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「ついたぞ。ここが図書館だ。……俺は免許証(ライセンス)の更新をしてくるから、それまでは図書館にいてほしい。俺はともかく、ユカリははぐれたらどうにも出来ないだろう」


 ごもっとも、と紫は頷く。見知らぬ世界の見知らぬ街だ。一人で森に帰るのなんて不可能に等しいし、建ち並ぶ店に興味はあるけれど――はぐれる不安と天秤に掛けたら、不安の方が勝る。


「図書館が閉館するまでには確実に戻る」

「はい!」

「……それから、今更だが……お前は文字を読めるか?」

「大丈夫です!」


 なぜだかわかりはしないが、こちらの世界の文字を読むことは出来ている。文字を書くようなことはまだしていないから、書くのには不安が残るけれど、ロウシュとも言葉は通じているし、図書館に程度ならば特に問題はないだろう。


「それなら良い」


 一つ頷いて、ロウシュは紫に背を向けて歩き出す。


「ロウシュさん、行ってらっしゃい!」


 ここまで連れてきて貰ってありがとうございます、と紫が去りゆく背中に声をかければ、振り返ることもなく素っ気なく右手が挙げられた。手を振り替えされたわけでもないし、声を返されたわけでもないけれど、反応して貰えたのがちょっぴり嬉しかった。





 図書館に足を踏み入れ、紫は静かな空間にほっと息をつく。

 彫金ほどではないが読書は紫も好むところだったし、静かな空間というのはそれだけで落ち着く。どこかの上質な書斎のような雰囲気の建物内は、最初こそ気圧されたものの――子供用の絵本コーナーで楽しげに絵本を読んでいる親子を見かけたときに、それもふっと霧散した。


 窓辺の席に座ろうかな、とシックな椅子をちらりと目にして、紫は本棚へと向かう。


 ――えっと、彫金師の本……それより特別付与(ギフト)付きの装飾品の本……


 ギフト、ギフト――と口の中で小さくつぶやきながら、紫は本棚に整然と並べられている本の背表紙を斜め読みしていく。

 本棚を三つくらい調べてから、紫はようやっと一冊の本を手にした。


 ――“【特別付与(ギフト)の効能とその付与法について】”。


 探していたような“装飾品”の本ではなかったけれど、紫が知りたかったのは特別付与(ギフト)についてだ。難しそうな雰囲気のタイトルだなとちょっと身構えながらも、紫はその本を開く。


 ――“特別付与(ギフト)とは、一つのモノに別の性質を付与させるある種の魔術的効果のことをさす”

 ――“その効果は様々で、おまじない程度のモノから強力な呪い、あるいは敬虔な聖職者でも成し得ないような神の奇跡を喚び起こすことすら可能とされている”

 ――“現代では特別付与(ギフト)された装飾品、あるいは実用品、装備品を作り出す職人はおらず、昨今確認されている特別付与(ギフト)つきの品物はすべて古代の品(アンティーク)である”


 ミシェルさんの言うとおりだと紫は紙の上の文字を少しずつ追っていく。時折わかりにくい言い回しがあったりもしたが、要するに特別付与(ギフト)された品物は珍しいということ、それを作り出す職人は昔は少数いたが、今はゼロであること――。


 ――特別な力なのかな。


 紫自身は望んで“特別付与”しているわけでもないし、装備品を作るにあたって特別なことをしているわけでもない。次の章の“付与法について”に目を通したとき、やはりか、と納得した。


 ――“付与法については様々な憶測が飛び交っているものの、現在有力視されている理由、付与法については”

 ――“制作者が【越境者】であったという可能性を学者たちは挙げている”


 また越境者、と紫はこめかみを押さえた。

 どこを向いても越境者にぶち当たる気がしているし、それは紫が越境者であるから仕方のないことなのかもしれないのだが。


「あれ……でもそれなら、越境者ならみんな作れるってことで」


 それならなぜここまで貴重なモノ扱いをされるのだろうと紫は首を傾げる。

 紫以前にも越境者たる人間はいたという話が“伝承”として残っているし、そんなに貴重な品物であるのなら、越境者だとわかった人間にどんどんと作らせれば良かったのではないだろうか。


 どことなく腑に落ちない気持ちを抱えながら、紫はページをめくる。


 ――“とはいえ、特別付与(ギフト)研究の第一人者であったたジゼル・マキッティエ女史による研究結果を蔑ろにすることは出来ない。マキッティエ女史によれば【越境者】であれ特別付与(ギフト)つきの品物を決まって作り出せるわけではないらしく、マキッティエ女史と友人関係にあったとされる、青い目の越境者の青年は、特別付与(ギフト)つきの品物を作ることは出来なかったという”


「……作れないんだ……?」


 全員に作れる訳じゃないんだ、と紫はさらに頭を悩ませた。自分の作った品物に付加価値がつくのは嬉しくもあるが、何となく――このままだと面倒ごとに巻き込まれそうな気もしていた。

