小話:リボンを買いに
神への祈りは0と1とで出来ている-追放悪役令嬢は修道院から世界を書き換える-
完結記念小話。
こちらはシリーズ作品「洗濯メイドは掃除する」の後日談となります。
単体では内容が掴みにくいかもしれません。
「そう言えばお前、俺のリボンどうした?」
城内の廊下で小柄な少年に声をかけられ、ドリーは振り向いた。
あどけないその顔に見覚えはないが、声はラジーだ。
「ああ、あれ……。焼失しました」
「焼失?! 紛失ならまだしも、焼失ってなんだよ」
ラジーが目を丸くする。
「殿下の髪を処分するときに、ついそのまま……。暖炉にぽいっと」
銀糸と共に灰になった、自分の髪に似た淡い薔薇色のジョーゼットを思い出して、ドリーは小さくなった。
「マジか。お気に入りだったのに」
「……ごめん」
呆れた様子の少年にドリーは頭を下げた。
「弁償、します」
「いや、まあいいや。じゃあ、一緒に買いに行こうぜ。俺も殿下がいなくて今ちょっと暇なんだ」
「リーンハルト殿下は、いま御不在なのですか?」
グラナート一味が確保され、掃除や事後処理も粗方片付いたところ。常任ではないドリーにはさしたる用事もなく、リーンハルトの動向を把握できていなかった。
「また辺境だよ。あの方も懲りないよな。じゃあ、また明日」
そうして、燃やしてしまったリボンを弁償するために、ドリーは城下町に出かけることになったのだ。
「よお」
約束の休日。ドリーが待ち合わせ場所に着くと、ラジーは既に待っていた。
浅黒い肌に、ゆるいウェーブのかかった黒髪。いつぞやの馬上で見た、素顔のラジーだ。
ゆったりとしたシャツは鮮やかなターコイズブルーで、袖口に繊細な刺繍が施されているし、腰に巻かれた幅広の布製ベルトには、どこか異国の香りが漂う。
「隠密には向かない装いですね」
ドリーの嫌味に、ラジーは似合うだろ? と肩をすくめた。
アスラン王子の母君である他部族民の側妃を迎えられてから、国際交流がさかんになり、他国の料理など口にする機会も増えた。とはいえ、城下で他部族民を見かけるのは珍しい。
しかし先ほどから彼が周囲の視線を集めているのは、 輝くようなその美貌によるところが大きいだろう。
「お前も、似合うといえばこの上なく似合うが……どうした、それ」
ドリーはランドリーメイドのお仕着せからエプロンを外しただけだ。どこから見ても「おつかいメイド」にしか見えない。
「仕事終わりに来たんですよ」
「着替える間もないほど忙しかったのか。そりゃ悪かったな。いつもはどんな格好をしてるんだ?」
痛いところを突かれてドリーは憮然とした。
「……いつもこの格好ですが?」
綺麗な衣類を洗うことは好きでも、自分自身が着飾ることにはあまり興味がないのだ。
「そっか、じゃあ次はお前の服も買いに行こうぜ。こう見えても女物の服には詳しいんだ。見立ててやるよ」
肩を並べて歩き出すと、ラジーはドリーがじっと自分を見上げているのに気づいた。
「ん? どした?」
「……本当に魔法じゃないんですか? 昨日はわたしより小さかったじゃないですか」
並んで歩くラジーは靭やかだがお世辞にも小柄とはいえず、あの変貌が技術のみによるものだとは俄には信じがたい。
「まあ、日頃の鍛錬の賜物だな。いうなれば気合いだ」
「気合い……」
ドリーの眉間に深い皺が刻まれた。
無言になったドリーにラジーはまた、どした? と声をかける。
「……いえ、気合いで背が伸ばせるものなら、と」
小柄なドリーは早速気合いを試していたらしい。
買い物日和の空に、ラジーの軽やかな笑い声が響いた。
「うわぁ……」
色とりどりの布が飾られた店内で、ドリーは歓声を漏らした。
「この洗濯バサミ、素敵……」
ディスプレイに使われているカラフルな洗濯ばさみをつまんでみる。大きさといい、持ちやすさといい、これは理想の一品だ。
「お前は何を探しに来たんだよ。休みの日まで洗濯なのか」
呆れられて、ドリーは少し気恥ずかしくなった。
「いいじゃない、好きなんだもの。そういうあんたは休みのとき、何してるの?」
「新しいメイクの研究とかかな」
「人のこと言えないじゃない」
