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黒雪の婚約者  作者: 楠木あいら
ゲーム
17/18

止まり木を探して

 うすうす気づいていた。

 というより、隷度のゲームを知った時にはもう、頭にかすめていた。

 でも、その時は常識的にあ考えて『まさか』と一笑して消した。

 でも…消えることはなく今は、私を支配していた。

「みこくー。どうしましたの?開けてくださいまし」

 背にしたドアをどんどんどんと叩き、何も知らない無邪気な子犬がきゅうきゅう鳴いていた。

 外部屋に出た私は、陽光に照らされていたけれども、温まることはなかった。

 『真実』とあの人は言っていた。

 でも私にはわからない。なぜ、人を傷つける事が真実を確かめることになるのか。

 隷度がわからなくなってきた。

「でも」

 アノヒト ノ コトハ スキ デシカナイ

「よう。黒姫さん。くうくう健気に鳴いているぞ」

 天井の鉄格子から丸虫が姿を現し、飛び下りてきた。

「人をスピッツみたいに言わないでくださいまし」

 丸虫の声が聞こえたらしく、白百はきゃんきゃんと吠え返していたが、今の私にそんな余裕はなかった。

「丸虫。あの人の事がわからなくなってきた…」

「………」

 肩に乗った丸虫は立ち上がり、小さな手で頭を撫でてくれた。

 それから振り返り、扉に向かっていった。

「白姫さんよ。悪いけど部屋を出てくれないか。黒姫さんと込み入った話がしたいから」

「嫌ですわ。私だって深黒の友達ですのよ」

 白百の気持ち、わからないでもないけど…さすがに今回となると…

「というより、白姫さんに頼みがあるんだ」

「頼み?何ですの?」

「うちの細虫がさ、恋破れて、黒姫さん以上に落ち込んでいるんだよ。兄としては気になるんだけれど、どう対応すればいいのか、正直困っているんだ」

「わかりましたわ。この白百。いつも以上に元気な細虫さんにしてみせますわ」

 単純な子犬は、大きな足音をたてて、どこかにいってしまった。

「どこまで本気の頼み?」

「半分ぐらいだな。一応、落ち着いているようだけど」

「白百が落ち着いた根をほじくりかえして、ひどくならないかしら…」

「大丈夫だろう。打たれづよくなってもらわなければ、困るわけだし。

 白姫さんは、しばらくの間、盗賊団の方で預かっておくよ」

「ありがとう」

 くすりと笑っていた深黒の表情が戻った。

「丸虫。真実てなんだろう」

「嘘や偽りじゃない事。本当の事さ」

「そうだけど…」

「隷度は真実が必要っていってた…」

「真実は真実でしかないんじゃないのか。

 重要なのは黒姫さんの思い、行動…勇気だな」

「………」

「というより、どうすればいいのか深黒が一番わかっているじゃないのか。

 お前の思い人さんがどう考えているのも。お前さんが行動しなければならない事も。わかっているはずだよ。

 それを認め、実行する力がないだけで」

「………」

 深黒は何も言わず視線を落とした。

「白百を真実の証になんてしない…隷度にそれを伝える事…」

「それを伝える事によってゲームが負けになってしまうなんて考えるなよ。

 こも恋愛ゲームのルールは隷度だけじゃない。深黒、お前さんも変えられる」

「………」

「恋愛は1人だけのものではないだろう」

「……」

 深黒は立ち上がった。漆黒の髪がさらりと揺れて彼女の動きに従った。



 私は隷度を探しに出かけた。

 でも、彼はいなかった…いえ、館の中にいるのだけども、隷度に会うことができなかった。

 館内を歩き回り、従業員に聞いて情報を得ているというのに、私がその部屋を訪れる時にはもう、彼の影、気配すらなかった。

 2日間、という無駄で孤独な時間だけが過ぎてゆく…



「………」

 扉を開けた先は、何度も通り過ぎた一室。

 売り物たちの並べられた陳列棚。

 この前、白百がドジって危うく商品にされそうになった所。

 捕らえられた私が一か月ほど眠らされていた場所を見続けてしまったけれど、それに対する表情は浮かんでこなかった。

 私が何回もやっているように、左右両方の裏口をまわって隷度の姿はないか確かめた。

 これも無意味な事と判明。

 扉に向かって歩き出す前に、もう一度だけ自分のいた棚を無意識に眺めていた。

 長いこと見続けていたと思う。

 肩を掴まれ無理やり振り替えさせられる前まで

 壁に叩きつけられて、人の手が口を覆った。

「………」

 隷度がいた。

 口に触れていない反対の手には白い布があった。

 脱走騒ぎの時、私が王子の従者『その4』に使ったものと同じ物を。

「このまま永久に眠らせておきたいものだな、深黒。それならば2度と俺の前から離れることはない」

「……」

 私は口を押さえられている手を簡単に払いのけて動じることなく、隷度を見つめた。