 珍しいモノが作れるというのはそれだけ人の目を集めるということだし、人の目を集めるということはトラブルを呼び寄せることにも繋がる。


 これが、紫が完全に把握している効果であったり、技術であったりするのなら、まだ気にすることもなかったのだろうが――作っている本人が一番理解していないというこの現状は、客観的に見ても問題だろう。


 紫の作ったもので誰かを怪我させたり、あるいは怖い目に遭わせる――紫はそれが怖かった。少し前にミシェルに【特別付与(ギフト)】の話を聞いたときは「そういうものなのか」程度にしか思わなかったが、ミルシェリトが精霊の宿ったリングを売れないと言ったときに――紫はその意味を後でよくよく考え直して、漠然と不安になった。


 たとえば、包丁を作る職人はその包丁で切られるモノは食材だけだと考えているだろう。包丁はそのために使うものだし、実際にそれ以外にはあまり使われない。だが。


 食材を美味しく調理することに使われる一方で、人を傷つけるために使われるということも否定できないのだ。


 今までの紫なら、そんなことはまず考えなかった。ネックレスや只の指輪に殺傷力なんてまずないからだ。

 けれど、本来の用途以外に別の効果をつけられるとなれば話は別だし、作り終わるまでどんな効果がつくかもわからないのが現状で。


 前に作ったルビーのブローチなら良い。引き出した力……ルビーの宝石言葉に不穏なものはなかったし、ついたギフトも持ち主の身体能力を向上させるという、使いようによっては危ないが、とりあえずは楽観視できるものだったから。

 けれど、今、紫の指にはまっているウンディーネの宿る指輪は、精霊術師だったミルシェリトに「使う人間によってはとても危険だから売れない」と言わしめたもので。


「不吉な宝石言葉とかじゃなきゃ良いのかなあ……」


 不幸な結果を避ける。それを念頭に置いたとき、今の紫に出来るのはそれくらいしかないのだ。

 

 けれど、それだって物事の根本的な解決にはならないだろう。


 いくら紫が気をつけたところで、扱うのは紫ではなく別の人間なのだから。

 力に責任はない。行使する方に責任はある。けれど、そう言い通せないのもまた事実。


 本を隅々まで読み終わった頃には、館内にいた人が少なくなってきている。もうそろそろ閉館なのかしらと思いながら、いつロウシュが来るのだろうと紫は少し寂しく思う。

 楽しげに絵本を読んでいた親子はもういなくて、なんとなくひとりぼっちになった気分だった。

 図書館はがらりとしてしまって、夕暮れが窓から館内を朱く染めていく。


 めくるページにため息が落ちる。

 ふと窓の方に目をやって、広がる空に鳥が飛んでいくのを見つめた。

 真っ白な鳥は、夕焼けの淡い朱と紫の混じったような、不思議な色の空を切り裂くように羽ばたいていて――ああ、あれは鳩じゃないな、と紫はぼんやり思った。紫の知る限り、あんな、猛烈に飛んでいく鳥は自分の世界にはいなくて――こういう小さな所でも、ここが異世界なのだと認識させられてしまう。


 見たことはないけれど読める文字。

 冒険者などという職業。

 指輪から飛び出た【精霊(ウンディーネ)】。


 他にも驚くことは色々あったけれど、彫金にだけ集中していれば、さほど気になるものでもなかったのに。

 ここにきてその“彫金”自体に不安が出てくるとなると――。


「とはいえ、彫金をやめるわけにはいかないから……」

 

 紫は彫金が好きだったからミルシェリトにおいてもらっているようなものだし、助けてくれたロウシュ、ミルシェリトに恩を返せるのは彫金をし続けること以外にはないだろう。


 しかし、だからこそ自分の作ったもので迷惑はかけられないと紫は思っている。

 さてどうするべきかと本のページを人差し指でトントンと叩く。答えは出そうになかった。


 紫が何度目かのため息をついた頃、図書館の閉館ぎりぎりで、ロウシュが紫を迎えに来た。館内にいた人間はやはりそう多くなかったのだろう。まっすぐに紫の元へとやってきたロウシュは、「待たせて悪かった」の一言のあとに、「頼みたいことがあるんだが」と間髪入れずに切り出す。


「頼みたいことって、私に? ですか?」

「ああ」


 私が出来るようなことって何かあったかなあ、と首を傾げた紫に、「修理を頼みたいんだ」とロウシュは紫に左手を差し出した。


 ――その手に握られていたのは。


「……これ、は」


 鎖の切れてしまったペンダントトップ。

 それから、ペンダントトップからとれてしまったと思わしき、淡い桜色のハート型の石だった。


 紫は思わずロウシュの顔を見てしまう。――まさか、こんな趣味が?

 紫の無言の、けれど確かな視線に気づいたのか、黒髪の青年は「違う」とだけ即座に返す。


「俺のじゃない。俺の知り合いのものだ」

「そ、そうですよね!」


 別に誰が何を持っていようと自由だが、わりと怖いタイプのロウシュがこんなものを持ってくるとは思わなかった紫は「そうだよね……」と改めて呟いてしまった。

 

 強面の青年に可愛らしいペンダント。その取り合わせの奇妙さに紫は生ぬるく笑ってから、差し出されたそれを手に取った。

 


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