結論から言って、買い物はとても楽しかった。
「おっ、このリボンいいな、ゴージャスで」
「駄目よ、あんた女装のときは大抵ブルネットじゃない。その黄緑は合わないわ」
女友達のような気安さで、ああでもない、こうでもないと言いあって、いくつもの店をはしごした。
そうして、露店のような小さな店の奥で見つけた、シルクのリボン。
「……これよ」
深みのある濃いピンク。燃やしてしまったものとは少し違うが、令嬢姿のラジーがつけたら清楚な中にも色気のある、大人の女性に仕上がるだろう。
「お、いいじゃん」
ラジーがリボンを受け取った拍子に、ちらりと値札がみえた。
「……でも、お値段が可愛くないわ」
ドリーの眉がハの字になる。
それを気にした風もなく、ラジーはそのリボンをドリーの髪にかざした。
「これ、お前にも似合うんじゃないか? お揃いにしようぜ、双子に変装してヴォルフに嫌がらせしよう」
そう言ってさっさと会計に向かってしまう。
戻ってきたラジーは器用にピンクのリボンをドリーの髪に結わえつけた。自らは大きく開いたシャツの襟元にゆるりと巻きつける。
令嬢用のリボンだったが、男装のラジーにも洒脱な彩りを添えて、とてもよく似合った。
弁償のためのお出かけだったのに、ラジーは結局、2本のリボンを自分で買ってしまった。
「さ、行こうぜ。洗濯バサミの雑貨屋、場所聞いといたんだ」
礼を言う間もなく促されて店を出たところで、ヴォルフに行きあった。
彼も休日だったのか、飾り気のない簡素な白いシャツを、鍛え上げられた胸筋が押し上げている。
普段からさほど口数の多い男ではないが、ふたりに巻かれたリボンを見て無言のまま「へえ」という形に眉を上げた。
「ラジェシュのリボンを駄目にしてしまったので、代わりを探しに」
ドリーの髪とラジーの胸元を行き来する視線の動きになぜか動揺して、説明のことばがつい早口になる。
「よう。後でお前の店に飯食いに行っていいか?」
「ああ、言っとく」
ラジーは何も気にしていないようだ。さっさと話題を変え、ヴォルフもそれに頷いた。
「ヴォルフの店?」
「やつの彼女がやってる食堂が、この近くにあるんだよ」
男たちは軽く手を上げて別れを交わし、ドリーたちは雑貨屋に向かって歩き出した。
「ヴォルフに彼女がいたなんて知らなかった」
「そうか? まあ、会えばわかるよ」
会えばわかる、ということは、ドリーも知っている人物だろうか。
寡黙なヴォルフとお調子者のラジー。
顔を合わせると喧嘩をしている印象のふたりだが、実はプライベートを共有するほど仲がいいらしい。
ヴォルフの恋人の噂話をしながらぶらぶらと雑貨屋へ行き、悩みに悩んで洗濯バサミとソープディッシュを買い込んだ。また辺りの店を冷やかしながら手土産となるものを見繕い、食堂に向かった。
「いらっしゃい」
スイングドアを押し開けると、ドアベルの音とともに朗らかな声をかけられた。
昼時を少し過ぎたせいか他に客の姿はなく、カウンターの隅でエールを手にしたヴォルフがいるだけだった。
「カレーだ!」
店内に漂う独特な香りにラジーが歓声をあげると、燃えるようなピンク髪の店主が目を瞠った。
「あら、あなた……カレーを知ってるの?!」
「ああ! こないだここで食ったんだ。カレーライス、めっちゃ美味かった」
ラジーは目を輝かせたが、店主は申し訳なさそうに頭を下げた。
「あら……そうなの。ごめんなさいね。一度来てくれたお客さんのことは、あまり忘れないんだけど」
「いいのよ、ルナちゃん。前に会ったときと雰囲気違うねって、アタシよく言われるの」
ラジーが突然声を張り上げて、甲高い女声を出した。
「えっ、セイラちゃん?! ……えっ」
「ルナ、前も言ったろ。こいつがその、変態の近衛隊3番隊長だ」
ヴォルフがフォークに刺したヴルストでラジーを示した。既に杯を重ねているのか、太い眉の下の目はとろんとしている。
「変装の3番隊長、な」
ラジーが訂正を入れる。ふっと空気が緩んだのを見計らって、ドリーも頭を下げた。
「ドリー、です。……地下牧場でお会いした方ですね」
「ルナよ。やだ、こんな可愛い子まであの場にいたの? あんたたちの組織、どうなってんのよ」
