優雅な牢屋生活
「聞きまして?深黒。蛮呑王子様一行、しばらくの間、ご滞在なさるんですって」
雑用係、白百は深黒の吐き出す糸を巻き取りながら言った。
牢屋という作業部屋と牛蛙との面会の場は相変わらず怪しい空気が漂っている。
いくら鈴が転がるようなかわいらしい白百の声が響き渡ったとしても。
いや、白百が持つ白色字体が、深黒の『黒』と吐き出す『白』の絵画に深みを加えていた。
「どこから、そんな情報を仕入れてきたわけ?」
深黒は作業を続けたまま、器用に聞いてきた。
彼女の吐き出す糸は細く、それと長い経験によって話すことに支障はないようだ。
「見張りの方達からですわ。深黒は敬遠しているみたいですけど、皆、いい人ばかりですのよ」
「私を捕まえなければ良い人よ」
「脱走するからですわ」
「じょーだんじゃない。こんな牢獄生活なんてまっぴらよ」
「あら、そうでしたの」
白百は隣の寝室を覗いてから言葉を返したのであったが、その隙を深黒に狙われ、右頬をぎゅむとつかまれた。
「豪勢な生活しているから、居座っていると思ってましたのに十分じゃ…いたたたったですわ」
深黒が両頬をむにっと引っ張ったのだから、無理もない。
「あのね、望む物といっても、味のない高価な物だけよ」
『それでも十分と思いますが』と言いたがったが、両頬が危険にさらされるのでやめた。
「じゃあ、それ以上の何を望んでいますの?」
「私がここにいるのは、あの人に会うためよ」
「あの人」
白百はひりひりする頬をさすりながら尋ねてみたものの、深黒は答えてくれなかった。
「ねえ、何ですの?私と深黒の仲じゃありませんの」
「まだ会って1日もたっていないわよ。私たちの仲って。
それよりも、そういう白百こそ、どうなのよ」
私は白百を頭からつま先まで観察をした。
白い子犬のイメージを持つ白百の肌は白く、髪は白色に近い銀髪をしていた。
「………」
犬っぽいといったが動物耳や尻尾。翼もはえていないから、どう見ても特殊能力系ね。まあ、そういうのがなくても、売り物になる顔だけれども。
「どうって、何がですの?」
「力よ、ちーかーら。私みたいな特殊能力の事よ」
「い、いえ。そんなことはありませんわ。私は雑用係として、ここに来ましたのよ」
白百、思いっきり顔がひきつっていた。
「ポーカーフェイスできないくせに、嘘はつかないの。
犠牲の名前を持つサクリファイス館。その主人の牛蛙男は、珍しい人種や綺麗な子を見つけては捕らえさせて売りつけるのよ」
「まあ、そうなんですの」
白百、自分の頬に両手を当てて困った表情を作ってみせた。
「まさかとは思うけれども『まあ、私って、あまりにも綺麗過ぎるから』ってボケたら『ハムスターの頬袋攻撃』にするからね」
「え…あらやだ深黒ったら。私がそんなずうずうしい事、言うわけがありませんわ。ほほほほほ」
1文字も間違ってなかったみたいようだ。
「で、何の一族なの?」
「宝石、真珠と呼ばれる石を造り出す力を持っていますの」
「人間貝って事ね」
「に、人間貝って、ひどいですわ、深黒」
きゃんきゃんと鳴く子犬をなだめてから、深黒はうなづいた。
「真珠をつくっている間は時間を止められないから、私のところに預けたわけね。商品棚に入れる時、そんな効力を持つマジックアイテムを使うって言ってたし」
「そうなんですの」
白百は深黒が生産したばかりの糸を受け取ると、絡まないように運び空いている場所にほした。数時間ほど風と日光にあてると光沢が増すらしい。
「金に貪欲な牛蛙だからね。1リロ(お金の単位)たりとも無駄にしないわ」
深黒は吐き出したばかりの糸をつまみ上げた。この糸も何日とたたないうちに、金に変わるのだ。
「………」
白百が牢屋部屋に収容されて数日とたたないのだが表情が日に日に沈み込んで見える。
「私は慣れているけれども、ずーっと室内にいるのは健康によくないわね」
「捕らわれの身分なのはわかっていますわ…」
「いーや、1日1回の散歩は最低限度の必要項目よ。
長雨がやんだことだし、外に出ない?」
「外?脱走ですの?」
「脱走する必要はないわ。私がモグラ生活をするわけがないじゃない」
私は白百を寝室部屋の奥までつれていき、そこにかけている布の掛け軸、タペストリーを自慢げにずらした。
「まあ、ドアですわ」
「牛蛙に『私をモグラにするつもり』って言ったら作ってくれたわけよ」
「どうしてタペストリーで、隠してありますの?」
「そりゃ、もちろん。隙間風を押さえるためよ」
木製の小さなドアを押して、体をかがめた。
子犬みたいに小さめの白百なら、難なく通れる大きさだけどね。
「まぁまぁまぁ。すごい、すごいですわ」
後ろから歓声をあげた白百は、子犬のように空を見上げ、雪に出くわしたかのように外部屋を元気よく走りまわった。
外部屋は、さっきの牢屋部屋みたいに殺風景な空間と変わらない。違うといえば、鉄格子が壁じゃなくて天井にはめてあるだけ。
冬は嫌だけど、今日みたいに穏やかな日は、快適に過ごすことができた。
「周りは屋根だけだから、逃亡できなくはないんだけどね…」
「できませんの?」
「鳥の翼がない限り、無理」
ちなみにここは、建物の上階に位置している。
館の中から、ここに来るには地下に下りてから、遠回りで上がってくるようになっていた。
「そうですわね。中は中でかなり入り組んでいたのに、今までどうやって逃亡していましたの?」
「これの力よ」
私はにいっと笑みを浮かべてから、糸を吐き出してみせた。
「白百、そこに縄梯子あるでしょ」
深黒の指さす部屋の隅には白い縄梯子がありましたわ。
近づいて手にとって見ると…おや?
「これって深黒から作り出したものですの?」
「当然。いくら物をくれる牛蛙だって脱走用のロープはくれないからね」
光沢のある極細の糸をまとめてロープにして、それを縄梯子に作った極上の脱走道具…でも
「…こんな細い糸ならばいくら束ねても切れませんこと?」
極上品縄梯子のローブは3センチほど、とても人が安全に上がれそうには見えませんの。
「大丈夫よ。私の糸はものすごく丈夫だから、この糸1本だって全体重を預けられるのよ」
『実証済み』と付け加えて。
「でも、深黒。今から逃亡する気ですの?」
「逃亡する気はないわよ」
否定するものの深黒は縄梯子に近づき、何か引っ張るような仕草をした。
ここからだと見えませんが深黒の手には極細の糸が天井部分から吊り下げられていて、下に引っ張ると縄梯子が空中に浮いた。どうやら縄梯子に糸が取り付けられていて簡単に縄梯子を天井に持ち上げることができるようだ。
かちゃんと縄梯子の先端に取り付けられていた鍵爪が天井の鉄格子に当たった。
深黒は手馴れた手つきで糸を微妙に動かしすと難なく鍵詰めが鉄格子に引っかかる、その動作にほとんど時間をかけていない様子からそうとうこの縄梯子で脱走しているようである。
念のため引っ張って安全をたしかめてから、足と腕に力をかけて、さっそく上昇開始。
「到着」
片手を縄梯子から鉄棒を握り締めた時、何かが覗き込んでいた。
「よお、館の姫君、もう脱走かい?」






