89 悪魔
「「「ウキーッ!」」」
突然現れた黒風大王に向かっていくミニ・カーマインたち。
騎士たちに襲いかかり、その反撃を跳ね返しながら、頭に禁箍児をつけた黒風大王は、ミニたちを迎えうつ。
「うおおおおッ!」
「「「ウキーッ!」」」
咆哮をあげ、黒槍を振り回し、ミニたちを追い払う。
私は呆然とその姿を見てしまった。
『ァアアアアアッ!』
「しまっ……!」
その隙を突かれて、がしゃどくろのフルスウィングに叩き落とされる私。
「きゃあああっ!」
「カーマイン!」
凄まじい衝撃とともに湖の横の地面に叩きつけられる。
「がっ!」
普通なら死んでもおかしくないほどの速度、衝撃。
金剛不壊をオンにしていた肉体が辛うじて私の命を繋ぐ。
「カーマインっ」
「ぐっ……ヴィル様」
「意識はあるか!?」
「は、はい……。平気、です。驚きましたけど」
金剛不壊の肉体じゃなければ死んでいたかもしれない。
がしゃどくろも油断していい相手ではないのだ。
だが、同時に騎士たちが攻撃されている事実がある。
それも頭に金の輪を嵌めた黒熊という、どう見ても黒風大王の出で立ちの存在に。
「悪魔だ……! 悪魔が現れたぞ……!」
ただでさえ巨大な骸骨に混乱しているところに、この地に伝わるような黒熊の戦士が現れたことで混乱が加速する。
これはまずい! パニックを引き起こすわよ。
「ヴィル様、騎士たちの立て直しを。彼らには指揮官が必要です」
「それは……。しかし、君は」
「私は平気です。それよりも」
騎士たちが混乱していては被害が広がる可能性が高くなる。
がしゃどくろは私たちがいる場所とは違う方向に向かって進み、陸に上がろうとしている。
この場面では私とヴィルヘルムが最適な選択を取らなければ……。
「ヴィルヘルム・アイゼンハルト!」
ビリビリと空気が震えるほどの大声で、誰かがヴィルヘルムを呼んだ。
「なに……?」
「この声は」
その声の主は、黒熊の獣人、黒風大王から発せられたようだ。
ミニたちは、あっさりと追い払われてしまっている。
だが、殺されてはいない様子。
孫悟空の緊箍児と、黒風大王の禁箍児は、別のものだ。
私のギフトと同じ制約とは限らないから当然、あちらも殺生禁止とは断定できない。
だが可能性はある?
「俺は、ここにお前の命をもらい受けにきた! 尋常に俺と勝負しろ!」
……へあ。
なんだその文言は。決闘? 決闘の申し入れ? この状況で?
私とヴィルヘルムは思わず、互いの顔を見合わせる。
「決闘しろ、と?」
「そのような。それにあの声。あれはゴロッソ会長のそばに控えていた護衛、ルドロフの声だよ」
「声、覚えているんですか」
「ああ、気になっていたからね」
只者ではないとヴィルヘルムに記憶されていた男。
〝先生〟とともにゴロッソ会長のもとを去っていった護衛、ルドロフ。
確かに、ルドロフとマルガルフという男は、隠身法で身を隠す私に気づいた様子だった。
それが『黒風大王』のギフト持ちだったとするなら納得だ。
『紅孩児』持ちのラグナ卿にも隠身法を見破られた。
西遊記系ギフト持ちは孫悟空を感じ取れるのかもしれない……。
だとしたら、マルガルフと〝先生〟も?
〝先生〟の顔を見たあの時、明らかに私のギフトが反応していた。
それにもう一人の護衛の風使いはまさか……。
いや、それよりも今は。
「ヴィル様。あれは、かなり強いはずです」
「わかるのかい?」
「はい……」
流石に紅孩児ほどとはいかない。
だが、孫悟空が一棒で屠れる白骨夫人と違い、きちんと戦闘になったのが黒風大王だ。
決して油断していい相手ではない。
「だが、正々堂々と戦う気はあるらしい。あれから騎士たちには手を出さないで待っている」
「……そのようですね」
男気がある敵タイプ?
この地に伝わる伝承と合わせて、推定ジークヴァルトルートに出てくる敵かもしれない。
ジークヴァルトと一騎打ちするような性格ってこと?
ただ乱戦をするよりも、よほどそちらの方が盛り上がるのはわかる。
だが、それは。
「ヴィル様、あいつは貴方を殺します。殺す気なのは本気のことだと……」
「……ああ」
キメラに殺されるのがヴィルヘルムの運命だったかもしれない。
でも、その運命を逃れたとしても、黒風大王がヴィルヘルムに立ち塞がったかも。
『偉大なる兄を越える』エピソードとして、正々堂々とヴィルヘルムと戦い、破った男が相手ならジークヴァルトに用意されたボスとしては破格の存在になれる。
どうする。
ここは私がむしろ代わるべきじゃないの?
