96 終焉
ドゴォオオオッ!
『ォオオオオオオオオオッ!!』
何度も衝突を繰り返し、互いの巨大な武器を打ち合わせる。
激突の度に大気は震え、大地は揺れ、炎が猛る。
九歯のまぐわが放つのは炎だけではなく鋭い光。
剛力と武具の力が合わさり、こちらとてダメージがなしとはいかない。
「くっ……ぐぅぅ!」
法天象地で作られた体は、雲の巨人がさらに石化した巨大石猿。
等身大の私はその体内にいながら巨体を操り、火眼金睛で視界を飛ばして、巨大石猿の目線で世界を視ている。
この体の造りである以上、巨大石猿が崩されようと私本体にダメージはないはず。
そう思うのだけれど、石猿が受けた衝撃がそのまま伝わってくるような感覚だ。
「実際の怪我はないけど、ダメージ感覚だけフィードバックがある感じ……?」
これはかなりキツい。石猿が壊されても死にはしないけれど相当な苦痛を伴うだろう。
外傷がなくても心に傷を負いそう。
お忘れかしら? 私って実は貴族令嬢なのよ。
本当これ、私がやるべきことかなぁ!?
「ぁああああッ!」
弱音が出てくるけれど、実際問題、この状況をなんとかできるのが私しかいないのは事実!
これ、聖女やG4が対処できる問題なのかしら!?
乙女ゲーム論は、私だけの持論だから決まった未来でもなんでもないけれど!
「こんなの……どうするのが本来の正解よ!」
愚痴をこぼしながらもブラック猪八戒の体を崩していく。
ええ、そうですとも! 文句をブーブー垂れながら、それでも働く日本人根性よ!
まったく貴族令嬢の矜持ではありませんわねぇ!?
とにかく巨大なブラック猪八戒の侵攻を妨げ、押しやる。
「はぁああああッ! さらに伸びろ、如意金箍棒ッ!!」
巨大石猿に構えさせた長大な〝柱〟をさらに伸ばして、巨躯を突き飛ばす!
ドッゴォオオオオッ!!
『ォオオオオッ!!』
バッシャアアアアンッ!
突き飛ばされ、バンシーが出てきた背後の湖へと落ちる猪八戒。
『オオオオオオオッ!』
湖に落ちて暴れるも、その頭は巨大石猿の下に来た。
伸びた部分を戻した如意金箍棒を巨大石猿の手で高らかに振り上げて、振り下ろす。
それだけでゴォオウッ! という凄まじい風圧、衝撃波が生じ、呼風喚雨で呼び寄せた雨雲を吹き飛ばしていく。
「ハァアアッ!」
ドッ……ガァアアアアアアアッ!
猪八戒の頭に振り下ろされた如意金箍棒。
湖に手を取られ、九歯のまぐわでの防御は間に合わないまま。
しかし、頭部に8トンを超える重量が打ち据えられても、まだ猪八戒の頭部は崩れない。
けれど、意味はあった。
『ォオオオオッ!』
断末魔のような叫び声を上げる猪八戒。
「……体にヒビが入り始めてる!」
猪八戒の頭部から体にヒビが入り、今にも崩れそうになっているのがわかる。
あと一押し!
「猪八戒ィイイッ!」
『ォオオオオオオッ!』
ヒビ割れが八戒の眼にも走り、まるで涙の跡かのように見えた。
それは兄弟子の孫悟空に、情けなくも助けを求めているかのようだ。
孫悟空本人ではなくて悪いけれど、悟空のギフトを持つ私の手で終わらせてあげないと。
そんな気持ちにさせる。
「これで……終われェエエエッ!」
再度、如意金箍棒が振り下ろされ、再び猪八戒の脳天に振り下ろされる。
バランスを持ち直した猪八戒は、今度こそ九歯のまぐわを振り上げ、それに応じる。
ドゴォオオオオオッ!!
あらゆる衝突が、莫大な影響を周囲にもたらし、被害を広げる。
バギバギバギ……!
如意金箍棒が九歯のまぐわを押し込み、まぐわもまたヒビ割れていく。
バギャアアアアッ!
『ォオオオオオオオッ!!』
とうとう九歯のまぐわが如意金箍棒によって粉砕され、そのままの勢いで猪八戒の脳天に打ち下ろされた。
ドゴオオオオオオオオッ!!!
『ォオオオオオオオ……!』
猪八戒の体のヒビ割れはさらに増し、そして。
バギバギバギ……ボァアアアアッ!
黒い煙へと変じ、崩れていく。
内部の骨を失っていた両腕は、そうなっては保てないとあっさりと崩れていく。
最も硬かったのはおそらく頭部。
手足も、胸骨も最初から崩されていたため、与えられた衝撃に耐え切れず、崩壊していく。
「……猪八戒」
これは、どうしてあげたらいいのだろう。
打ち倒すことはできた。
けれど、それで終わりなのだろうか。
もし、この事態を、本来は『聖女』が解決するのだったら。
猪八戒の魂だかを〝浄化〟してあげて、元の世界へと返してあげられるんじゃあないの?
