綾―教室の中で―
『佐伯、お前見損なった』
確かそんなことを言っていた、あの春巳という男は…。
私は、そんなことを考えていた。
(どうせもうここから転校するんだから、あんな男の事なんて。)
私にとって、春巳君のことは本当にどうでもよかった。
いつも突き放す奴らと一緒。
私に興味本位で近づいて、私の性格にムカついて、何処かへ行く。…皆、一緒。
私が空想にふけていると、クラスの男子が二、三人こちらへ来た。
「どうかした?私に用?」
「授業終わったら、屋上に来てほしい。」
クラスで一番背の高い、確か…明石という名前の男は言った。頬が少し赤い。後ろにいる二人の男はニヤニヤしている。そういえば、明石はあの身長なので、バスケをしている。それがなかなか上手いし、ルックスもいいので、女子からモテているようだ。
まあそんなこと私にはチリ一つ関係ないが。
(気持ち悪い。けど、別に断わる理由は無いし…。)
「分かった。行く。」
私がそう返事をした瞬間、がらりと教室のドアが開いた。先生だった。
「さあ、席に着け。数学だ。」
中学三年生の、受験勉強から解放された私たちは、何気なく精神的にゆとりがあったが、勉強はそうはいかなかった。
毎日の復習がかかせないほどで、生徒たちは真剣に勉強している。
私は、春巳君を、チラリと横目で見る。すると、春巳君はこちらに気付いたのか、私を見る。私はすぐに目を逸らし、黒板に目を向けた。
「ばいばーい。」「また明日ね。」「じゃあねえー。」
そんな別れのあいさつが飛び交う中、先ほどの三人の一人。明石は帰る人の波を逆らって、私に向かって歩いて来た。何人かの女子が私を睨みつける。
しばらくして、人の気配が無くなると明石は、
「佐伯、行こう。」
と言った。
私は小さく頷くと、席を立ち、明石の後ろをゆっくりと付いて行く。どうやら明石は私のために歩幅をあわせているようだ。
「明石。」
「え…。」
振り向いた明石の頬は、少し赤みがかかっていたが、気にせずこういった。
「ねぇ、歩数合わせてるの?わざわざ。別にいい。そんな事しなくても。少し、うっとおしい。」
「あ、ごめん。」
明石は私の一言を受けた後、歩幅を大きくした。背丈が大きいため、一歩がかなり大きく、私は少しずつ遅れていったが、気にせず自分のペースで歩いていく。すると明石は、わざわざ私を何回も見てくる。気持ちが悪かった。
しばらく歩くと、屋上の階段が現れた。そこを明石は二段飛ばし。私は一段一段上がって行った。
ガチャリ
明石が屋上の扉を開ける。風がひゅうひゅうと鳴り、少し肌寒い。屋上は体育館の半分ぐらいのスペースで、外側にはしっかりフェンスが設置してある。そして、そのフェンスも越えられないよう、高さが2,3mある。そのうえフェンスは、二段階あり、それらのフェンス超えなければ下に飛び降りられない。
「あ、のさ。」
私がフェンスを見ていると、突然明石は切り出してきた。
「何?」
「突然で、ごめん。俺佐伯が好きだ。付き合って欲しい。」
風がひゅうひゅうと鳴る。私の長い髪の毛は、ばさばさと音を立てて暴れる。
―コクン
私は頷いた。すると次の瞬間、明石は私に抱きついてきた。
「きゃっ!な、何するの!離して!」
すると、明石は正気に戻ったのか、急に離して謝ってきた。
「次したらあなたのこと絶対許さないから。…帰る。」
「ま、待てよ。一緒に帰ろう。」
明石は、な?と最後に一言付け加えて、私に言う。
「絶対、嫌。」
私は走って階段を下りると、すぐに教室に戻る。
すると、そこに春巳君がいた。自分の机の上に座っている。
「また会ったな。」
「えぇ。」
「お前告白されたんだろ。明石から。」
「えぇ。それがどうかしたの?」
そんな事、春巳君には関係ないのに。どうしてそんなことを聞くの?
「いいや、別に。」
春巳君は、机から降りるとこう言った。
「明日から学校来るな。」
「何で。」
「言わなきゃいけねえか。」
「別に。いいけど。助言でもするつもりなの?」
「…お前、明日から虐められるぞ。明石のファンにさ…。」
「別に、かまわない。」
私は別にそんなことでくたばる人間じゃないし、そんなことはどうでもいい。
「何で!お前教科書捨てられたりとか、無視されたりとかするんだぞ!?」
「かまわない、と言ったよ。」
私は窓から空を見る。
「私はそんなことで、死んだりしない。」
振り向いて春巳君を見ると、悲しい顔をしている。
「佐伯…。お前…。」
「春巳君は、きっと分からないよ。悲しみに慣れた人間の気持ちは。」
私は、明石が居なくなったのを確認して、教室を出た。
早く突き放さなければ、またあの時のように悲しみを引きずるのは嫌。
楽で居させて欲しい…。