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英雄カメラマンのホロサイト

幕間:後悔とそれから

作者: 霜月美由梨

 私まで連絡が来たのは午前七時過ぎだった。

「あのバカが」

 そう吐き捨てる心中には苦い思いがあった。

「すぐに出版社の方に行く。政治犯は機動隊に任せておけ」

 それだけを言うと私は装備を整えて、強制捜査の指揮を執るために指揮統制車の中に入った。

「大佐」

「ご苦労。状況は?」

 聞かされる報告によれば、政治犯認定されたバカなカメラマンは、この町になぜか戻ってきたらしい。今、機動隊が全力で探している。逃げるようならば射殺命令も出ている。いつも通りだった。

「しかし、なんでレジスタンスの巣窟の旧市街なんて行ったんでしょうねえ?」

 嫌味ったらしく聞いてくるのは同期で私より二階級ほど下の男。そのねたむ性格が昇進を遅らせていることにまだ気づけていない哀れな奴。

「奴は、レジスタンスに進んでかかわりを持つようなあほではない」

 それだけを言って私は前方に見えてきたビルに目を細める。

「ほう? お知り合いで?」

 わざとだろう。その言葉になにも返さずに止まった車内を出て、メットを被ると、悶着を起こしている玄関先で一発空砲を鳴らした。

「国防陸軍大佐の長澤だ。政治犯長澤勇介のことについて、調査しに来た。前を開けよ」

 慣れた言葉。慣れた職務。

 銃を手にしている私と、後ろに続くアサルトライフルを持っている集団を見て、押しとどめようとしていた社員は引き下がる。

 社内一斉調査に社員はすべて外に出させられた。そして、社長、企画課長、などに、記事の尋問を開始する。

「貴社らは子会社のカメラマンを申請なしに旧市街に放り込んだそうだが?」

 そこで、一つ親会社の責任をとっていないことを認めさせる。

「そんなの勝手にやったことでしょう? 私どもは何も感知してはおりません」

 の一点張り。さてどうしたものかと、ため息をつくと、携帯が鳴りだした。事務的な音に私はその場を部下に任せて電話に出た。

「私だが?」

「やあやあ、久しぶり、長澤さん?」

 陽気な声。少年兵課程まで一緒で何かと付き合いが続いている唐崎からだった。

「この忙しいときになんだ?」

「そっちの社長粘ってるでしょ」

 低い声に、ふと、この唐崎が息子の上司であることを思い出した。深くため息をついて声を潜める。

「ああ」

「匿名のタレこみがあったと言って、あいつらがレジスタンスに潜入させて、邪魔な社員を消そうとしていたって言ってみて。ちょっとは動揺するよ」

「な」

 大声が出そうになってすぐにかみ殺す。視線を買ったのを感じて声をまた潜めて視線から逃れるように車の陰に移動する。

「どういうことだそれは」

 険しい口調になるのは否めない。

「すまんな。俺は守り切れなかった」

 そんな前置きから始まった言葉に、私は感情をかみ殺すために深くため息をついて目を細めていた。

「つまり、リストラして社員のストライキを買うぐらいならば、政治犯認定ぎりぎりの行動をさせて会社を去ってもらおうとしていたと」

「そういうことになるな。子会社って言っても親会社から二三名スパイのような人間が送られているから、子会社と親会社の関係は最悪だ」

「親会社がつぶれても構わないと?」

「それは子会社のチーフ同士で話し合いは進めてある。前々から国軍ににらまれてる気がしてさ。半年前ぐらいからちょくちょく話が進んでて、とりあえず子会社が集まってやってみようかって話になっているんだ。だから、その頭でっかちで金食い虫の駆除を頼むよ」

「そうか。ではそうしてみよう」

 タイヤの裏に座り込んでいたのを立ち上がって携帯を消す。そして、胸を焼く感情をなだめて尋問に戻る。

「貴様ら、故意に戦線にカメラマンを送っていたそうだな?」

 静かな声に、兵士たちに囲まれて憔悴しきっていた白髪の多い爺の表情がきょとんとしたものになる。

「それはどういう?」

 頭の切れそうな秘書役がわざとらしく首をかしげる。その濁った瞳に私は銃を抜いていた。

「ここで偽りをぬかせば、即刻射殺か、政治犯認定か。どちらかだ」

「大佐、それは……!」

「どうなんだ」

 撃鉄を起こして一発では死なないように肩を狙う。

「それとも、一人は必要ないか」

 なおも何かを言おうと、おそらく国権の横暴だと批判しようとした男の口に銃口をねじ込んで脅す。

「辞令としてレジスタンスに潜入を出していたんだな?」

 静かな問いに課長の脂ぎった顔が蒼白になりプルプルと顔についた肉が震えはじめる。どんなに生活水準が下がってもデブはいる。

「さあどうなんだ!」

 声を大きくしていうと、尋問されている三人だけではなく私の部下も身をすくませる。

「い、いえ、そんなことはっ!」

「とんでもありません」

 矢継ぎ早に言い訳し始めた課長と社長に私は、目を細めて、口に差していた銃口を引き抜き、まず課長を射殺した。

「あ」

「ぎゃっ」

「きっ」

 続いて、社長が失禁する。秘書役に至っては気を失ってしまった。

「匿名のタレこみがあった。お前ら本社の連中が辞令を出したと、ね。今回の政治犯は貴様らが出した。トップの首はすべて私たちの手にゆだねられる」

「そんなっ! ご慈悲を! 金は」

「金など要らぬ。お前らは何をしたかわかっているのか」

「いえいえ、そんなことは、そんなことは……!」

「一人の青年の道を大きくゆがめたんだ。それなりの償いとやらを見せてもらおうな」

 これ以上ここにいれば、怒りで彼らを殺しかねない。私は、泣いてすがる社長の鶏がらのような体を振り払って、この場を部下に任せ車に戻った。

「大佐、お疲れさまです」

「お前らこそ。して、政治犯の状況は?」

「それが、……その」

「どうした?」

 言いにくそうな部下の声に私は首をかしげる。

「見失ったそうで」

 いつもならば、怒声が飛び交う。今日もそうするはずだった。だが――。

「そう、か」

 怒る気力もなく私は静かにそう呟いて目を閉じた。

「長澤大佐?」

「後は頼む。今日は執務室でおとなしくしていよう」

「ご気分がどこかすぐれないのですか?」

 心配する部下を適当になだめて、私は信頼できる部下一人を伴って執務室に戻っていた。

「大佐」

「ああ」

 彼女は、私の子供と同い年だが優秀だ。若いながら、私の片腕として働いている。彼女には父がいなく、私的な時は義父とも呼ぶ。

「すまん。一人にしてくれないか」

 低いつぶやきに彼女はすっと何かの感情を表情に浮かべたが面を伏せて丁寧に頭を下げると、部屋を出ていった。ぱたんと静かにしまる音が部屋に溶けてなくなる。

「……なぜだ」

 ポツリ漏れた言葉は、だれも聞くことはない。

 執務室の机の上。伏せられた写真立ての中には、幼いころの子供が二人。いまや、遠いところに行ってしまった。

「……」

 私は、しばらく、顔を伏せて、机の上で組んだ手に額を当てて目を閉じていた――。

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