「いえ、本業はランドリーメイドです。あれは副業、の副業……というか」
本業の傍ら王の密命を受けて間諜の任務をこなし、さらにリーンハルトに捕まってたまに捕り物にも参加している。とは、たとえヴォルフの恋人ではあっても食堂の女主人に言えることではない。
「殿下にはスカウト癖があるからな。ルナのこともずいぶん引き入れたがっていた」
牧場では、人々を家畜に擬え出荷──人身売買がおこなわれていた。
ドリーが踏み込んだ時には彼女は既に気を失っていたが、ただの被害者ではない、ということか。
「冗談。それはわたしの仕事じゃないわ。セイラちゃん、カレーはディナータイム用に仕込んでたんだけど、ライスがまだなのよ。ちょっと待ってもらえる?」
先ほどラジーが名乗らなかった為か、ルナは彼をセイラと呼んだ。その切り替えの早さと人あしらいの巧みさには、年齢以上の自信と余裕が感じられた。
「じゃあとりあえず、あちらのお客さんと同じものを。あとこの子お腹空いてるから」
「了解、適当につまめるもの持ってくるわね」
ラジーがヴォルフを指差すと、ヴルストや内臓のトマト煮、パンなどが手早く並べられた。
最後にドリーの歳を確認してから、錫のジョッキが置かれた。エールだ。
ジョッキが行き渡ると、ラジーが先陣を切ってそれを掲げた。
「俺たちの束の間の休日に!」
錫で出来た杯が打ち付けられ、喉の鳴る音が続く。
「ヴォルフったら、久しぶりに顔を見せたと思ったら、こうやって管を巻いているのよ。貴方たちのボスはどうしてるの?」
一息で飲み干した男たちのジョッキを替えながら、ルナは軽い調子で訊いてきた。
「殿下ならまた、辺境までフラれに行ってるよ」
「ああ。また、な」
身も蓋もないラジーの返しに、目尻を染めたヴォルフも頷く。ドリーはちびちびとエールを舐めながら黙って聞いていた。
「ちょっと、あんたたち。王子様に向かって、いくらなんでも不敬すぎない?」
「まあ、諦めないのが殿下だからさ」
「……不屈の姿勢は公務にも通じている」
口々に言うふたりの声は、揶揄うようでいて、リーンハルトへの愛情が滲んでいた。
ドリーは酒精で緩んだ頭でくすくす笑った。
──大丈夫。
ちゃんと痛い。
でも、笑えている。
ドリーはトマト煮込みを口に放り込んだ。蜂の巣のような形のぷるんとした肉片は、その網目にたっぷりとソースを含んで、噛むほどに溢れる旨味と──予想以上の辛さ。
「あらあら、ドリーちゃんには唐辛子が多すぎたかしら」
舌を刺す熱さをエールで流していると、ラジーにパンを手渡された。
まだほんのりと温かいパンはうっすらとピンク色で、噛みしめると小麦の甘みがヒリヒリした舌を癒してくれた。
「──美味いだろ、そのパン。食べるとちょっと元気が出るんだぜ」
肘をついた自分の腕に凭れかかるようにして、ラジーが何故か自慢してくる。
「本当に美味しいです。ルナさんが焼いてらっしゃるんですか」
でも、確かに美味しい。ドリーも素直に頷いた。
「いいえ、買ったやつよ。伝手で仕入れ始めたんだけど、数に限りがあるからって実店舗は教えてもらえなくて……。最近は、ドローンで配達されてくるのよ」
ドローンで配達なんて、変わったお店でしょう? と笑うルナをよそに、ドリーとラジーは目を見合わせた。
「……なんか、俺、心当たりあるかも」
「……わたしも」
ボッティニ邸をドローンで脱出した日が、まるで遠い昔のようだ。あの時リーンハルトの懐から出てきたドローンが、巡り巡って、今こうやってパンを運んでいる。
「……諦めない殿下に!」
突然、ラジーが杯を掲げると、ヴォルフとルナも追従した。何が可笑しいのか声を上げて笑う姿は、完全に酔っ払いのそれだ。
関係ないと思っていたいろんなことが、気付けばちょっとずつ重なっている。
重なりながら環になって、自分の世界もちょっとずつ広がっていく。
「──乾杯!」
ドリーも笑いながら杯を掲げる。
淡い薔薇色の髪に、真新しいリボンが揺れた。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
活動報告に、記念イラストを掲載しています。




