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黒雪の婚約者  作者: 楠木あいら
ゲーム
14/18

館へ


 こうして私達は船を下りて、脱走したはずのサクリファイス館の特別室、牢屋へ戻ってきた。

「まったく、見てられませんわ」

 日がようようと当たる外部屋にいる私は頭上を見上げ、深黒の事に不平を漏らしていましたの。

 もちろん独り言じゃありませんわ。

 天井にはめ込まれた鉄格子を難なく潜り抜けて、大きな荷物を持った丸虫さんが下りてきましたから。

「じゃあ、従業員に扮して歩き回っているっていうのは本当のようだな」

「戻ってきて一週間ぐらいは沈んでばっかりで。その後は、ずーっと、こうなんですのよ。健気というより、痛々しく


て見ていられませんわ」

「という事は、隷度に対する思いは変わってないことか」

「よくありませんわ」

 真っ白い子犬はきゃんきゃんと吠えて、不満をぶちまけたのであった。

「深黒も深黒ですけど、館の主人、隷度様も隷度様ですわ。

 深黒があんな献身的に尽くしているのに、隷度様の態度は牛蛙様の時と変わりませんのよ。

 この前なんて従業員に扮した深黒に気づいたら、即、捕まえさせて、ここに戻してきたんですのよ。それなのに


隷度様は、相変わらず欲しがる物は買い与えるとか、今までと同じように聞いてくるんですのよ。

 茶番劇もいいところですわ」

「…。白姫さん。蛙商人が言う『いつもの問い』に黒姫さんは何て答えるんだい?」

「何も言いませんわ」

「そうか…」

 丸虫は考えを整理するためにしばらく沈黙していたが、ややあって小さすぎる口を開いた。

「しばらくの間は見守るしかないだろうな」

「まあ、丸虫さんは、見捨てろとおっしゃいますの?」

「いいや、見捨てたくないから、見守っておくんだよ、まあまあ、眉間にシワを寄せなさんなって。

 いいかい白姫さん。これは2人だけの『恋愛』ゲームなんだよ。

 今は黒姫さんが不利になっているが、逆転はある。

 というより、思い人に会いたいがために何度も脱走して、何年も待ち続けた人だ。白姫さんが思ってうるほど


弱くはない」

「そう…ですわね。そう信じたいですわ」

 白姫は鉄格子から見える青空を見上げた。

 一風が白百の銀髪をなびいて空に戻っていった。



「失礼します。

 お手紙をお持ちしました」

 入室許可を貰った従業員が隷度の前に現れた。

「…手紙はいつもの場所に置いてくれ。それからロワルフェン男爵の様子を見るようにナカ……君か」

 違和感を覚えた隷度は従業員に扮した深黒に気づき、呼び鈴を取ろうとしたが、深黒が先に取り上げてゴミ


箱に捨てた。

「何のマネだね」

「隷度、私は…。

 私も意思表示する。

 私は隷度が好き。それを行動することにした」

 真っ直ぐ見る深黒に『ほう』と笑い、隷度は自分が座っている椅子に呼び寄せる。

「ならば座るが良い」

 隷度は座っている自分の椅子を手で指し示した。

「……」

 深黒は、牛蛙格好をしたままでいる隷度の脚の上に座った。

「同じ方向に座ったら、顔が見えないではないか」

「わかったわよ」

 深黒は顔を隷度に向けたが視線は床を向いていた。

「意思表示をすると言ったわりには、ずいぶんと消極的だな」

「………」

 深黒の頬に赤味がさしている様子に隷度は皮の中で笑った。

「ほう、この顔でも赤くなるんだな」

「当たり前よ。あなたが隷度である以上は」

「3年もの間、気づかなかったくせに?」

 隷度のぶよぶよの皮で覆われた手が深黒の髪に触れ、ゆっくりとなでおろした。

「3年?5年の間違いじゃないの」

 隷度は動物をかわいがるように、髪をなでおろした手は今度は黒髪を二つに分け、人差し指で首の後ろをな


ぞっていく。

「3年でいいんだ。

 確かに、感情まかせにここの主人をぶった斬ったのは5年前だ。

 でも入れ替わった俺が、ここでやっていくには2年必要だった。

 入れ替わった事を知っている連中、気づき始めて反発してきた連中をきれいに一掃し、安定した生活ができ


るまで、お前にバレるわけにはいかなかった。連中がお前を人質にとられる恐れがあるからな。

 でも、残りの3年は違う。3年はいつバレてもいいようにした。

「そんなこと言ったって…わかるわけないじゃないの」

「そうかな」

 首筋にあった指が上に上がって、再び髪に触れた。それから下って長い髪の毛に移動し、ゴム手袋みたいな


手でもてあそび始めた。

「盗賊連中が知っていると言うのにか。君はあそこの常連。ましてや上の者たちとは親友なんだろう」

「親友よ。親友だからこそ、言わなかったのよ。自分で解決しろって事ね」

「甘やかさない親友か。その割には監視するような奴がいるが」

 隷度の言葉は酔っ払った深黒を持ち上げた時に現れた丸虫を指しているようだが、その時を知らない深黒は


『そう?』と答えた。

「……」

 隷度は髪から手を離すと深黒の肩を引き寄せた。

 予想もしなかった深黒は風船のような体に抱き寄せられていた。

「あははははっ」

 真っ赤に変色した深黒を見て隷度は高笑いを響かせた。

「れ、隷度っ」

「深黒の意思表示、しかと受け止めた」

 笑い終わってから、隷度は深黒を降ろすとぶよぶよの顔皮をはいだ。

「深黒。次のゲームをしよう。これで君の意思を見させてもらおう。

 6年前。まだ、奴業が館にいて、俺がハンターをしていた時、こっそりと会いに来てくれたな」

「うん。いつもの館内脱走して。隷度に会いに行った」

「その時に言った事、覚えているかな?」

「隷度と会話できたのは少なかったから、覚えている。

 隷度は『今度来た時は、お前にアクセサリーでも買ってやるよ。でも、牛蛙の旦那にバレないようにな』って」

「正解。

 そのアクセサリー、お前にぴったりの指輪をこの館に隠した。

 それを見つけ出せば、このゲームはお前の勝ちだ」

「…。わかった」

「牢屋の鍵を外そう。君は自由に歩きまわれるけれど。深黒は生涯生産する商品、黒雪ブラック スノーでもあ


る。君が狙われないよう、信頼できる護衛を1人、つけておく」

 隷度は捨てられた呼び鈴を拾い、高らかに鳴らした。

 この状態のままで、皮をはいたままで。

 今の命令を部下たちにくだすために。


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