83 交換
なに、なに、なにー? 怖っ!
思わず口に出して、お師匠様に報告を入れちゃったわ。
私は現在、レギデーシュ商会の屋敷に潜入している。
隠身法と解鎖法で潜入ミッションはなんのその。
そうしてギフトの聴覚で耳を澄ませてみると、あやしい会話をキャッチしたのだ。
彼らが会話をしている部屋にいたわけではなく、屋敷内に潜んでいた。
話していたのはゴロッソ・レギデーシュ商会長。
他にもどうやら三人ほどいたらしく、ヴィルヘルムが警戒していた護衛もいた。
「けど……」
ゴロッソは今、おそらく一人だ。
強そうな護衛は〝先生〟と呼ばれた者についていった様子。
アンタッチャブルなのは、この護衛二人。
どうやら私がいる気配を感じ取っていたみたいなのよね。
ラグナ卿と同じように隠身法では誤魔化せないタイプ。
だから追いかけるのはナシだ。
ラグナ卿クラスが二人以上いるのなら私はきっと負けてしまう。
今聞いたことを整理しよう。
キメラはヴィルヘルムを狙ってけしかけられた。
それをゴロッソ会長は事前に知っていた。
彼らはヴィルヘルムを殺すつもりだった。
ただし、主犯となるのは先生の方。ゴロッソ会長は利用されただけのようだ。
私が捕らえた賊たちの主人はゴロッソ。ここの組み合わせは、どうにも下っ端っぽい。
問題は、屋敷を立ち去った三人。ルドロフ、マルガルフ、先生。
『風使い』っぽい? マルガルフ。
加えて何かをゴロッソ会長に渡したみたい。
それは貴重で、王家も探しているものだとか?
現場を目撃しているわけじゃないけど、それってあの黒水晶じゃない?
たぶん、使い捨て系のギフトを渡されたとか。
はたして、それは西遊記系なのか、それとも乙女ゲーム系なのか。
なにもギフトのすべてが西遊記ネタって感じじゃないし。
聖女とG4のギフトは特定の元ネタなしのオリジナル感がある。
三人の行方は気になる。
気になるが、深追いしていい敵ではなさそう。
ヴィルヘルムに相談してから、場合によってはラグナ卿にも協力を呼び掛けてからにするべきだ。
隠れて近づこうにも部屋にもいない私を察知した様子だし。
しかも湖に監視を出していたかもしれない。
湖に彼らが用意した〝次〟の準備があるらしい。
次。なんの次なの?
このアイゼンハルト領で起きたのは魔獣災害。まさか、新たな魔獣が潜んでいる?
やだやだ、とんでもない悪巧みを聞いちゃったわー。
これ絶対、推定乙女ゲームでも前半に関わっちゃダメな相手よねぇ。
そういう場合、目撃者は人知れず消されるのがパターンである。
うーん。できれば戦闘になるなら、相手に悟られない状態で不意打ちしたい。
最終的に勝てばよかろうなのだ。
身外身法でミニ・カーマインを調査に向かわせるのも考えたんだけど。
この手のタイプ、ミニを捕まえて利用してきそうなのよね……。
孫悟空の分身が利用されるエピソードもある。
そこらの賊相手ならいざ知らず、現段階で干渉するのはやめた方がよさそう。
〝赤髪の妖精〟については知っていそうだし、あっちも警戒しているかも。
とにかくヤバそうな三人組についてはヴィルヘルムと相談してから。
ひとまず、自暴自棄になって問題を起こしそうなゴロッソ会長の対処をしましょう。
「くそっ、くそっ!」
部屋に一人でいる様子のゴロッソ会長は、まだ立ち直れず、悔しげな声をあげている。
悔しがっている内はまだ大丈夫そうね。
下手に追い詰めた時に自暴自棄になりそう。
その前に先生とやらに渡された何かを回収して暴走の芽を潰しておきたい。
たぶん、噂の黒水晶だと思うんだけど、確証はない。
さて、どうしてやるか。
そう思っていると人の気配がほぼない屋敷を歩く男を見つける。
格好からして、どうやら執事というか秘書みたいな人かも。
「…………」
私はその背後を透明状態のまま追いかけていく。
案の定、秘書らしき男はゴロッソ会長の声がする部屋をノックした。
「旦那様。……客人が帰られたようですが」
「……! 入れ!」
便乗して、スルリと私も部屋の中へと侵入する。
ゴロッソの方には見破られる危険性もあると警戒しつつ……。
ゴロッソ・レギデーシュは少し横に肥えた大きな男だった。
秘書の目からは、何かを隠したようで、パッと見では黒水晶は見つけられない。
そのあと、苛立ちまぎれに秘書を怒鳴り散らすゴロッソ会長をよそに、私は回り込んで机の表側を確認する。
どこかに何かを仕舞い込んだか。それともポケットの内側か。
そう思っていたんだけど、ふと気付く。
執務机の下、床の上に黒水晶が転がっていた。
どうやら引き出しなどに隠すのではなく、咄嗟にここに隠したらしい。
手を伸ばせば届きそうだが、ドデンと座る会長が邪魔だ。
「…………」
私は口に出さず、髪の毛を二本抜いて、心で『七十二変化』を唱える。
一つは転がっている黒水晶を覆い隠す〝布〟。
もう一つは黒水晶の偽物だ。
如意棒を細長く伸ばし、本物の水晶に布を被せてから、偽物を手前に転がす。
これでギフトを使ったりはできないだろう。
ここで襲って捕まえることもできそうだけど、それだと賊を捕まえた時の二の舞だからね。
正規手段で裏取り調査して、社会的に終わらせた方がいい。
私は息を潜めながら、彼らの会話に耳を傾けるも、とくに益となるやり取りはなさそう。
ゴロッソ会長に余裕はなく、これは追い詰めたら暴走しそうねぇ、なんて。
やがて秘書が部屋から立ち去ると、深く息を吐き出し、地面に転がっている黒水晶を手に取る。
「……」
ゴクリと息を飲みながら、黒水晶を見つめる会長。
残念、それはすでに偽物でぇす。ウキキッ。
慎重に取り扱いながら、ゴロッソ会長は布で水晶を包み、胸ポケットの内側に入れた。
ふぅん。つまり、あの黒水晶が何かわかっているってことね?
これは大きな手掛かりじゃない?
部屋から立ち去るゴロッソ会長を見送り、慎重に外の音に耳を傾ける。
人の気配も音も近くにないと確かめたところで、私は布で隠しておいた黒水晶を回収した。
「これが……」
なんらかの作用を持つ、おそらく複製ギフトが内包された黒水晶。
確かに、何か嫌な気配がする。
ギフトの気配って、こんなのなんだろうか。
それとも複製したものだから?
「孫悟空でも、わからなそう」
これは私一人の手には余る。ヴィルヘルムの元に持っていこう。
湖の調査もしないといけないし、とりあえず潜入ミッション、第一段階クリア! ね!
こうして、たぶん推定ジークヴァルトルートのイベントがまた一つ潰されたのだった。
ああ、今頃は聖女とG4たちは何をしているのかしらね?




