わたくしが何もしていないと仰るなら、この屋敷の炭は誰が数えたのでしょう
炭 千八百六十俵、薪 四千二百束、灯油 二百十一壺。
三年ぶんの数です。1話で終わります。
「君は、この家に何もしていない」
グスタフ様がそう仰ったとき、わたくしの手はまだ黒うございました。
朝いちばんに炭倉へ入って、俵を数えて出てきたところだったのでございます。手袋をしていても、指の腹には残ります。三年、こうでございます。
炭倉は北の棟の裏にございます。母屋からは、台所を抜けて、洗い場の脇の戸を出て、渡り板を十歩ほど行った先でございます。屋根が低うございますので、背の高い方は頭を打ちます。
数え方は、俵を積んだ段の数と、いちばん上の段の俵の数を掛けて、崩れた分を引きます。崩れた分がいつも出ますのは、下男が奥から取るのを面倒がって手前から取るからでございます。それは咎めません。奥から取れと言えば、その者が奥まで入って埃を立てます。埃の立った炭は火の粉が跳ねます。
ですから、崩れた分を数えるほうを、わたくしの仕事にいたしました。
「三年、置いてやった。行儀見習いとしてだ。だが君は、刺繍の会にも出ない。夜会でも隅にいる。母上は、君を紹介する場がないと仰っている」
「はい」
「僕は、君を悪く言いたいのではない。ただ、この家に入るというのは、そういうことではないと」
「わたくしが何もしていないと仰るなら」
わたくしは、指を握って隠しました。
「この屋敷の炭は、どなたが数えたのでしょう」
グスタフ様は、少し首を傾げられました。本当に、わからないという顔でございました。
「炭は、そのう、下の者が」
「下の者が運びます。数えるのは別でございます」
わたくしは、脇に抱えていた台帳を卓に置きました。表紙は炭の粉で灰色になっております。三年、炭倉で開いてまいりましたので。
「三年ぶんでございます。よろしければ、三つだけ申し上げます」
「……ああ」
「一つ。炭でございます。三年で一千八百六十俵。この屋敷は部屋が二十二、暖炉が十四ございます。冬の四月ふたつきで一日十六俵、そのほかの季節は一日三俵から五俵でございます」
わたくしは頁を繰りました。
「二つ。薪でございます。三年で四千二百束。台所は薪でございますので、こちらは季節でほとんど動きません。動くのはお客様の数でございます。去年の秋にお客様が続いたときは、ひと月で百二十束多く出ております」
「三つ。灯油でございます。三年で二百十一壺。図書室と、廊下の三か所と、旦那様の書斎でございます。書斎はご主人様がお休みになる刻限で決まりますので、季節よりも年で動きます」
グスタフ様は、台帳を見ておられました。数字が並んでいるだけの頁でございます。
「……なぜ、そんなものを」
「わたくしが入りました年の冬に、炭が二月の末で尽きたのでございます」
わたくしは、頁を最初のほうへ戻しました。
「三月の頭に、追加で四百俵お買いになりました。あの時期の炭は高うございます。冬のはじめに買うのの、ほぼ倍でございます」
「……覚えている。母上が、炭屋を叱っていた」
「炭屋のせいではございません。数えていなかっただけでございます」
責めているつもりはございませんでした。事実、この屋敷には数える人がおりません。それだけのことでございます。
「翌年から、わたくしが数えております。冬のはじめに要り用を出して、まとめてお買いいただきます。二年目の冬から、追加のお買い上げはございません」
要り用を出すのに、ひと月かかります。
前の年の使い方をなぞって、その年の見込みを立てます。お客様の予定を女中頭に聞きます。旦那様が書斎で夜更かしをなさる季節を、書斎の灯油の減り方から割り出します。それから炭屋に相場を尋ねます。
炭は夏に買うといちばん安うございますが、夏に買うと置き場が要ります。置き場を作る手間と、冬に買う差額を比べて、うちは秋のはじめに買うことにいたしました。
ひと月かけて出した紙は、一枚でございます。数が二十行ほど並んでいるだけの紙でございます。この紙を見て、何かをしていると思う方はいらっしゃいません。
グスタフ様が頁を一枚めくられました。指が、少し止まりました。
「……この、赤い数字は」
「前の年との差でございます」
「二百四十、減っている」
「はい。炭を減らしました」
「寒くしたのか」
「いいえ」
わたくしは首を振りました。
「暖炉に、火を落とす刻限を決めました。それから、廊下の暖炉を二つ止めて、そのぶんを扉の隙間の目張りに替えました。目張りは布と糊でございますので、炭よりずっと安うございます。人の通らない廊下を温めても、暖まるのは廊下でございますから」
グスタフ様は、しばらく黙っておられました。
「二百四十俵というのは」
「金貨で申しますと、十八枚ほどでございます」
「十八」
「ちょうど、去年ロザリー様が王都からお取り寄せになった楽譜と、教師の月謝の一年ぶんでございます」
グスタフ様の妹君でございます。ピアノをお弾きになります。上手でいらっしゃいます。
「奥様が、今年は余裕があるようだから、と仰ったのを覚えております。台所で聞きました」
◆
わたくしが屋敷を出ましたのは、その月のうちでございます。
荷は行李が二つ。三年おりましたのに、増えたのは本が四冊と、炭で汚れた前掛けが三枚だけ。前掛けは持って出ました。あれは自分のものでございますから。
台帳のほうは置いてまいります。持って出るものではございません。この屋敷の炭の数でございますので。最後の頁に、一行だけ書き足しました。
――冬のはじめに数えれば、追加のお買い上げは要りません。数えるのは、冬の前でございます。
三月ほどして、お手紙が届きました。奥様からでございます。台帳の続きをどう書けばよいのか、というお尋ねでございました。
書き方をお返事いたします。それから、うちの父の商会が炭を扱っておりますので、ご入り用でしたらどうぞ、と一行だけ添えました。
冬のはじめに、注文が入りました。四百俵。追加はございません。
数えるのは冬の前でございます。
ひとつだけ持ち帰っていただけるなら、この一行を。




