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黒雪の婚約者  作者: 楠木あいら
解放された鳥
7/18

盗賊の女ボス

「…あの人が来るのに…。船は牛蛙と同じなんて」

 早朝と呼ばれる時間。ようやく荷馬車は港町に着くことができた。

 朝の空気はすがすがしく、ましてや脱走していきた後で、しかもあの人に会えるとなれば、気持ちの良いものなんだけれども…

 後半の話を聞いてはねぇ。

 心は軽やかで、気は重い。何とも矛盾した気持ち…とはいえ胃は軽い。からっぽになった胃を重くするため、朝早くから開いている店を見つけ、私たちは腹ごしらえをすろことにした。

 焼きたてのパンに店特性のジャムを塗って、おいしそうにほおばる…白百

 …何にも悩みのない幸せそうな顔は、飼い主を見つけ無意識に振るしっぽみたい。

「しかも頭の護衛をしなくちゃならないなんて」

「護衛じゃないよ。花嫁の付き人。うちの頭、船から結婚式の儀式を始めるからさあ、お2人さんにいてほしいんだってさ」

 私たちと向かい合わせに座る細虫を白百はしばらくの間、ほけぼけと鑑賞していたので深黒と細虫だけの会話となった。

「儀式?結婚式前からそんな儀式あったっけ?」

「頭が勝手に考えたんだ。式直前まで花婿どころか男に会わないようにするって…まあ、表向きは、ね。

 何か事件が起きたら、こっそり赤粘土と入れ替わって解決する予定だけど」

 ちなみに赤粘土は人の声真似を似せる特技を持ち、館で深黒の代わりにお酒を飲んでいた赤髪の女性であった。そんな彼女の声真似でも牛蛙主人は見抜いた。すさまじい執念深さである。

