行動
「どうも腑に落ちないな」
こうこうと輝く魔法照明を見上げ、王子の『従者その4』は、ぼそりとつぶやいていた。
昼間のようにまぶしい光、騒音に思える生演奏。
舌がくたびれるほど、多種多味の料理。
「………」
唯一変わらぬ酒をあおり『従者その4』は、しらじらしい誕生宴を改めて見回した。
王子の誕生祝だって言っても半年前に城で終わっている。嘘の誕生日を祝うために飲み食いしているのは俺達一行と館の主人達だけ。
にもかかわらず王子という位とサクリファイスの富を見せつけるために、むなしい贅沢がつくされている。
富も力もさほどない俺にとって、これほどアホらしいものはなかった。
「………」
従者その1と目が合ったが、奴は相変わらずポーカーフェイスのまま、酒を飲んでいたが、一度、視線を横に逸らした。
どうやら『その1』も『その2』の行動に気づいているらしい。
そもそも偽の誕生日祝い計画をゴマすりゃあ、出世できると思い込んでいる『その3』が提案するのならばともかく『その2』が持ち出すなんてことはいままでなかった。
「腑に落ちんな」
王子の斜め後ろにいる『その2』は酔い始めているように思える…が、それにしては目つきが異様なほどしっかりしている。
「それと」
王子の右隣にいる子犬のようなかわいい娘はともかく、牛蛙主人が出し惜しみした『黒雪』までもがここにいる事だ。
その4は主人の隣に視線をずらした。
隣の席は、白い布の両端を棒に巻きつかせ、それを四方に囲み中にいる者を隠していた。
黒雪
もちろん主人ががっちりガードするように座っており、隙を狙って顔をおがむどころか近づけることもできない。
「………」
王族の誕生会という特別な日ならば出てきてもおかしくはない。
だが、偽の誕生会。そこまでしても、この白々しい宴に出てくるとは裏があるからか、ただ単に宴が好きなのか。
『それとも無類の酒好きか?』
さすがに口に出さなかったが、四方に囲まれた布から空のグラスを持った手が出てきた。
空のグラスが満たされ、手が戻ってくるところを目にしてから、視線をグラスに戻そうとしたがその途中で、再び『その1』と目が合った。
「……」
その1は無言で顔をバルコニーに向けた。
誕生宴はだいぶ時が経過し、真っ赤になった王子と顔色は変わらないが出てくる言葉は酔っ払いがするような少々下品な話をする様子からして、席をたっても目に付きそうもない。
「どうも気になってならない」
バルコニーに出た2人に夜風が当たり、冷静さが増してきた。
森の中に立てられたサクリファイス館だが、脱走防止に木を伐採しているため木の葉がかすれる音や夜行動物の鳴き声もなく。
辺りは闇と静寂だけが存在していた。
「俺もそう思う。
その1。その2に気づいているか?」
「あいつは正直者だから嘘はつけない」
その1の肯定を聞いて、その4は手にしたワインを口にした。
「何が起こるかわからないから、ほどほどにしておけよ」
「それぐらい考えているって。
さて、その1。どうする?」
「そうだな、まずは、その2を問いつめるか」
その1は口を閉じて、部屋に戻ろうとするその4の後を追った。
2人が戻る、少し前のこと。
「おかわり~」
今まで無言で空のグラスを出していた深黒であったが、だいぶ酔いがまわってきたらしく声を出して酒を要求した。
「おいおいおい。黒雪、飲みすぎではないのかい?」
牛蛙主人は彼女の機嫌を損ねないような口調で酒を止めるように頼んだが、従ってくれる様子はなかった。
「いいじゃないの。殿下のお祝いなんだし、お祝い事は、祝うのが仕来りってものよ」
「……」
牛蛙はさっと立ち上がった。
黒雪を大事に隠していた布をそして覆っていた囲いを取り払った時、2人の従者が入ってきた所であった。
「お、お前は誰だ?」
牛蛙主人の驚愕と激怒が混じった声が部屋に響き、部屋は静まり返った。
布の中にいた女性は、髪の長い美人だが、その髪色は赤く『黒雪』のイメージはまったく感じられない。
「え、あ…えーっと。黒髪の人がね、ここにいたら大好きなお酒が飲めるって教えてくれたから、こっそり来たんだ、えへへへへ」
酒好きな赤髪の女性が笑い、牛蛙主人が怒鳴り声をあげようとした時、慌しい足音が響いてきた。
