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ミスジョッキー   作者: 井ノ上
第三話
16/21

綾 ③

 十二月の二週目。

 あいは天道の運転で、千葉船橋にある中山競馬場を訪れた。


 「まだ時間もあるし、少し中を見て回ろうか」

 競馬場事務所前の駐車場に車を停めると、薄い色のサングラスをした天道が言った。


 事務所前の出入り口に、CRAの職員らしき人が立っており、あいが零から貰った券を見せると、中へ通してくれた。


 すこし歩くと、駐車場の裏手、建物の目と鼻の先に、煉瓦造りで洋風な広場に出た。


「ここはグランプリガーデン。有馬記念を制覇した歴代の馬の写真が飾ってあるんだ」

 中央に花壇があり、木張りのベンチの奥の壁に、写真が並んでいた。


 近づいて見ると、疾駆する馬と、その馬に騎乗する騎手の姿が写っていた。


 レースの最中を捉えたのか、手綱を構え、真剣に前を見据えている騎手もいれば、ウィニングランで高らかに片腕を振り上げている騎手もいた。


 馬はみな力強く、誇らしげな表情をしているのが、写真からでも感じとれた。


 天道と競馬場の建物に入った。

 建物内は、雑貨屋らしき店構えのショップやコンビニ、有力騎手の展示などがあった。吹き抜けになっている地下広場に出ると、背が高く細い枝ぶりの樹木が階を貫いて植えられていた。


 ちらほらと人の姿はあるものの、想像していたほどの賑わいではない。


「意外と、お客さん少ないですね」


「卒業生による模擬レースは限定公開だからね。応募の中から抽選に当たった人しか来られないんだよ。僕らは学校側の招待枠ってところかな」


「そうだったんですね」


 正門の方へ戻って来ると、馬の銅像の奥に、大きなスクリーンが見えた。


「あい、あそこがパドックだよ。パドックって、わかる?」


「えっと、レース前にお客さんに馬を見てもらう場所、ですよね」


「正解。では、第二問」


「えぇ」


 あいが天道の競馬クイズに悩まされていると、ジャンパーを着た三十絡みの男が近づいてきた。


「天道さん、どうもお久しぶりです」


「やぁ。こんなところで油売ってていいのかい。今日の模擬レース、君も出るんだろ。エキシビジョンのようなものとはいえ、現役騎手が、卒業生相手にあまり無様な姿は見せられないぜ?」


「参りますよ、学生相手に、こんなプレッシャーを味わわされるなんて」


「今春零か」


 天道が零の名を出すと、現役騎手だというジャンパーの男は肩を竦める仕草をした。


「今頃、馬は装鞍所かい?」


「ええ。なので、もう行かないと」


「僕らもパドックへ行くよ。ま、地方出身の意地でも見せつけてやったらいいさ」


「模擬レースであんまり聞きませんよ、現役が意地になるなんて。でも、そんな年があっても面白いか」


 ジャンパーの男と別れ、あいは天道とパドックを見下ろせるテラスへ移動した。


 学校の中庭のような場所だ、とあいは思った。


 地下馬道から馬が次々と姿を現し、スーツを着たCRAの職員に曳かれながらパドックを悠々と周回する。


 そこへ、模擬レースで騎乗する卒業生が現れ、横一列に整列した。模様や色は様々だが、一様に躰にぴったりと合ったユニフォームを着ている。


 列の中に、零を見つけた。零も、二階からパドックを見下ろしているあいに気づき、それとなく手で合図を送ってきた。あいは、なんだかこそばゆくなった。


 騎乗の合図があり、卒業生は一斉に馬へ駆け寄り、馴れた様子で鞍に上がった。


 再び列を組んで、パドックから引き上げて行く。


「僕たちもコースが見える場所に行こうか」

「はい」


 天道に伴われ、建物の中を通り抜け、芝が敷かれたスタンドに移動した。


 かすかに風が吹いている。冬の硬い風だが、陽射しがあり、身を切るような鋭さはなかった。


 さほど待つことなく、中山芝千二百の走路に、出走馬が出そろった。


 芦毛の馬に騎乗した零が、内枠三番のゲートに入る。


 先ほど馬の銅像前で話しかけてきた、地方出身の現役騎手が騎乗した馬は、外枠八番に収まった。


 中型トラックの荷台に取り付けられた高台に、スターターが立っている。


 合図。


 ゲートが開き、矢のように、馬の群れが解き放たれた。


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