いや、でもラグナ卿との戦闘でわかるように、あれを相手に私の必勝はない。
本家・孫悟空が黒風大王を上回っていたことは、私のギフトで必ず勝つ根拠にならない。
だが、がしゃどくろが……。
「カーマイン、ここは俺に任せてほしい。君にはあちらの巨大骸骨を頼みたい」
「ヴィル様、ですが……」
「一騎打ちを望む個人なら、まだ俺の剣がそのまま届く。だが、あの巨大骸骨は最後の瞬間以外、君の戦いを見ているしかできない……」
そうだ。
この二局を私たちでどうにか割り振る必要があるのなら、そうして二手に分かれるしかない。
もう考え込んでいる時間もないだろう。
「……死なないでください、ヴィル様」
「ああ、約束する」
「それから」
「ん?」
「私のことは『マイン』って呼んでください。カーマインだと呼び捨てでも長いでしょう?」
「……気づいていたかい?」
「まぁ、はい」
最初は咄嗟に『カーマイン』と呼び捨てにしたのだろうけど。
そのあとも普通に続けるから。
彼なりに距離感を計っていたのを、どさくさに進めたのかな、と。
私の自惚れでなければ、まぁ、そういうことで。
こんな時なのに少し恥ずかしくて顔に熱が昇るが……。
「……じゃあ、行ってくる、マイン。そちらを頼む」
「はい、ヴィル様!」
ヴィルヘルムも照れくさそうにしながら、私の手を引いて立たせ、『黒風大王』ルドロフのもとへ向かっていく。
相手は堂々と仁王立ちしていた。
騎士たちもミニたちも、ルドロフにあしらわれて、攻めあぐねている様子だ。
「さて」
改めてギフトのすべてをフル状態で稼働させる。
聴覚は切っていたが、もう一度オンにした。
ヴィルヘルムを信じて任せ、私はあの巨大な骸骨の相手だ。
不安は拭えないが……信じるしかない。
「……命令。ヴィル様の決闘を見守りつつ、致命傷が与えられそうなら救出して。先に突撃したミニたちにも同じ命令を伝えて」
身外身法で生み出されたミニたちに追加の命令を下す。
「「「ウキッ!」」」
正直に言えば決闘にも協力させたいが、連携不足で逆に足を引っ張るかもしれない。
ヴィルヘルムは実力者だ。
それはキメラと戦った時の動きで、素人の私でもわかる。
問題は相手がそれ以上の手練れの可能性があり、さらにギフト持ちだという事実。
……黒熊に変身するギフト。
鎧や槍もギフト産だろうか。
この地には黒熊の悪魔という伝承が残っている。
もし、ルドロフがこの地の出身ならば、幼い頃から迫害されていた可能性も……。
「……今は集中!」
すばやく目の前の敵を片付ける!
相変わらずトドメはさせないけど、手足を砕くくらいは孫悟空ならばしてみせろ。
「筋斗雲!」
再び雲に乗り、がしゃどくろの前面へと移動する。
聴覚をオンにした状態だから騎士たちの動揺が聴こえてきた。
『黒風大王』の姿を〝悪魔〟と呼び、怖れていて、半ばパニック状態。
騎士たちのパニックはヴィルヘルムの注意を逸らし、また民への被害につながる。
これだけでもどうにかしておきましょう。
なに、ここまで来たのだ。すでに目撃者も多数。ためらうことはない。
「やー! やー! やー! この地に集った者たちよ、聞け!」
私は空気を震わせるほどの大声を張り上げ、一喝する。
「私は〝曇りの聖女〟なり!」
雲に乗って空を飛び、如意棒を掲げる。
私の言葉を聞いて見上げる騎士たち。
「呼風喚雨! 天よ、私の声に応えたまえ!」
如意棒を天に掲げ、霧と風を呼び寄せて、空を曇らせてみせる。
空を飛び、天候を支配する様は、ただの人間から見れば神秘的だろう。
今世の誰も知らない孫悟空の名や、おふざけの世直しクウゴを名乗ってもパンチが足りない。
ならば、どこまで認識されているか知らないけれど『聖女』を名乗った方がいい。
その方がこの世界の人々に届く名となるだろう。
「曇りの聖女として、私が必ずやあの巨大な白骨を打ち倒してみせよう! だから心を落ち着かせ、見ているがいい! この地を守るアイゼンハルトの騎士たちよ! 私はアイゼンハルトとともにある! 〝赤髪の妖精〟を使役した者として、今回も必ずや、この地を守ってみせようぞ!」
空を曇らせてくれた、いるはずの精霊や神様に感謝の礼をする。
大きく見得を切ってみせた私の言葉に、騎士たちはようやく落ち着いてくれた。
ギフトにより強化された聴覚がヴィルヘルムの困った様子の苦笑いを拾う。
あとでツッコミされそう。
……あとでどうなるかなんて、それはもうあとで考えるべきことよ。
「いざ、尋常に!」
私は如意棒を構え、巨大な骸骨に突撃し、声を張り上げる!
「ウキーーッ!!!」




