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“星のかけら”に客が来たのは、紫が心機一転、気合いを入れ直して愛のこもった宝飾品を作ろうと新しいデザインを思案しているときだった。
ミルシェリトはいつも通りに作業場に引きこもっている。若干荒々しく叩かれた扉に、紫は思うところがなかったわけではないのだが――ミシェルかなと思って扉を開けたのだった。
違った。
「……」
「あっ!? あっ、えっと、その……この前はお世話になりました!」
扉を開けたすぐそこに立っていたのは、戸惑う紫を森から連れだして、“星のかけら”に連れてきてくれたひと、ロウシュだ。
彼は原石の採掘をしているとミルシェリトがいっていたから、採掘したもののことでミルシェリトに話があるのだろう。紫の感謝の言葉に「別に」とあの時のようにロウシュは無愛想に言葉を返したが、彼が無愛想なのは森で過ごした短い時間で良く知っている。
森であったときと寸分違わず、黒く短く刈った髪はつんつんとしていて、緑色の目はするどい。精悍な顔つきはミルシェリトの柔和なものと違って、野性的だった。たとえるなら狼のような人だな――と紫は息をのんで、ミルシェリトを呼ぶ。
親切な人だとは知っているが、少し苦手なのだ。雰囲気が怖い。
人付き合いが得意ではない紫は――特に男性慣れをしていない紫の目には、目の前の青年は実際よりも少々怖く映った。
紫に少しだけ目をやったその青年は無言のまま“星のかけら”の敷居をまたぐと、「ミルシェリト」と大きな声で呼ぶ。しばらくしてから、ばたばたと階段を下りる音がしてミルシェリトが姿を現した。
「ロウシュ! 調子はどうだい?」
「そこそこだ。――原石を持ってきた」
原石よりもロウシュのほうが気にかかるといった様子のミルシェリトは、ロウシュを半ば無理矢理店の中に引っ張り込む。ロウシュはそれには何も言わなかったが、「受け取れ」と大きな袋をミルシェリトに押しつけていた。
「また捕ってきたものだねえ」
「加減はしている」
ミルシェリトが言うにはこの世界の宝石は魔物……モンスターからも採取できるようだから、モンスターが絶滅しない程度には加減して捕ってきている、ということだろうか。
確かに、紫がみた彼の剣捌きなら簡単にそこらの魔物は仕留めてしまえそうだ。紫は何度も彼の剣に救われたし、怖いと思うことはあってもそれが紫に向けられることはなかった。
勝手知ったる何とやら、でロウシュはリビングの方へと進んでいく。途中で彼は紫に何かもの言いたげな目線をよこしたが、結局何かを言うことはなかった。
ロウシュとミルシェリトが知り合いなのは分かり切っていたし、つもる話もあるだろうと紫はそっとその場を立ち去る。先日、ミルシェリトに頼んでいたサファイア用のリングが銀になって返ってきたところだから、今日はそれを磨いて仕上げてしまおうと紫は自分の作業場へと向かった。いつもそうだが、銀になって返ってくるリングを仕上げるのは胸が高鳴るほどに嬉しいことだ。
細かいところを削り取って、形を整えて、紙ヤスリで表面をつるつるに。そのあとに“ヘラ”という細く尖った金属製の棒を使って表面を押し付けるように撫でて、ヘラを滑らせて、銀を“しめる”。こうすることで銀はより美しく輝くし、少し丈夫にもなるのだ。これをヘラ掛けという。
ヘラ掛けの醍醐味はなんといっても「曇っていた銀が輝く」ところにある。
紙ヤスリで磨くことで出来た小さな傷を、“ヘラ掛け”すれば、曇っていた銀の表面はつるつると艶やかに光を返す。数ある貴金属の中で銀が一番光を反射するのだと紫は知っているから、ヘラ掛けの時はついつい力を込めてヘラを滑らせてしまう。ヘラを滑らせる度につやっとしていく作品を見るのは、“目に見えて効果がわかる”過程だからこそ、楽しい。
鏡のように磨いたら、今度は練り状研磨剤で磨き上げ、それから石を留める。
意外に思われるかも知れないが、石を留めるのは指輪であってもネックレスであっても、はたまたバングルやイヤリングであっても――必ず、一番最後の行程だ。そして、一番アクシデントの起こりやすい行程でもある。
どうやって石を留めるのかにもよるのだが、留め方によっては石が砕ける。今回は“爪留め”、一番オーソドックスで見る機会の多い留め方にするけれど、それだって“よく見かけるから簡単なもの”――というわけでもない。
爪留めとは、その名の通り“爪”で石を押さえて留める方法だ。ダイヤモンドが一粒留まったリングを想像してみてほしい。きっと、大きなダイヤモンドを四方から爪で留めている指輪が思い浮かぶはずだ。その時に石を指輪から伸びた金属が留めているところが“爪”だ。
爪留めの場合は専用のやっとこ――閻魔様が舌を抜くために持っているアレの小さいもの――を使って、立っている爪を倒す。このときに爪を倒すのにも決まりがあって、対角線状に爪を倒して行かなくてはならないのだ。例えば、時計回りに爪を倒していくとなると石が浮いてしまう。右側あるいは左側だけを留めていくとなると、どうしても浮くものなのだ。だから、対角線状に向かい合う爪を倒していく。右下から爪を倒し始めたのなら、次は左上の爪を倒し、といったような具合だ。
紫が扱うのはサファイアで、だからこそまだ石自体が堅いからそこまで気を張ることもないのだが、これが有機質の宝石――珊瑚や琥珀になると緊張もする。生物が生み出した有機質の宝石は、宝石の中でも脆いことで有名だから。
一つ一つ爪を倒し終えた紫は、できあがったサファイアのリングを手のひらに乗せてほほえむ。いつも通りの出来だ、悪くない。デザイン通りに創ることが出来たし、なにより、いつもより“愛”を込められた気がする。あの話をした後だからだろうか。
紫は満足そうに指輪を眺めて、ゆっくりと笑った。できあがった作品はいつだって愛おしい。試しに、と指にそれをつけて付け心地をチェックする。付け心地は宝飾品において一番重要視すべき事柄だろう。付けていて痛い宝飾品なんて、どんなにデザインが素晴らしかろうとその内つけなくなってくる。
紫の指には少し大きかったが、付け心地自体は悪くない。それにしてもこの石本当に綺麗だなあ、と紫がサファイアの表面を撫でたときだ。
石が水しぶきをあげて破裂した。
ここからのんびり更新です……