「申し上げます。黒雪が脱走しました…しかも、館内を抜け出して、さらに森を出ようとしています」
館の従業員の言葉に動揺したのは主人と、王子の横に座らせていた白百だった。
さっと顔色を変えた白百は、バルコニーに走り出しドアを開けた。
近くにいた『従者その1』と『その4』も後に続いてバルコニーに進む。
静寂しかなかった外にガラガラガラという大きな音が響いてきた。
「み、深黒っ」
大きな音は王子一行が使ってきた白塗りの派手な馬車であった。
白い馬車にいる黒髪の女は自ら手綱を持ち馬を操っていた。
「深黒、私を置いていかないでくださいましっ」
手すりに身を乗り出して白百が叫んだが馬車は無情に通り過ぎていった。
「白百…さん。危ないから手すりから降りた方がいい」
その1の声に白百は振り返り、数秒の無言のあと、おとなしくバルコニーに座り込んだ。
「とりあえず部屋に戻った方がいいんじゃないか。ここにいても風邪をひいてしまう」
「はい…」
その4にうながされて部屋に戻ったが、部屋中はさらに騒がしかった。
「み、深黒が…わしの深黒が…」
牛蛙主人はオロオロと黒雪の正式名を口にし右往左往していたが、すぐに冷静を取り戻すとどなりつけるように従業員に命令した。
「何をしている。早く、一刻も早く深黒を探して、連れ戻せ、早くっ」
従業員たちはそれぞれ返事をすると足音をたてて散っていった。
「お願いします、誰か。私も深黒の捜索に連れてってくださいまし。お願いしますっ」
1人にされた白百は、オロオロと残された者、従者たちを見上げていた。
「し、白百の頼みだ。お前たち、言ってきてくれ…」
騒動で少し酔いが覚めたが、動けそうにもない惰弱王子に言われては動くしかなく。従者3人は白百を連れて捜索に出ることとなった。
暗闇を馬が風と共に走ってゆく。
館まで乗ってきた白馬車が黒雪の脱走に使われたので従者たちは馬を借りて捜索に出た。
捜索を願いでたものの馬に乗ったことのない白百のために、その1は荷馬車を借りて白百を乗せて走らせる。
「…いくら夜とはいえあんな白塗りの馬車が見つからないでいるとは…ますます怪しい…」
暗色の森の中だというのに、館で借りた馬は昼間と変わらない軽やかな足取りで森を駆け抜けてくれる。特殊な訓練かマジックアイテムを使用しているのだろう。
さらに、馬を借りる時に手渡された、目を覆う仮面をつけると青と白と黒の3色カラーしか見えないが暗視能力と同じように見え、木にぶつかる恐れもなく走らせることができた。
「脱走者対策か、さすが多人種販売館だけあるな」
従者その4は感心しながらも、先を走る同僚、その2から距離をとって追い続けた。
森の中は王子一行が乗ってきた馬車が難なく走ることができる人工で作った道の他に、馬一頭が普通に通れる道があり『従者その2』と『その4』は後者の道を進んでいた。
『黒雪は皆で追っているから、そのうち誰が見つけるだろう…というより、その2が下手な行動してるゃあ、こっちの方が見つかる可能性が高い』
その4の前を進む『その2』は振り返ることなく、黒雪を捜索する従業員から離れた所を走っていた。
その2の乗る馬が速度を落としたのは、緩やかなカーブと登り坂を進んでしばらくしてからであった。
同じく速度を落とし、その4は暗視力のある仮面から、馬が止まった先に小屋があるのを確認することができた。
その2が小屋に入っていくのを見てから近くに馬を繋ぎ、小屋まで近づく。
木製の小屋は物置か木こりの休憩するぐらいの狭いもので、見張りがいない事を確認した『その4』は開いている窓下に身を低くして慎重に進み、耳をすました。
「………」
開いた窓に中の明かりが漏れているが物音一つしない。
『しばらく様子を見るか。それとも一気に行ってその2を問いつめるか…
いや、その2が小屋に入ったって事は、誰かを待っている可能性が高い』
様子をみようと判断したその4が身を隠すのにもっと安全な所はないか辺りを見回した時、背後から物音がした。
「……」
振り返った『その4』の背後から再び、さっきより大きな音を耳にした『その4』は動く物体を目にした。
『罠か』と脳裏に浮かんだ『その4』の動きは早かった。
