カゴを見つめて
目が覚めて、隣に白百が眠っているのを目にして…少し悲しかったけれども。ほっとした。
なぜだろう。あの人と一緒にいたいのに。
私は口から糸を吐き出し、指に絡ませた。
光沢を放つ魔法の糸。あの人を思う証は今でも健全で疑うことすらないっていうのに…。
「深黒。入るわよ」
ノックと同時に扉が開いて紫羅が姿を現した。
彼女はにいっと笑っていたけれども、その目は真剣なものだった。
「深黒、お義父さんに会わせてあげるわ。仕度して」
「そういえばここ『情報の町』なんだよね」
仕度して出てきたものの、肝心の紫羅がどこかに消えていた。まぁったく自分中心に動く猫なんだから。
どうすることもできないので、私と白百は男装した姿のまま、通路でぼーっとしていた。
「でも、本当に情報を八百屋さんみたいに売ったり、買ったりしているんですの?」
「…。野菜みたいに商品を並べてないのは確かよ」
「店は、個室になってますよ」
そう言って現れたのは末弟のでか虫。所用でいなくなった紫羅の代わりに、途中まで案内してくれるんだって。
「店の中には、椅子が向かい合わせに置かれているんです。奥の椅子に肺と助針さんの一族さんが座ってて、そこで売買します。
売り手と買い手の間には机と紙とペン。それから炎の力を持つ魔力石が一つ、置かれているんですよ」
「という事は、情報は紙で書いて、読んだら燃やすこと?」
「その通りです、深黒さん。売買する2人以外、誰にも知られませんからね」
私達は『情報の町』の大通り…というより船内の通路を散歩するように進んだ。
一つの町として機能する船内は、通路であっても手抜かりなくマジックアイテムの明かりがこうこうと闇を消し、敷物が床を覆っていた。
「ほしい情報。または売りたい情報を紙に書いて相手に渡すと、相手はそれに対する金額を書いて、売り手が納得するまで紙に書くんだそうです。
もちろん、双方とも面覆いをつけて、誰なのかわからないようになっていますよ」
「まあ、静かな買い物ですわね。でか虫さんも、お仕事で情報屋に言って買ったりしているんですの?」
「いやあ、俺のは個人的なものですよ。情報を聞き出そうとして笑われてしまいましたが、ほら、お2人さん、あれがその店の一つですよ」
でか虫が指さす方向には、紺色をしたのれんが床すれすれまでっかかっていた。一瞬、居酒屋かと思ってしまったけれども。
その横には紫羅の旦那である助針さんと同じ(外見は人と変わらない)一族と見られる人が、すました顔で立っていた。
「客がいる時は、扉の前で通せんぼしているんです」
「なるほど、なるほど」
私達は『情報屋さん』を通り過ぎ、歩き続けた。
でか虫は大きな体でつつつと私に歩み寄り、小声で言葉を放った。
「深黒さん。後でいいですから…あの、どうしても聞きたい情報があるんですよ」
でか虫の漸減からして何が聞きたいのか予測がついた。
おもしろそう(からかいのある)なので、普通サイズの声で答えた。
「でか虫君。そういう事は直接、本人に聞かないとわからないわよ」
「何がですの?深黒?」
「灯台は足元を照らしてくれない事よ」
情報の町を治める長は、船の奥深くの中心部の部屋でいた。
「私は、ここまでの命令なので失礼します」
扉の前にいる助針さんと同じ一族の人に会釈をして、でか虫は去っていった。
「深黒さんとお友達の白百さんですね。長がお待ちしております、どうぞ中へ」
扉の先は町の長が使用する部屋らしく、青色を主とした壁と床に、発光するマジックアイテムのに大きな中きな白い貝でできた照明が、上品で落ち着いた空間にしていた。
部屋の中央には白い絨毯が円形に敷かれていて、その中央には30センチほどの大きな水晶と、それを支える古木でできた台座が古めかしい彫刻を施している。
