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【第三章、開始】私、曇りの聖女と呼ばれたけれど! ~転生悪女が授かったトンデモギフトの正体は何?~  作者: 川崎悠
第3章 天蓬元帥

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93 幕間 ヴィルヘルムの戦い

「……どうにも」


 ヴィルヘルムは眼前の黒熊獣人、『黒風大王』ルドロフに対して呟く。


「随分と俺について勝手なことを考えているようだ」


 ルドロフという男は、ギフトによる力だけでなく技量も卓越している。

 翻弄するように動き、どうにか耐えていたが、ヴィルヘルムが押されていた。


「…………」


 寡黙な男はヴィルヘルムの問いには答えず、黒い槍を構えるのみ。


(だが、動揺がないわけでもないようだ)


 ヴィルヘルムはそう考える。

 状況は目まぐるしく動いている。

 湖の底から出てきた巨大な白骨だけならば、カーマインはどうにか倒していた。

 しかし、あとから現れたこの男たちがギフトを行使し、襲いかかってきた。

 今では骨だけだった巨体に泥のように肉がつき、カーマインが立ち向かっている。


 新たに現れた風使いも厄介そうに見えたが、眼前の黒熊の獣人もそうだ。

 何より、その風体がアイゼンハルトの騎士たちに動揺をもたらしている。

 黒熊の悪魔──。

 その姿は、まさにアイゼンハルトの伝承通りのものだった。


「失礼なことを聞くけれど。君のその姿は、この地の伝承に関係があるのかい?」

「…………」

「無言の返答、か」


 ヴィルヘルムは苦笑いを浮かべる。


(カーマイン……マイン(・・・)がさっき、この男の上司らしき者を刺した。それからうまく隠してはいるが、動揺している。早く駆けつけたいのか、治療のために連れて逃げたいのか)


「君の上司の狙いは、アイゼンハルトの領地ではなく、俺。そういうことかな」

「…………」

「その上司だけれど、このままでは死んでしまうんじゃないか。血を多く流して」

「……黙れ」


 寡黙な男から反応が返ってきた。

 ここで揺さぶりをかけるべきか、ヴィルヘルムは相手を観察する。


 ルドロフとの実力差はすでに認めていた。

 剣と槍という得物の違い、技量の違い。

 それだけならば、ヴィルヘルムはルドロフに劣らないだろう。

 だが、そこにギフトという〝差〟があるなら、おそらく勝てない。

 そう認めていた。

 カーマインを前に大きなことを言ってしまったが、力の差は言葉では埋められない。

 けれど。


(マインは、彼らの上司に大きな傷を与えた。常人ならば失血死してもおかしくない傷。だが、もしあの男がその傷が原因で死んでしまったら。マインは動けなくなる)


 その前に彼らが上司を慮って撤退を選んでくれるなら、それでもいい。

 どうにかこの場をやり過ごすことができた、と安堵するだろう。


「今、君たちが引けば彼を助けられるかもしれないよ?」

「……お前たちを殺してからでも間に合う」

「そうかい」


 だが、そう簡単には引いてくれそうにない。


(参ったね。以前の俺なら、きっとこの場からの撤退を選んでいた。……でも、今は)


 ヴィルヘルムは剣を構え直す。

 冷静な判断ではない。そう頭では理解している。

 だが今は心が熱くなっていた。


(眼前の敵に負けたくない。いや、違うな。俺は……ギフトを持つ者たち(・・)に劣ったままではいたくないんだ)


 弟、ジークヴァルトがギフトを授かった時。

 ヴィルヘルムはそれを悪くは思わなかった。

 むしろ祝福していた。心から。


 侯爵位の継承問題になった時も、それを理由に弟をうとましく思わなかった。

 むしろ、普段から性格の面や振る舞いの方が問題と思っており、ギフトに関してはどうと思うこともなかったのだ。


 けれど、ヴィルヘルムはカーマインと出会った。

 彼女の振る舞いは、生来の性格もあるけれど、ギフトに大きく影響されているように見えた。

 ギフトを授かった者たちについて、ヴィルヘルムは、それまで普通の人間と変わらないように見ていた。


 だが、カーマインはギフトを授かった者として、何かを探るように生きていた。

 そして今。

 彼女は『ギフトを持つ者』であるが(ゆえ)に。

 あの巨大な怪物に一人、立ち向かおうとしている。


 そこには彼女の矜持があり、その振る舞いこそがギフトを持つ者、授かった者としての使命。

 そのように感じられた。


 ギフトを授かった者たちには〝使命〟がある。

 カーマインは、それを感覚でわかっているように思えた。

 ならば。


 そんな彼女は、ギフトを持たない者たちを置いて、いつかどこかへ行ってしまう。

 先へ、先へ、と。

 辺境伯家のヴォルテール卿とも出会ったという。

 彼もまたギフトを授かった者で。


 カーマインの隣を歩く者は、きっとそういう者こそが相応しい。

 だから、いつかヴィルヘルムは、彼女に置いていかれる。


(ああ……。認めたくない(・・・・・・)。ジークがギフトを授かり、侯爵位を継ぐかもしれないと言われた時も、こんなふうには思わなかったのに)


