海に飛び立って
どこまでも続く闇の森。
あの時は、自分の足で走ってたっけ。
あの人に会いたいがために、村を抜け出して。こんな暗い森の中をひたすら走っていた。
あの人に連れ去られるために。
「………」
「恐いですわね。こう真っ暗だと、何か飛び出しそうで」
馬を操る丸虫(その体で!)の横に座っている白百はぶるっと身を震わせていた。
突然現れたように見えるが、丸虫は最初から白百と行動を共にしていた。
万が一、荷馬車に乗った『従者その1』が反対した時を考えての事だったが、丸虫の出る幕はなく、下手に出て驚かす必要もないので荷馬車で身を潜ませていた。
深黒と一緒にいた盗賊たちは館での後処理があるとのことで、荷馬車には深黒と丸虫と白百の3人だけである。
「不安がる事はないよ。サクリファイスの領域は抜け出たから、追っかけてくることはないし。丸虫のいる盗賊団のナワバリに入った事にもなるから、襲われる事もない」
「なら、深黒。なぜ後ろにいますの?」
白百の言う通り、私は荷台の方にいた。
「盗賊頭に納める分、まだ残っているからよ」
ガタゴトと揺られる中、私は糸の生産にはげまなければならなかった。
ちなみに糸を出す器官と声を出す器官は別なのでしゃべりながら生産は可能。
「今回の脱走計画費用だよ。俺達部下が1人1人に費用がつけられているから」
「それって、お頭さんの花嫁衣裳になるんですわよね。今から間に合いますの?」
「衣装分はとっくに出ているよ白姫さん。これは別の物に使うらしいよ」
「ところで丸虫。これからどこに向かうの?」
私は作業を続けながらとりあえずの進路を聞いた。
「とりあえずはウチらの港町だ。それから情報の町という所に行くよ」
「情報の町ですの?深黒、知ってます?」
「ん?何か、ああ、あの人から聞いたことがある。情報を売買するだけの町。確か…特殊なところにあったんだっけ」
「さすがは黒姫さん。そう情報の町は海だよ」
「海?」
「まあ、海ですの」
「そう、海のど真ん中。すべての大陸から出た船が必ず通る海のど真ん中にそれがあるのさ」
「という事は島かなにか?」
「いいや、黒姫さん。船だよ。情報の町は1艘の船さ」
「まあ、船なのに町なんですの?」
「そう白姫さん。なのに町だという理由は、あとで話すよ。
情報の町は全ての大陸から見て中心部にある。そのせいか、世界中のありとあらゆる情報が取り揃えてあるんだ。それを世界中の者が売り買いしていく」
「でも、船がずーっとそこにいるの?嵐が起きたら大変じゃない」
「穏やかな海域にあるから問題はないよ。それに万が一嵐が起きても、海に戻ればいいだけのこと」
丸虫の奇妙な言葉に、思わず作業の手が止まってしまった。
「???」
「どういう事?」
「簡単な事だよ。情報の町に住む彼らは肺呼吸とエラ呼吸両方できて海上にも海中にもい続けられる特殊な一族だ」
「まあ、魚のように水中に潜れますの?その方々」
「そうだよ白姫さん。彼らは海中に住処を作って暮らしているんだ。
したがって情報の町はその海中都市を指すんだ」
「じゃあ、海上の船は名になるの?情報の町、海上支店ってこと?」
「…。まあ、そんなものだな。
当たり前だけれども、残念ながら海中都市に空気がない。エラ呼吸のできない俺たちは、その船でやりとりをする」
「ふうん。何かすごいよねぇ」
「すごいのは、この先だよ黒姫さん」
丸虫は意地悪い声で言った。
「その船上で、うちの頭の結婚式が行われるのだから」
「まあ、船の上で。まあまあ、なんてロマンチックな話」
うっとりとする白百に対し、私は冷静に聞いた。
「町の盗賊頭がそんなところで式をあげて何の意味があるわけ?」
「まあ、深黒ったら夢がありませんね。一生に一度の儀式ですのよ。やっぱりムードを盛り上げるような、すてきな場所じゃないと」
「一生に一度とは限らないわよ」
と、白百い軽い反撃を与えてから、丸虫に理由を尋ねた。
「あの頭の事だから、何かあるんでしょ」
「花婿となる助針さんは、情報の町の長、上集の末っ子」
「名前をあげようってこと?」
「そういう事だな。情報屋との繋がりがあると宣伝しているようなものだからな」
「あいかわらずの野心家ね。恋愛結婚とは…」
深黒は丸虫の『シッ』という警告を聞いて口を閉じた。
その直後、深黒のいる荷台の方から『ドスッ』という物音が聞こえた。
「え、何ですの」
「慌てなくてもいい、白姫さん。うちの弟が飛んできたんだ」
「こんばんわ。そして初めまして新入りさん」
「弟、兄弟がいるんですの?でも、丸虫さんの大きさからして物音が大きいような…」
白百の言葉に丸虫は苦笑し、深黒は軽く笑った。
「へ?何ですの?」
背後を見ても暗闇で見えない白百に説明した。
「白百。細虫は私と背丈が変わらない、さらに高いわよ。人間サイズだから荷台に到着した時の音が大きかったのよ」
私の解説に白百は十数秒かけて解読し、それから驚いた。
「えええっ。どうして小さなお兄様の後に、人間サイズの弟さんができますの?」
「驚くのはまだ早いよ。白百」
丸虫兄弟を知っている私は、からからと笑いながら言った。
「ここの兄弟は、下になるにつれて、でかくなっているから。3番目の呼び名なんて『でか虫』っていうのよ」
ちなみにその『でか虫』は熊のように大きくて、羽は突起物みたいなのがあるだけ。
「クップルング団の7不思議になっているのさ。な、兄さん」
白百が驚いている間、丸虫兄弟は話を続けた。
「で、細虫。何しにきたんだ?馬の御者なら、喜んで交代してほしいのだが」
「じゃあ兄さんが代わりに納品を届けてよ。体が大きい分、飛ぶのがつらくて」
細虫の話からしておわかりでしょうが、人間サイズの細虫にも丸虫同様羽を持って飛ぶことが出来る。
とはいえ、かなりつらいらしい。
「それって催促に来たわけ?」
「そういう事」
私は出来上がった糸の重さを手で量ってみた。
「こんなものかな」
「納品の場合。頭の手量りは1グラムも間違わないよ。黒姫さん」
細虫と代わってきた丸虫が飛びながら、私に言った。(暗闇なので羽音を聞いて)
「うるさいから、少し多めにしているわよ。ま、大丈夫でしょ」
糸を手渡された丸虫は、重そうな糸を抱きかかえても体が下に沈むこともなく、いつも通り軽やかな羽音をたてて、外に向かった。
「じゃあ、3人とも船の上でな。
ああ、それから黒姫さん。式に『黒姫さんの思い人』が来ることが確信できた」
「本当」
深黒の声は見えなくても嬉しそうな顔をしてますわ。
「ただ…式場までの船は、頭とサクリファイスの商人と同じ船になるから」
「え…」
暗転という言葉が浮かんだ。
私が驚いた瞬間、納品を抱えた丸虫は闇の中へ、元気良く消えていった。
「…兄さん。どうして、そんな意地悪な事をするんだろう」
独り言のようにつぶやく細虫の声は私たちの抗議にかき消されてしまった。