サクリファイス館
ここが現代ではないのは確かな事。
1人の王様が領地を治め、農民から税を吸い上げる封建制度がなりたっている時代。
1人の悪人が、珍しい能力を持つ私を館に閉じ込めたって珍しくはない世の中でもあった。
私たちの住むサクリファイス館は、町から離れた森の中にバカでかい屋敷が一軒ぽつんと建っている。
私みたいな珍しい人種がたくさん連れてこられて、人種販売という怪しい商売しているから、当然といえば当然のことだけど。
真昼間でも、常人はまず近づく事はなかった。
「………」
もちろん、例外もいる。
日が暮れようとする時間。ガラガラと音をたて白塗りの派手な馬車が屋敷に向かっていた。
人目を避けて、この時間にしたんだろうが…白と金で細工した成金馬車は無意味としか言いようがない。
「なんとも気味が悪い」
馬車に乗る、物好きな青年はいかにも惰弱そうな顔をしていた。
この馬車といい青年の極上品の服といい、位の高さは一目瞭然であろう。
…世継ぎの見込みのない巨大王国の第3王子、それが彼であった。
遠く離れた強大な王国は周辺を手当たり次第襲い、自分の領地にして富を奪い取っていた。富は泉が湧き上がるように出現し、湯水のように使っても誰1人文句は言わない。
第1、第2王子は健在する中での末っ子なので、道楽にふけるには、もってこいの環境であろう。
「のう。皆、気味が悪いではないか」
「なに、気味悪がっているんですか蛮呑殿下。これでは黒雪をお目にかかることなんてできませんぞ」
「…わかっておる。そんなことぐらい」
蛮呑王子はぷいっと従者から顔を逸らし、窓外に見える景色を見つめブルッと身震いをした。
馬車はちょうど道から開けていくところで、馬車の前に廃屋寸前と思うほど黒ずんだ屋敷が姿を見せかけていた。
建物自体はがっしりとしていて、黒ずみがなければ郊外にある別荘を思わせるものであったが…。いたる所に蔓が巻きつき、門はいたる所に亀裂が入っている。
木々が覆う森の中だから薄暗い中にあるサクリファイスの館は、王子以外の者でも近づきたくない気にさせた。
しかし、鉄の門が門番達によって開けられていくので馬車ごと入るしかなかったが。
「ようこそ、サクリファイスの館へ。遠路はるばるご苦労様です。蛮呑殿下」
馬達は建物の近くで止まり、耳を後ろに向け不安げな顔を見合わせる中、偉い人たちのあいさつは、何事もないように進んだ。
「お前が、ここの主人か?」
王子が危うく『人間なのか』と聞きたくなるほど、でっぷりと太った醜い主人であった。
ブルドックのように頬から肉が垂れ下がり脂ぎっているが、肉に食い込んだ小さな目だけは異様な光を放っているように見えた。
獲物を持つ巨大蛙、それが人間になったとしか言い様がない。
「ええ。私が、この館の主人、隷度と名乗る者でございます。裏での仕事上、これ以上は名乗れない事をご了承ください。
さあさ、こんな不気味な所にいつまでもいては、不快だけがつのるばかりです。中へどうぞどうぞ」
この巨大蛙といるよりは外の方がマシ…と思う王子一行であったが、一行は口をぱっかりと開けた建物の中へ、足を踏み入れることとなった。
「うわぁ…これは」
中は正反対のものだった。
薄気味悪い不気味な外とは違い、中は明るく華やかであった。
柱という柱は細い細工が施された金色で、それは壁の飾り、手すり、いたる所にまぶしい色を放っていた。
天井からぶら下げらえてあるシャンデリア。電気という物が存在しないのにも関わらず、まぶしい光を放っていた。
炎でもない光の球体は昼間のように辺りいっぱいに浮かんでいる事からして、おそらく魔法製なのだろう。
さらに所狭しにごたごたとある置物、タペストリーはどれも一級品でかなり金を費やして手にいれたとしか思えない物ばかりであった。
