのも分からなくはない。もともと首飾りに使うような鎖は細いと相場が決まっているし、何かにひっかけたはずみで千切れたりすることだってあるだろう。

 が、石が外れているのはいささか――扱いが荒っぽすぎやしないだろうか。


「あっ何よその目! 違うんだからね! 別にあたしの扱い方が乱暴でとれた訳じゃないもん!」

「……へえ」

「疑ってるでしょその目! 腹立つなあ! 違うんだってばー! あたしが先生から貰ったものを大切にしないわけがないでしょ!」

「その“先生”から貰った花瓶を、三日で割ったヤツを俺は知っているが」


 それきり口を閉じたロウシュの無言の視線に思うところがあったのか、赤毛の少女は「で、でもあれは不可抗力」と目をそらしながら答える。


「良いの! 過去は振り返らない女なのよあたしは!」

「じゃあそのペンダントも忘れろ」

「これは過去じゃないの! 現在進行形なの!」


 それじゃあな、と席を立とうとしたロウシュの外套を、またも力強く魔術師の少女が握りしめる。皺になるからやめろと無愛想に返して、ロウシュは渋々席に戻った。


「この前ね、金蛇(カナヘビ)狩りに行ったじゃない」


 ああ、とロウシュはぬるいコーヒーをすすった。あまり美味しいとは思えない。


 ミルシェリトからの依頼でカナヘビを狩りに行ったのは覚えている。カナヘビ自体は狩りやすい獲物だし、何度も相手にしたことがあるから危険性はない。

 問題はカナヘビのすむ場所が人の立ち入れないような足場の悪すぎる高所だったり、岩場だったりすることだけで。


「あれ、適当に狩ったら後は現地解散で、みたいな空気だったでしょ。今回は元々そんな危険なところには近づかなくてすんだし」


 運が良かったのだろう、危険な岩場や高所に向かうよりも前に、適当なところでカナヘビの群に出会えたのだ。群の中の数匹にプリムが眠りの魔法を放ち、眠ったところで群において行かれた数匹にロウシュが矢を放つ。事切れたカナヘビを他の仲間とともに回収し、各で分け合ってその場で解散。そんな流れだった。


「現地解散は良かったんだけど~。帰るときにコケちゃって。それで気づいたらペンダントがこのザマ……」

「随分派手に転んだんだな」


 転んだくらいでこうなるのかと石をつまみ上げたロウシュに、運が悪かったんだってば! とプリムは頬を膨らませた。


「可憐なプリムちゃんは転ぶときまで可愛かったんだからっ。それはもう……あれよ! 思わず手を伸ばして支えたくなるくらい可憐で! 儚げに! そして健気に転んだの!」

「でも誰にも支えて貰えなかったのか。転んだってことは」

「ぐぬ」


 確かあのとき、プリムはその“先生”と一緒に帰っていたはずだ。そもそも転び方に健気も儚げもあったもんじゃないと半眼になりながら続きを促す。

 こいつのことだし、多分顔面から地面にダイブしたはずだ。見なくてもわかる。


「それでねっ、それでねっ……うん、壊れちゃったから、先生も新しいのにしろって言ったんだけど」


 新しいのを買うから、壊れてしまったものは諦めろ、と“先生”は言ったのだという。

 あいつならそう言うだろうなとロウシュはうなずく。ある意味では高貴な見た目通りと言うべきなのか、形のある“モノ”には執着しない性格だし、そもそもプリムにそのペンダントを渡したのもある種の気まぐれだと知っている。


 或いは――商売を繁盛させるのに適役だった、とか。


「花瓶なら諦めついたけど。……でもこれ、恋のお守りなんだよ。しかもさ、初恋の人(先生)から貰ったお守りなんだよ。……捨てられるわけ無いじゃんねえ」

「……そんなものか?」

「そんなもんよ」


 新しいものが貰えるならそれで良いじゃないかとロウシュは思うのだが――どうやらそうではないらしい。装飾品ってやつには大体思い出がこもってんのよ、と鼻を鳴らしたプリムはどこか得意げだ。

 思い出か、とロウシュは腕につけているバングルを服の上から撫でる。


 ――あんまり良い思い出じゃないな。


「何? 腕でも痛いの? あたし、治そっか?」

「いや。むず痒い話だと思っただけだ。俺には理解できそうにないな」


 素っ気ない言葉に「ほんとに無愛想よねあんた!」とプリムは膨れ、「それでね」と話を続ける。


「先生から聞いたんだけど……ロウシュの、ミルシェリトさんのとこにすんごい彫金師の子が来たんでしょ? ……もしよければ、なおして貰えないかなって」

 

 お願い、といつになくしおらしく頭を下げたプリムに、無理だとも言えず。

 自分では直せるかどうかも分からないから、とりあえずそいつに話だけしておく、とロウシュは言いおいて、壊れたペンダントをポケットにしまった。


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