暗視仮面から映る青と白色の襲撃者は、その4に腕を伸ばし手に持つ白い布を触れさせようとしていたが、その4は襲撃者の布を避けてその腕を右手でつかむと、後方へ引っ張っりた。
「うわぁ」
襲撃者は簡単に体制を崩し前のめりに、倒れた。
「薬つきの布を嗅がせて眠らせようと考えたようだが、従者をなめるなよ」
その4は簡単に阻止できた襲撃者に懐から短刀を取り出すと刀先を向けた。(館内にいるため長剣は預けている)
「ほう。まさか、ここで会えるとは」
従者その4は暗視仮面を外して、黒髪の女を見下ろした。
……事を後悔した。
「油断は禁物だぜ、従者様」
襲撃者は1人ではなかったのだ。
「………」
縄でぐるぐる巻きにされた『従者その4』は小屋の中に入らさせた。
「俺の事を怪しんでくると思ってたよ、その4」
狭い小屋には『その2』が『その4』を出迎えた。
「その2、これはどういう事だ」
「取り引きだよ。殿下が諦めてくれる失恋をするための」
「………」
その4は頭の整理した。
「黒雪とその世話係を脱走すれば、殿下はショックを受けるが諦めてくれる。
なまじ購入されては、こちら側としては面倒になるし。その3の帰りを待っているわけにもいかないというわけか」
「その通り」
「その2さんとは手紙や知り合いの盗賊を使ってやりとりしてたのよ」
あっさり倒された襲撃者、黒雪こと深黒が倒された時についた泥をはたいて現れた。
「深黒さん。襲撃はうちらに任した方が良かったって言ったんじゃないですか…」
深黒に現れた『知り合いの盗賊』らしき男たち2人はどちらも館の従業員服を着ていた。
「なかり大掛かりな計画だったって事か」
「その4さんも協力してくれるなら。悪いようにしないわよ」
「そうは言うけれども、黒雪さん。肝心の世話係がいなければ意味がないだろう。それに館を脱走したはいいが、この森をどうやって脱出するつもりだ?
館の連中だって、そこまで間抜けじゃあないし」
「森脱走は問題ないわ。盗賊団がついているし、今回が初めてじゃないし」
「………」
深黒の言葉にその4が沈黙していると、再び扉が開いた。
「問題は全て解決したようね」
「深黒、お待たせしましたわ」
笑みを向ける深黒の前に白い犬のような少女と『従者その1』が姿を現した。
「荷馬車で『その1』さんにお話したら、喜んで協力してくれるって言ってくれましたの」
「その4。何しているんだ?」
「………」
全員そろった所で、もう一度、話し合いが行われて従者3人は協力することを誓った。
「その1、あんな狭い道を良く荷馬車で走られたな」
「狭い?けっこう広くて安定してたぞ」
「その4さんが使った道とは別に広い道があるのよ」
「なるほどね、後を追う事に専念していたから、目につかなかっただけか」
縄を解いてもらった、その4に深黒は心配げに忠告した。
「それよりも戻ってきた後の事を考えた方がいいわよ。あの牛蛙、私が関わってくる以上、根掘り葉掘り聞いてくるから」
「それなら大丈夫ですわ。深黒がいなくなった理由をその1さんと考えてましたの」
「ふうん、どんな?」
「私とその1さんがこの馬車を走らせていたら、空から深黒が降ってきて、口から炎を吐き出し…」
『却下』という言葉の代わりに白百の口を思いっきり引っ張ってあげた。
「荷馬車は貰っていくわ。私達は馬に乗れないから」
深黒の発言は白馬車にいたのは自分でないと言い表していた。
「御者もいるから大丈夫よ」
何から何まで手をつくしてあるのは、いかに計画された脱走で盗賊との力があるのかも言い表していた。
「俺らは俺らで後処理できるから、追っ手が来ないうちに行ってくれ」
「ありがとう」
かくして私たちは荷馬車に乗り込み、王子の従者たちに見えなくんるまで見送ってくれていた。
「さーてと。俺達は後始末に取り掛かるかな」
「………」
「ん?どうした『その1』名残惜しそうに馬車の方向を見つめちゃって」
「別に」
「で、噂の黒雪を目の当たりにした感想は?」
「そうだな。さすが館の奥へ閉じ込めているだけのことはあるな」
「彼女、まさしく黒雪だよ。
黒い姿を一面に覆いつくし、その存在感を表すのに、消える時は一片も残さない」
「………」
その1は同感の表情を『その4』に見せた。