「………」
富をしめる王族とその城を見尽くしてきた部下たちでもさえ、この豪華さ(派手すぎて成金としかいえないが…)にため息がでた。
「外は役人を近づけないためのもので、えらく驚かせてしまいましたが、それは役人どもの目からカモフラージュするもの。
館を訪れたお客様方が快適に泊まれるよう、最上級の環境を整えております」
「はぁ」
「蛮呑殿下、長旅でさぞお疲れでしょう。最高級の部屋を用意してあります」
「いや、主人よ。疲れてはおらぬ。一刻も早く案内してくれないか」
王子はブルブルを首を振った。
「それは大変失礼したしました。
さっそく商談の方に移りましょう。
牛蛙のような主人は、王子の後ろに控えている4人の従者に視線を移した。
「申し訳ありませんが、これはプライベートな商談てあり、殿下お一人で密談したいのですが…」
「何を言われるかな主人よ。第3王子でもある殿下をお一人で、しかもこんな怪しい所となればなおさら護衛が必要だ」
「ならば仕方ありませんね。
蛮呑殿下、今回の商談はなかった事にしていただきます」
牛蛙はわざとらしく頭をふかぶかと下げた。
「ここサクリファイスは、取り引きするお客様だけの商品となる子を見れることになっております。
殿下に限って、そんな事はもちろん、ありませんが。大切な、大切な商品から守るための処置でございます。
これは一国の王であろうと例外はみ認めません」
繰り返し使った事に従者たちは目を合わせた。
「まて、主人。商談を止めるなど言わないでくれ」
そんな余裕のない王子は、不気味で近寄りがたい牛蛙の手を取り熱っぽい目で見つめ、大慌てで従者たちに振り返った。
「お前たちは部屋で休んでいろ。いいな、絶対、ついてくるなよ」
大慌てで命令する王子に従者たちは再度目を合わせ、そのうち2人はため息をついた。
従者たちと別れて、牛蛙のような主人と惰弱な王子は館の奥を進んだ。
館の中はどこを歩いても明るくて豪華でけばけばしかった。
そんな広くて天井の高い通路を進んだ先に行き止まりの壁と、その先に進める扉。それから見張りの男が1人たっていた。
「殿下、ここから先が商品エリアになっています」
見張りが一礼し、腰に下げている鍵を取り出すと片開きのドアを開錠した。
「これは…すごいな…」
一歩踏み出した惰弱王子は通路と同じぐらい広くて高い天井に広がる光景に言葉を漏らした。
2人の左右にガラス張りの壁があった。
ガラス張り壁には幾つもの仕切りがあり、人1人はいれるスペースがあった。それが左右の壁いっぱいにあり、その中にはほぼ全てに商品が入っていた。
「…これ、全部…商品なのか?…」
惰弱王子は、おそるおそる聞いた。
というのも、そこにおさめられている商品、珍しい人種たちは皆、目を閉じて立ったまま微動だにしないでいた。
まるで人形か死体のように
「商品たちは特別なマジックアイテムで眠らせてあるだけですよ。
アイテムを使っている間は無駄な食費がかからなければ、年をとることもない。もちろん脱走する恐れもない」
「そうなのか」
安心した惰弱王子は改めて陳列棚の商品たちを見回した。
「どうですか殿下。多人種ハンターを世界中に駆け回らせて捕まえた商品たちは」
「………」
「犬娘に猫娘。翼を持つ子もいれば、自ら発光したり水中に永遠に潜っていられる特殊能力を持つ子もいますよ。
殿下には虎娘など、いかがでしょうか」
「い、いや。主人よ」
想像もつかなかった光景にぼうっとしていたが、惰弱王子は我に返ると慌てて首を横に振った。
「主人よ。今回、私がここに来た一番の理由はただ一つ。
黒雪(深黒の別名)を見るためだ」
「さようでしたか