 ヴィルヘルムは優秀な男だった。

 賢く、よく学び、また剣の腕も、馬術も卓越していた。

 王にさえ認められたことがあるほどに。

 多くの部下に慕われ、領民を大切にしていた。

 弟のジークヴァルトがそんな彼に劣等感を抱いていると知っていても、勝ち誇ることはなく、弟を導こうと思っていた。


 カーマインに心配されたような、弟への思うところなどなかった。

 どこかで。

 ヴィルヘルムは、ジークヴァルトにすべてを譲ることになったとしても、そのことを『弟が成長したことが誇らしい』と。

 兄として、そう思い、笑って、すべてを譲るだろう未来を見据えていた。

 しかし、今は。


(認めたくない。譲りたくない。負けたくない)


ヴィルヘルムが初めて抱く、内側に燃える激情。

 死に物狂いで、ギフトを持つ者に食らいつく。

 天より、神よりの授かり物なのだから、と。

 普通の人間、ギフトを持たざる者なのだから仕方ないのだ、と。


(そう諦めることは……したくない(・・・・・)


 たとえ他のすべてを持っていたとしても、持たざる者。

 一点、どうあがいても敵わない、神の采配。

 諦めるべき、どうにもならない差。


(ああ、俺は。どんなに醜く足掻くことになったとしても。彼女に置いていかれたくは……ない!)


 穏やかで、理性的だった彼に宿ったのは、そんな泥臭さ(・・・)

 完璧で、整ったまま、すべてを終わらせても笑っているような。

 そんな今までのヴィルヘルムにはない感情。


「……!」


 ヴィルヘルムから発せられる気配が変化したことに、対峙しているルドロフは誰よりも早く気付いた。


「……何を笑っている、ヴィルヘルム・アイゼンハルト」

「笑っている?」


 初めて会話をしようと口を開いたルドロフに驚くヴィルヘルム。

 だが、驚いたのは少しだけで彼はすぐに微笑みを浮かべる。


「はは、笑っているか。なんだか今は……楽しくもあるね」

「……そうか」


(……手強い(・・・)


 ルドロフは、長引くほど彼の方に有利になるはずの戦いに、変化が生じたことを察した。

 眼前の青年は、先程までは綺麗で、論理的で、整った、騎士らしい戦いをしていた。

 武を嗜んだ者としてルドロフもそれに応じた戦い方を返した。


 それでも、おそらく勝敗はついていただろう。

 なにせルドロフにはギフトがある。

 それは黒水晶によってもたらされたような、まがいものではない。

 ルドロフ本人が授かった本物のギフトだ。


 如何に眼前の青年が強く、賢く、完成されていたとしても。

 ギフトを使いこなすルドロフとは膂力が違う。体力が違う。身体能力が違う。

 ルドロフの勝利は揺るぎないものだ。

 ……揺るぎない、はずだった。


(だが今、それは変わった)


 眼前の青年、ヴィルヘルムは如何なる心境の変化か。

 何があろうとも勝ちを狙ってくるような、そんな気迫が漲っている。


「詳細に明かすわけにはいかないけれど」


 ヴィルヘルムは再び口を開く。

 それは先程までと違い、ルドロフを探るようなものではない。


「俺は君を退けたあと、君たちの上司らしき彼……、〝先生〟だったかい? 彼を殺しに行く(・・・・・)よ」


 ヴィルヘルムは、そう宣言する。


「……なぜだ」

「さぁ? どうにも。君になら(・・・・)わかるんじゃないか」

「…………」


 ヴィルヘルムの視線が一瞬、ルドロフの頭にある金の輪に向けられた。

 それが何を意味するものか。


「……わからんな(・・・・・)

「……そうかい」


 ルドロフの頭にある金の輪、()箍児は、彼がギフトを十全に使いこなした証だ。

 少なくともルドロフはそう認識している。

 ギフトを授かった者として、その力を極限にまで引き出した、その証のようなものだと。


「ただ、俺の手で(・・・・)彼を殺したい。そう思っているだけだ。俺は必ずそれを実行する」

「……そうか。随分と恨みを買ったな」

「はは、その通りでもあるね」


 ヴィルヘルムは考える。

 もし、あのピンク髪の男が、血を流したことではなく、ヴィルヘルムの剣によって首を切られて死んだなら。

 カーマインに課せられた金の輪は発動しないのではないか。

 今の状況では彼女に頼るしかない。

 だから、この状況でカーマインの手助けになるとすれば、それしかないのではないか。

 巨大な怪物を打ち倒す時にも、必ず間に合わなければならない。


 ヴィルヘルムは一度、苦しむカーマインの姿を見ている。

 彼女をあのように再び苦しめたくはない。


 だが、それを実行するためには、眼前の敵を退けなければならない。


(やってやろう。可能な限り、早く)


 ヴィルヘルムは大地を蹴り抜き、ルドロフへと向かっていった。


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― 新着の感想 ―
嘘でしょ、ただでさえ格好良いヴィル様が更に格好良くなるなんてことあったんだ…… ギフトを持つ者としてのマイン嬢の矜持が、ギフトを持たざる者として完璧だったヴィル様の枠組みを叩き壊すきっかけになるの熱い…
 いいねこういうアツい内面の吐露。  表面を取り繕っていても内側がこんなキャラクターは嫌いになれない。  某赤い弓兵並みにメインを張れる存在になって欲しいな。
も、もしかして 猪八戒のギフトがヴィル様に惚れ込んで 超イケメンのテンホウゲンスイ様爆誕とかーー!?? (僕が猪八戒のギフトなら喜んでそうします!)
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