「あら隷度は、いつからお人形さんが好きになったの?それとも外見だけしか好きにでしかなかったの」

「違うよ」

 隷度は一歩だけ下がってから、手にしていた布を自分の鼻に当てて『冗談だよ』と言い床に落とした。

「隷度…指輪は取り出せない。私にとっては、水と空気だもの」

「それはおもしろい言い回しをするな」

「空気がなければ、生きてはいけないし。水がなければ生き続けることはできない。隷度と白百は、それと同じなのよ」

「都合がよすぎる」

「隷度の方がおかしいのよ。どうして人を傷つけなければならない信実なんて選ぶの?」

 どすっという音が聞こえ、背にしている壁から微かな振動が響いた。

 壁に叩きつけられた隷度の腕は、私の頬すれすれで微かな風が伝わる。

「前にも言ったはずだ、長い年月をかけて俺たちの思いは歪んできたと。

 歪んだ状態を戻すには、一つの真実が必要だ。

 一つの大きな真実がな。それを証明してほしかったんだ。

 犠牲を払わなければ、俺への思いは届かない」

「……」

 返答できない深黒に対し、隷度の腕が離れ、隷度は背を向けて歩き出した。

「隷度、待って…」

「かくれんぼだ、深黒。5分たったら俺を探してくれ」

「………」

 隷度の姿が見えなくなると、深黒は力なく座り込んだ。

「…………」

 歪んでしまった思い……

 隷度は奴業を消した。

 それは私を守るためだと、丸虫が教えてくれた。

 隷度は…奴業と入れ替わって館の切り盛りを5年もやってきた。

 その間、彼は何を考えていたのだろう。

 入れ替わった事を知らない私の冷たい態度。なぜ気が付けなかったんだろうと後悔してもしきれないと思う自分が腹立たしい……。

「………」

 隷度は1人で戦ってきた。戦いすぎてボロボロにになってしまった。

 そんな中、加害者でもある私はどうすればいい?

 私は?

「私は……」

 深黒は床に視線を落とした。



「…。もう、行かなきゃ」

 私は立ち上がった。

 隷度のいる場所はわかっている。



 館内脱走する時に立ちより、従業員の服を着替えるあの部屋に隷度はいた。

 広い客室用に使える部屋なのに使われていない謎の部屋は、奴業が愛人にした私を収容する部屋になる予定だったらしい。

 入れ替わった隷度がこの部屋に手をつけなかった理由も知っている。

 脱走した私が高確率で再会できる部屋でもあったから。

 隷度がまだ多人種ハンターだった頃、ここで昼寝をしながら私が来るのを待っていた。

 あの時と同じ場所に隷度の姿があった。脱走した私が従業員服をじっている木箱の上で。

「この部屋はまさしく『犠牲の間』だな。俺たち3人の。

 だが奴業を消した事に後悔はしていない。

 深黒の周りに盗賊たちの訪問を許した事にも後悔していない。女の盗賊ならともかく男の盗賊もだ。

 君に雑用係を置いた事も後悔していない。24時間、君の近くにいられる存在でも」

「隷度は犠牲だった?」

「もちろん。

 君が安全に生活してもらうには必要だったが、俺にとっては嫉妬という犠牲になった」

「隷度は…。隷度は?

 たまった犠牲を誰かに使うって事はなかったの?」

「…。

 ならば君に使おう」

 立ち上がった隷度は懐から白い布の袋を取り出し逆さにするとビー玉のような黒い球体が落ちて受け皿にした反対の手に現れた。

「これは海上都市で物々交換したマジックアイテムだ。

 口に含めばたちまち、何百年でも眠り続けるという。

 俺は二度と深黒を離さない。歪んだ形であれ永遠に。俺が死ぬ時まで。

 例え眠ったままとはいえ、もう誰にも近づけさせない。

 その犠牲を、君は取れるか?」

 私は迷わなかった。

 手にした得体のしれない物体を口に含むと苦い味と共に…

 隷度の顔が覆い被さり、唇が塞がれた。

「………」

 口の中に『それ』が侵入し口に含んだばかりのアイテムを奪い取っていった。

「馬鹿な女だよ、君は」

 隷度は奪いとったアイテムを指で取り出したが、すぐに口に入れた。

「隷度」

「眠くなることはない。ただの薬草飴だからな」

 呆気にとられた顔をする深黒を見て隷度はニヤリと笑った。

「手に入れたばかりの女を手放す同然な事をするわけがないだろう」

「隷度っ。あなたって人はいつもいつもいつも…」

 怒りだそうとする深黒を隷度は抱きしめ口を塞いごうとしたが、それよりも早く深黒は言葉を放った。

「何となくだけど、わかっていたわよ。

 隷度が、そこまで壊れているなんて、信じてなかったから。

 壊れているんじゃなくて、臆病なのよ、隷度は」

「はははっ。臆病者か、そうだな」

 隷度は子供のように笑った。

 私達に、これ以上の証拠も、言葉もいらなかった。


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