しかし一つ、同意してもらわなければならない事が一つだけあります。同意いただけなければ、黒雪には近づけません」
主人の肉で埋もれた目が鋭くなった。
「彼女は非売品です。
どんなに大金をつまれても彼女を譲ることはありません。
脅しも然り。あなた様の後ろには巨大な力がありますが、我々は屈服することはありません。その前にあなた様の身の安全の方に支障をきたすでしょうが」
「……。わかった、わかった同意する」
牛蛙主人の気迫にたじろいだが、惰弱王子は何度もうなづいた。
それから数時間後。
「………」
広くて成金趣味でしかない『黄金の間』にいる4人の従者の1人は窓外を眺めていた。
それとは別の従者は、ため息をついた。
さらに別の従者はいそいそとソファーに座っている王子に紅茶をいれ。
さらに別の従者が、その紅茶を飲んだ。
「おい、その4!」
「平均さ、その3。殿下はとてもお茶を飲める状態じゃない。我に返った時、冷めたお茶を召し上がる方が無礼というものよ」
お茶を一口飲んでから、従者その4は、惰弱王子を2度3度呼んでから、王子の目の前で手を振ってみせた。
「…………」
王子はまったく反応せず、焦点の合わない目で天井を見つめたままであった。
「だから反対したんだよ、俺は」
ため息をついていた『従者その2』が髪をかきむしった。
「どっかのゴマすりが、偶然耳にした情報をたれこまなければなぁ」
と『従者その4』が言い、紅茶を入れた『従者その3』が激怒する。
「何を言う。殿下には社会見学をして世界をしってもらう事が我々の使命。
何もしないで屁理屈ばっかり言う『その4』とは雲泥の差だ」
「へこへこゴマをすって、おこぼれも忘れない。
プロハコ王国に行った時の宿屋の一件。誰も知らないと思っている気か」
「くだらない事を言っている暇はない。その3、その4」
窓側にいた『従者その1』が一喝した。
「そうだよ。
でも、どうすればいいんだ?殿下は恋に恋い焦がれて、何も手につかない状態」
従者その2は、王子を呼んでみたがまったく反応がない。
「まあ、黒雪に一目惚れしたわけじゃないのが、せめてもの幸いだよな」
奥の牢屋にいった王子が目に止まったのは黒雪の隣にいた白い子犬のような少女であった。
「しかし、一国の王子が人身売買で売られている娘に一目惚れしたなんて事を、誰かに知られたら…」
「くすぶり続けている東側のレブメ国が動き出す恐れがある」
従者その4とその1の言葉にその2は再度ため息をついた。
「何か打つ手はないのか、その1、その2、その4」
「なくはない。
黒雪は極上の糸を吐き出す。それを購入し、異国の土産として王妃と王妃の侍女に届ける」
「なるほど。その1、考えたな」
「どういう事だ?その1と4。俺にはさっぱり」
「こういう事だ。その3。2つのうち1つを王妃にもう一つを王妃の例の侍女に、もちろん王妃より量を少なめにして渡す」
「我が王国きっての、恋愛対処術のある侍女だ。近衛隊長の恋愛事件を解決したのは有名な話」
「なるほど、それに王妃なら殿下にお優しい」
「というより、甘い」
「その4…」
「それで、その届け役を誰にするんだ?その1」
従者、その2の問いにリーダー格であるその1は3人を見回した。
「ふむ。我々4人の中で口が達者なのは、お前しかいないな、その3。なんせ王妃の侍女を借りるのだから。その3の口でしか任せられないだろう」
「そうか」
『…さすがは、その1だな』とその2は思った。
その3は口だけが達者だが、その4と折り合いが悪い。遠く離れた王国に行き来する間、無駄な衝突を避けることができるし、ゴマすりのその3が王子に何かを吹き込み、とんでもない騒動を起こす恐れも防げる。
「………」
それからその2は哀れな王子を見つめ、また、ため息を吐いたのであった。