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ミスジョッキー   作者: 井ノ上
第五話
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28/71

日本ダービーと師弟 ④

 半ば強引に連れて来られた巨大なターフビジョンの前で、むらさき賞を観戦した。


 そのレースに、今春零いまはるれいが騎乗していた。


 思いがけず、スタンドの手摺に身を乗り出した。あいの目は、零の騎乗に釘づけになった。


 零は、序盤は中段に構えた。後半、先頭を差した。抜かれた馬は、追い縋ろうとしたが、そこまでの脚は残っていなかった。


 ゴールまでほぼ独走し、零が一着を獲った。結果は二馬身差の圧勝である。


 後ろから、新人騎手である零を話題にする観客の話し声が聞こえてきた。


 零は、デビューから二カ月、騎乗したレースでほぼ負けなしで、このままなら最多勝利新人記録を更新する勢いらしかった。


 しかも今回、斤量ハンデのない特別競走でも勝ちを掴んだことで、いよいよ実力は本物か、とささやかれていた。


 ターフビジョンに、一着の瞬間がリプレイされる。

 あいはぶるりと震え、鳥肌が立った。


 零と、卒業前の模擬レースで勝負する約束を交わした。


 私も負けてられない、とあいが血を熱くしていると。

「すごい、すごいよ、また的中だ。あいちゃんを信じて、単勝に全額つっこんでよかったぁ。オッズもそこそこ高かったし、かなり儲かっちゃった、うへへ」


 美冬が、ふんふんと鼻を鳴らし興奮を露わにし、あいを揺さぶってきた。


 おかげで、人生ではじめて覚えた血の昂りは、すっかり失せてしまった。


「ぜ、全額賭けてたんですか」

 あいは、もし自分の予想が外れていたら、と想像して、背筋が凍えた。


「だって、ここまでの四レース、全部一着の馬を言い当ててたじゃん」

「ま、まぐれですよ」


 実際、ほとんど直感のようなもので、名指しした馬が、偶然続けて一着を獲っただけなのだった。


 あいの予想で最初に三連単で買った第六レースでは、一着を的中させつつも、二、三着は別の馬が来て賭けた金を失っていた。


 そこから、美冬は単勝狙いに切り替え、三レース立て続けに配当金を受け取っていた。


「あいちゃんには競馬の神様が、いや、もしかしたらギャンブルの神様がついてるのかも。ね、よかったら今度、お姉さんと競艇とか競輪もやってみる?」


「や、ややややりませんっ」


「あはは、冗談だよう」

 美冬は笑い飛ばしたが、その前の目は本気そのものだった。


「さ、次はいよいよダービーだ。軍資金も増えたことだし、その分買い増すか」


 カーゴパンツのサイドポケットから、馬券を買うためのマークシートと鉛筆を取り出す美冬。直後、くぅ、とあいの腹の虫が鳴った。


「なはは、その前に、ちょっと腹ごなしに行こうか」


「え、でも、私、お金持ってきてないです」


「なぁに言ってんのさ。あいちゃんには競馬で儲けた金があるじゃない」


「それは、もともと美冬さんのお金で買った馬券で」


「勝てたのはあいちゃんのおかげなんだから、気にすることないよ。ほら、行こ」


 あいは美冬に手を引かれてスタンドを離れ、一階にあるフードコートに連れていかれた。


「ほんとはたくさん奢ってあげたいけど、騎手課程の学生に、ハイカロリーなもの食べさせ過ぎたらまずいよねえ。お、蕎麦なんてどう?」


「あ、はい。好きです」


「じゃ、決定。私が席取っておくから、好きなの註文しておいで」


 美冬から蕎麦一杯には十分すぎる金を渡され、注文口へ行った。かき揚げ蕎麦をもらい、あいがトレーを持って席へ行き、美冬と替わった。


 美冬は、天ぷら蕎麦と、カラフルな色の小籠包を別の店で買い、戻って来た。


「わはは、すっごい色だよね。これなら、あいちゃんも食べ過ぎない程度につまめると思ってさ」


「あ、ありがとうございます」


「それはこっちの台詞だよ。いつもなら、競馬に行った日のご飯は水道水なのにさ」


 あいは、美冬がなにを言っているのかちょっと考えたが、よくわからなかった。


「さ、はやく食べよ」


 美冬は温かい食事を前に掌を合わせ、いただきます、と感謝を口にした。


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