「へぇぇ」

「深黒と牛蛙主人と鉢合わせにしない作戦だよ」

「…あ」

 細虫に言われて深黒は気づくことができた。

「そうか…考えてくれてたんだ……」

 深黒は微笑み、盗賊の頭に感謝した。

「だったら一緒の船にしないでくれっていう気持ちはわかるよ。

 でも、こっちの事情があってね」

「館外脱走した時、盗賊メンバー気づかれているんじゃないの?一緒で大丈夫なの?」

「そこは大丈夫。手抜かりはないさ」

「そう。ならいいんだけれども」

「2人とも食べないんですの?」

 白百に言われ、私たちはパンに手を伸ばそうとした。

 しかし、カゴに置かれていたパンはほとんど残っていない…細虫の鑑賞がひと段落した白百が食事を再開したらしい。

「白百。今度からハムスターと呼んであげるわ」

 白百の場合、頬袋の代わりに胃袋がいっぱいになっているんだけれどもね。


 店を出た頃にはもう、太陽は高いところまで昇っていて、町は活気づいていた。

 サクリファイス館から近くにある港町、トンバラズ。

 船が行き来するだけあって大きくて進めば進むほど、歩く人、道端で店を出す露店の密集度が高くなり、呼び売り商人たちの声が騒がしく聞こえた。

「2人とも、俺から離れないでね」

「特に白百はね。ネギしょったカモにしか見えないし」

「まあ、ひどいですわ深黒。私、そんな狙われやすくありませんわ」

「白百の場合、珍しい色をしているからよ。人目につきやすいし。

 港町だから船乗りに捕まらないようにね」

「そ、そうですわね」

 銀色の髪に白い肌を改めて認識した白百は、細虫の後ろに隠れるようにさがった。

 それから細虫の背中を見上げた。

「マントを羽織っていらっしゃるんですね」

「人間サイズは目立つからね。羽は折りたたんでいるよ。保護も兼ねてね」

「飛ぶのも大変なんですね」

 賑やかな大通りをいくつか曲がると、少しずつ人気がなくなり、建物や通り過ぎる人の服の色合いが心なしか地味に見えてくる。

「やっぱり裏稼業だから裏通りなんですのね…」

 海のある裏通りは、白百の鼻に磯の香りを運んできた。

「着いたよ、白百」

 前にいる2人の足が止まり、白百も止まりった。

「これが…盗賊のアジト…なんですの?」

 白百が立ち止まった先には一件の酒場があった。

「よくあるカモフラージュさ。

 といっても地元の人達は知っているから意味はないんだけれどね」

 細虫は店の扉を開けるまえ、ちらりと斜め後ろにある別の店名がかかれた酒場の2階を見上げた。

「?」

「仲間にあいさつしたんだよ。ついでに白百さんがうちらの関係者だと仲間に教えるためでもあるのさ」

「え…そうなんですの?」

「ついでに言えば、この店だけがアジトじゃないのよ。ここら一体の建物、全てがクップルング盗賊団が所持しているのよ」

「まあまあまあまあ。

 すごいんですのね」

 細虫がドアを開けると、どこの店にもよく聞く『いらっしゃいませ』と愛想の良いあいさつが聞こえた。

 店の中は一般で見る酒場とほとんど変わらず、20人ぐらいが入れるテーブル席と5、6人が座れるカウンター席があり愛想のよい店員が微笑んでいた。

「この方も盗賊さんですの?」

「もちろん」

「しかも、ここのトップよ」

「え?」

「初めまして、白色の子犬さん。

 私がここいら一帯をとりしきるクップルング団の頭、紫羅しらよ」

 白百を子犬に例えるならば、紫羅の外見はまさしく子猫だろう。

 少女のようにあどけない顔と、元気な子猫のように動き回っていそうな活発な部分が組み込まれていた。

 本性を知らない人が見たら、声の一つや二つかけたくなってしまう。

 しかし、丸虫兄弟を始めとする特殊能力者を持つ部下たちを取り締まる盗賊団のボス。

 さらにこれから船に乗って挙げる式により、さらなる拡大を狙う野心家でもある…

「久しぶりね、深黒」

 紫羅は無邪気そうな笑みを私に向けた。

「納品は、丸虫が持って行ったので全部だからね」

「脱走費用分はね」

「牛蛙と一緒の船に乗って、紫羅の世話をしなくちゃいけないんだから、こっちに払ってもらいたいわよ」

「…。なんだサクリファイス商人の件、ばれてた?じゃあ仕方ないわね」

 この子猫。気をつけておかないと、かなりぼったくるんだから。

「ああ、そうそう」

 紫羅はにやりと笑い白百に言った。

「この部屋には、もう1人、盗賊メンバーがいるけれども、わかるかしらね」

 どうやら『彼』がいるらしい。

「まあ、誰かいるんですの?」

 白百は辺りを見回したが、それらしい姿は目にできなかった。

「見えないわよ」

「見えないって…透明人間さんですの?それとも丸虫さんより小さな方ですの?」

「どちらかというと前者ね。

 影、新しい子犬さんにごあいさいさつしてね」

「初めまして」

 白百は声のするほうを振り返ったが姿はなく『?』のまま、視線と戻すとテーブルの上に、今までなかったワインボトルが1本置かれていた」

「………どういう事ですの?」

「影という盗賊メンバーがいるんだけれどもね。彼は見ることができないのよ」

「見えないメンバーなんですの…」

「頭以外は誰も見たことがないので、そんな者がいると思ってくれれば、それでいいですよ」

 姿のない者の声を聞いて、キツネにつままれたような顔をする白百は声のする方向に向いて、あいさつをした。

「えーと、見えない盗賊メンバーさん。白百といいます。よろしく、お願いいたしますわ」

「こちらこそ、よろしく」

 白百がぺこりとあいさつをすませると、テーブルの上にあったワインボトルが消えていた。

 もちろん足音はなく、そして深黒や細虫の目に映ることもなく。



 クップルングが所有する家で2日ほど過ごし、いよいよ船へ、海へ。

 あの人がいる海へ

「ところで紫羅。この船、誰がしきっているの?」

 船に向かうまでの間、私は気になっていることを聞いた。

「そりゃ、船長よ」

「そうじゃなくて、クップルングは陸専門じゃない」

「裏専門の業者だから大丈夫よ。ウチとも馴染み深い」

「ふうん、ならいいや」

 

