82 幕間 レギデーシュ商会
「……マーチスがまた捕まった?」
「ええ」
アイゼンハルト領、レギデーシュ商会の拠点。
大きな屋敷の内、一室でそのやり取りは行われていた。
室内にいるのは四人。
一人目は、ゴロッソ・レギデーシュ。商会長だ。
二人目は、ルドロフという名の大柄な男。熊のような威圧感を放っている。
三人目は、ゴロッソのそばに控える影の薄い男。
四人目は、商会に訪れていた客人だ。
「一度目に捕まった時はうまく誤魔化したかと思っていましたが、どうやら泳がされていたみたいですね」
「……アイゼンハルトの兄の方か」
「そうみたいです。もう明らかに疑い始めていますよ」
「チッ! 忌々しい……」
ゴロッソは苛々した様子で机を叩いた。
「兄の方は、あのバケモノに殺させる予定じゃなかったのか、先生」
ゴロッソは客人に向かってそう声をかける。
すると客人は両肩をすくめて、苦笑いした。
客人の男は人を食ったような態度だ。丸型の眼鏡をかけていて、服装は整えられている。
ゴロッソが強面の護衛を引き連れているのにも拘わらず、余裕を持っていた。
「こちらも驚いているんですよ。まさかアレ相手に生き残るとはね? 思ったよりも腕が立つのか、或いは何か予想外のことでも起きたか」
「言い訳はいい! どうするんだ!」
ゴロッソは余裕を失ったように先生と呼んだ男に怒鳴る。
護衛である二人はピクリとも反応しない。
「さて。どうしましょうかね?」
「ふざけるなよ! 私はあのガキに疑われているんだぞ!」
「間抜けな部下を飼っていた貴方の責任ではないですか、ゴロッソ会長」
「なっ……!」
怒鳴ってもまるで相手にしないような態度に、ゴロッソは怒りを募らせる。
「……その、ふざけた態度をいつまで続ける? この状況で」
「この状況とは?」
「私がこいつらに命じれば、お前などすぐにでも殺せるんだぞ」
「……ああ!」
ゴロッソの言葉に、先生と呼ばれた男は嬉しそうに笑った。
「貴方は、まだ彼らが自分の手下だと思っているのですね?」
「何を言っている。こいつらは私が雇った……」
「ルドロフ、マルガルフ、もういいですよ。彼の護衛の〝フリ〟は」
「は……?」
熊のような大男と、存在感の薄い男は、その言葉でゴロッソのそばを離れる。
そして先生と呼ばれた男の背後に立ち、彼に従う者だと示した。
「な……、何、なぜ……?」
「なぜ? もちろん、それは彼らが最初から私の配下だからです」
「は……?」
その言葉に、ゴロッソはこれまでのことを思い浮かべた。
偶然に雇うことのできた優秀な護衛たち。
破格の条件で商会の後押しをしてきた〝先生〟。
これまでうまくいった理由のすべて。それが。
「まさか、まさか……」
「ようやく気付かれましたか? 私たちが手を貸さなければ、とうの昔に落ちぶれていた、出来損ないの商人。それが貴方ですよ、ゴロッソ会長」
「……!」
ゴロッソの頭に血が昇る。
「ふざけるな!」
怒鳴り声をあげ、男に向かってその場にあった物を投げつけようとする。
だが、部屋の中の風を切るように移動した護衛が、ゴロッソを壁に叩きつけた。
「ぎゃっ!」
それは今まで静かにゴロッソの命令を聞いてきた、存在感の薄い男。
強力な護衛を従え、交渉も有利に運べると思っていたゴロッソは、いつの間にかすべてがひっくり返っていた。
「ふふ、しかし、計画の一つが潰れた程度です。ゴロッソさんもせいぜい足掻いてみればいいんじゃないですか? 噂の優秀な小侯爵相手にどれだけ粘れるか、見物させていただきますよ」
「あ、あ……あああ」
ゴロッソはようやく気付く。
自分こそが切り捨てられる側だったのだと。
利用される側はゴロッソの方だったのだ。
それを理解しても、もう状況を覆せる力はゴロッソにはない。
いずれアイゼンハルト家の手が商会にも回ってくるだろう。
そうなれば本当に終わりだ。
「じゃあ、今夜はこれまで。そして、これきりにしましょうか。私たちもまだ表舞台に立つつもりはありませんからね」
「待っ……ひっ!」
思わず呼び止めようとするが、護衛に睨まれてしまい、言葉を続けられない。
「ああ、どうしても、という時のために。こちらを差し上げましょう」
先生と呼ばれた男は、壁際に座り込むゴロッソにある物を差し出した。
「こ、これは」
差し出されたのは黒水晶。水晶の中に濁った何かが渦巻いてあやしく光っている。
「逃げる時にでも使ってください。その時、貴方がどうなるかわかりませんけどね?」
「これは……貴重な物だろう。王家だって探させている……」
「ええ。ですが、それは大切な物ではありませんから。ご自由に使ってください」
試すように、嘲笑うように、そう告げて男はゴロッソを置いて部屋から立ち去った。
「……報告がある」
「ん?」
マルガルフと呼ばれていた存在感の薄い男が告げる。
「今日、湖に妙な気配があった」
「……妙な気配?」
「俺の風を蹴散らすように飛散させた何かが来た」
「何か、とは?」
「わからない。〝風〟の邪魔をされた」
「あそこには……」
「〝次〟の用意が隠してある」
「……そこまで調べが進んでいると?」
「わからない」
「ふぅん」
先生と呼ばれた男に、今度は大男のルドロフが声をかける。
「……この屋敷、何か嫌な気配がする。さっさと帰った方がいい」
「はい?」
男はルドロフの言葉に首を傾げた。
「嫌な気配、ですか?」
「ああ。何かはわからない。さっきからずっとしている」
「……貴方も訳のわからないことを言い出しますね?」
「その気配は俺も感じる。だが、掴めない。どこにいるのか」
「……君まで、ですか」
先生と呼ばれた男は呆れたように護衛の二人を見据えた。
「まぁ、わかりました。貴方たち二人がそう言うのなら何かあるのでしょう。では、引き上げです」
「「はい」」
そうして、三人の男たちは闇夜にまぎれて屋敷を出て、立ち去っていった。
彼らが去ってから、しばらくして。
「ふぅ」
誰もいないはずの場所で、誰かが深く息を吐いた。
その息を吐いた者の正体は。
「ザ・悪巧みって感じ。あいや、お師匠様、この斉天大聖孫悟空行者、よからぬことを聞いたのでございます」
隠身法で姿を隠していたカーマインだった。