「深黒、先に来させてもらったわ」
水晶の左隣に紫羅が右隣には初老の男が立っていた。
「お義父さん、こちらが私の親友の深黒と白百です」
「初めまして。サクリファイスの黒雪。
私が町の長、上集だ」
さすがに情報の町で牛耳る者だけあって『黒雪』を使ってきたが、それ以外は人の良さげな雰囲気をもっていた。
「初めまして」
差し出された手を握りしめあってから、本題にはいった。
「お義父さん、深黒は思い人を捜しています。
彼の居場所を見つけてほしいのです」
「思い人とな。それはさぞ辛い思いをしていたようだな。
それで彼は、どんな人かね?」
「はい。彼はサクリファイスの館に雇われた『多人種ハンター』のリーダーで隷度と言います」
「隷度…」
最初に声を上げたのは深黒の後ろにいた白百だった。
「深黒、その人は本当に隷度さんて言いますの?何かの間違いじゃあないんですの?」
「どういう事?白百、まさか知っているの?」
「知っているも何も。館の主人ですわ」
「館の主人って…牛蛙は奴業よ」
「前主人だった奴業は5年前に死んだよ」
情報の長は静かに言った。
「今の主人、隷度に殺されてね。
今の主人は、君たちが乗ってきた船で休んでいるよ」
「………。上集さん、情報ありがとうございました」
「行きなさい」
深黒は一礼すると白百と共に退室していった。
静かになったところで紫羅が口を開いた。
「お義父さん、茶番劇につきあっていただいて、ありがとうございました」
「何を言う、新しい家族が苦悩する事がないようにするのが舅の役目」
紫羅は一礼した。
「次の問題を処理しなくてはなりません。失礼します」
「あぁ、言っておいで」
ドアを開けた先には白百と、ことを心配して様子を見に来た夫、助針がいた。
「紫羅、どういう事ですの、紫羅っ」
深黒の親友は何も言わず歩き進み、助針もそれに続いた。
「紫羅っ」
「深黒の気持ちを踏みにじったのは、あなたも同罪よ、白百」
白百を通り過ぎてから足を止めた紫羅はぽつりと言った。
「まあ、何の根拠があって、おっしゃいますの」
「隷度の名前は、白百。あなたも知っていたのよ。それを深黒に話さなかったんだから、同罪になるわ」
「そんな考え、無茶苦茶ですわ。私は、何も知らなかったんですのよ。隷度さんが館の主人でも。隷度さんが深黒の思い人なんて知りませんでしたわ」
きゃんきゃん鳴いて答える犬をじっと見つめていた猫は、ゆっくりと口を開き言葉を静かに放った。
「そうとも言えるけど、知っていたことには変わらないわ。まあ、私達よりはマシだけどね」
猫はあっさり負けを認めるように言ったが、猫の動きは止まらなかった。
「私たちは最初っから知っていたわ…でも、話すことはできなかった。
もし話せたとしても深黒は、真実を素直に受け止めてくれたかしら?深黒は、自分を閉じ込める主人をものすごく憎んでいたのよ。
それが思い人になっていた。そんな真実、誰だって信じてくれないわ」
「………」
私は、何も言い返せませんでしたわ。紫羅の言葉は当たっているのですから。
「私が考える限り、この方法でしか、こんな茶番劇でしか、深黒に知ってもらう手はなかった。
真実を知って、私たちは深黒を見守ることにしたの。隷度の行いに愛想をつかしたのならば、いつでも逃げられるようにするわ。だって、ここは海の上なのよ。世界中に散らばっていく船の一つだから、どこにでも行ける。もちろん、私が全力をかけて手を尽くす」
「………」
子犬は、じっと猫を見つめ、猫は苦笑を見せた。
「ここに来させたのは、深黒に祝ってほしかったのもあるけどね。
この式を見て、深黒に何か力になるようなものを与えたかった」
そういうと紫羅は、助針さんに連れられて行ってしまいましたわ。
後は深黒の答えを待つのみ。
深黒は、なんて答えるのでしょう。