孫悟空にできることは武力によって打ち倒すことだけなのだ。
だが、相手は猪八戒。
ただ倒しただけで終わらせていいとは到底思えない……。
猪八戒を、孫悟空の仲間を、救ってあげなくては……。
私の授かったギフト、助けてもらっているそれに顔向けできない。
「戻れっ……『天蓬元帥猪八戒ッ!』
そこで声を上げたのは……〝先生〟と呼ばれたピンク髪・丸眼鏡の男。
「あいつ! まだ生きてる!」
お腹を抉って、太ももを切ったのに!
致命傷なのは変わらないようで顔色はすこぶる悪く、マルガルフに支えられているけれど。
『ォオオオッ!』
崩壊していく猪八戒の体が、黒い煙のままピンク髪の掲げる杖、その先端の黒水晶へと吸い込まれていく。
「させないわッ!」
巨大石猿の力でマルガルフごと、もう潰してしまうつもりで打ち払う。
「くっ! 三昧真風!」
マルガルフが苦し紛れに汚れた風を吹き出すけれど、この状態でそんなものが通じるわけがない。
汚れた風と、黒い煙を引きこもうとする力を巨大石猿の手で打ち払う。
「くそっ……マルガルフ! アレをどうにかしなさい!」
「どうにかって……あんなもの」
へいへい、敵さんビビッてる!
自分たちが巨大怪獣を呼び寄せたくせに、いざそれに近しい相手を敵にする時はそれ!
マルガルフは、男を抱えながらでは動き辛いのか、辛うじて躱すので精一杯。
まともな反撃などできる様子はなく。
「ぐっ……」
勝利を確信した瞬間。私は嫌な予感がした。
その予感は敵の反撃によるものじゃない。
法天象地の限界が近いことを察したのだ。
慣れない術の行使。
それも最強・最大の力を、余所からエネルギーを借りてまで強引に使った。
どう考えても無理があるそれは、やはりタイムリミットがあるらしい。
私への負担がいよいよ限界に達しようとしている。
そう察してしまう。
そうして、私が焦りを覚えた、その時。
「そこまでだよ」
あ。
「何っ!?」
突如として姿を現した……ように彼らには見えただろう。
ヴィルヘルムが彼らの背後に近付いていた。
ヴィルヘルムは、奇妙な状態だった。
「ウキーッ!」
「ウキッ!」
ミニ・カーマインの一体が彼の肩に乗り、先程の瞬間まで『隠身法』を使用していた。
隠身法で透明にできるのは一人だけじゃない。
かつてフィナさんを救出した時のように、一緒にいる人も透明にできる。
おそらくミニが使用した隠身法で、ヴィルヘルムは姿を隠して彼らに近付いたのだろう。
そして姿を隠していたヴィルヘルムが、彼らのそばで姿を現した瞬間。
ヴィルヘルムはマルガルフの喉元を切り裂いていた。
「ガフッ……が、ぁあ」
〝先生〟を支えていられず、崩れ落ちる『黄風大王』マルガルフ。
原典の西遊記では、また天へと連れていかれて救いのあった存在だが……。
「さようなら、マルガルフ」
ヴィルヘルムは冷徹に、その刃を振るった。
「ガ……」
背後からマルガルフの心臓に、一刺し。
私のようにお腹を抉るのではなく、確実に息の根を止めるためのもの。
「……っ……」
マルガルフは、その場に崩れ落ちる。
「ひっ……」
その様子を見て、怯えて逃げようとするピンク髪の男。
ヴィルヘルムが奇妙な様子と言ったのは、肩に乗せたミニと隠身法だけじゃない。
彼は今さっきマルガルフを殺した剣を右手で持っていて、それを手放した。
そうして左手に持っていた如意棒を高く掲げる。
「ウキーッ!」
ヴィルヘルムが持っている如意棒の端には、それに掴まっているミニ・カーマインが一体。
「……ミニの如意棒を大きくして使っているの?」
さっきまでヴィルヘルムは『黒風大王』ルドロフの相手をしていたはず。
どうなったのかチラリと視線を向ければ、ルドロフは片目から血を流し、片膝を突いていた。
「え、すご……勝ったの?」
相手は武人系っぽい男で、体格差もかなりあり、さらにギフト持ち。
熊の獣人という如何にもパワーがありそうで、鎧まで着込んでいるのに。
ヴィルヘルムは、ギフトなど持たない身でありながら、その戦いを制していた。
「待て! 早まるな! 私を殺すな!」
「……悪いね。君の死因は俺だ」
ヴィルヘルムは相手を追い詰めながら、しかし捕虜にするだとか、そういうことはせず、躊躇なく如意棒を振り下ろした。
「やめっ──」
グシャッ!
脳天に振り下ろされた如意棒。
「ぎっ……」
致命傷……にも見えるが、それでは死なない。いや、殺さなかった?
「……この武器じゃあダメだったね」
「ウキーッ!」
返り血を浴びながら、苦笑するようにミニに優しく語りかけるヴィルヘルム。
如意棒をミニに返すと、腰に控えていた短剣を抜き放つ。
「さようなら、先生。名前も知らない人」
あっさりと、その首を切ってしまったのだった。