 出港…


 安心してから私は空を見上げた。

「………」

 あの人も同じ空の下にいる。

「かなり珍しいですわね。深黒が沈んでいるのは」

「人がシリアスになっているのに、お笑い場面にしないでちょうだい」

 白百の口をむにっと引っ張り、お笑いにしたのは私だけれども。

 しかし白百は、めげることなく次の事をすらすらといった。

「深黒、プラス思考ですわよ。運命のらぶらぶ糸は、どんなに遠くても、決して切れないものですわ」

「真顔でよく言えるわね」

「でも白百の言葉、当たってるわよ」

 賛成したのは結婚直前でテンションの高い紫羅。彼女にマリッジブルーブルーはないようだ。

 離れれば、離れるほど思いが強くなって、会えば、会うほど2人の絆が強くなっていく。

 もちろん、危ない時もあったけれどもね」

 その危ない時やらを聞きたかったけれども、紫羅は足を止めて前方の海を指さした。

「あれが式場までの足よ」

 指さす方向に、見事な船が私たちを見下ろしていた。

 うーん。船についてど素人がどう説明していいのか難しいんだけど…

 大きさ、長さっていうのかな4、50メートルはあるんじゃないかしら。

 船の真ん中と前後に柱があって、その真ん中には、船でお馴染の見張り台とかがついていた。帆には支えたりする縄が無数に張られていた。

 船の外側には前と後ろ側にちょっとした彫刻が施されていて、船の先に船首像と呼ばれる彫刻が飾られていた、彫刻は綺麗な少女が前を向いて微笑んでいた。

「裏業界ご用達の船。ビッグフォーチュン号よ」

「ちょっと浮いた名前」

「あら、船も浮くためのものだから、縁起いいんじゃありません?」

「………」

 納得することにした。


 さて、その見事な帆船に乗り込んだ私たちだったけれども。

「中は…ずいぶんと違いますのねぇ」

 白百が言いたいもの無理はない。外はかなり狭いものだった。

 まあ、広い海の中を移動するためのものだから、当然と言えば当然でしょうし。

 心理的にも外と中の差が広がってしまうのも無理はないと思う。

「まあ、こんなものよ。

 っていうか、白百。捕獲されてサクリファイスに送られるとき、船、乗っているじゃないのよ。私もそうだけれど」

「あの時は、そんな余裕なんてないですもの」

 部屋の方は、さすがメインの花嫁で、盗賊の中で偉い紫羅と同室だけあって、広くて立派なものだった。

 どこぞかの館のと比べれば狭いかもしれないけれど、そこは船の中。個室をもらえるだけでも、ありがたいものよ。

 と言ったら白百が

「個室以外って何になりますの?」

「共同部屋、まあ、皆で雑魚寝」

「雑魚寝ですか…皆でわいわいできて楽しそうですわね」

「まあ、楽しそうだけれども、誰かイビキかかなければね。

 さて、紫羅。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの?」

「何の事」

「情報も町まで。それも色々な裏家業連中が人町の盗賊団の結婚式に参加するなんてありえないじゃない。

 な~んかあるわね」

「………」

「ほーら、ご覧なさい」

「でも、私たちにとってはメインイベントの前の前座にすぎないわよ。

 まあ、彼らにとってはメインかもしれないけれども」

「で、何ですの?そのおまけって?」

「物々交換よ。でも裏業界で仕入れた価値の高い、ね」

 なるほど、闇の奥地で采配をふるう者たちならば、ものすごい物の一つや二つは持っているでしょう。それを売り買いするとならば、結婚式のおまけ(彼らにとっては)がついても、関係のないことだろう。

「もちろん『情報の町』で選んだ紳士的な裏業界人ばかり。盗んだり、脅し取ったり、持ち主を消したりなどなど。結婚式が台無しにするような奴は呼んでないからね」

 まあ、来るのは頭、代理人になるかもしれないけれど、賑やかになるのは間違いないわ」

「すごいですわねぇ。ところでクップルング団の交換するお宝ってなんですの?」

「秘密。4つ、5つ用意したけど」

「ふうん」

 何か嫌な予感。

「紫羅、5つが3つにならなきゃいいけどね」

 私の言葉に紫羅の眉がちょっと動いた。

 ほほほほほ、睨んだとおりね。

 十中八九、私や白百を物々交換の商品にするつもりだったらしい。

 まあ、もし…今回の式で『あの人』がいなければ、別の船に乗って逃亡するつもりなんだけれど。


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