81 縮地
「ええと」
私は誤魔化すようにヴィルヘルムから目を逸らす。
「ヴォルテール卿は結婚していないし、婚約もまだだそうだ。周りは気にしているみたいだけど、どうも本人が気にしている様子がないみたいだね。まぁ、彼には妹がいるらしいから、いざとなったら辺境伯の爵位は妹に継がせるつもりかな?」
「妹さんですか」
あの豪快な御仁に妹がいるのか。はたして似ているのか、似ていないのか。
「カーマイン嬢が彼を意識しているならチャンスはあるね」
「いや、その、ええと。ですから」
「……フッ。今は君の反応を引き出せただけで満足しておこうか」
「そうしていただけますと」
ヴィルヘルムはそれ以上踏み込まない宣言をし、引いてくれた。
危ない。私と同世代の男子たちを子供だなと感じられても、ヴィルヘルムくらいの年になれば、こちらが何歳であろうと美形の異性と感じてしまう。
前世基準で成人しているかどうかって大きいわよねぇ。
日本で〝高校生〟に手を出すとか考えると引いてしまうけど、二十歳を越えたらもう、それは当人の意思だし? なんて思えてしまうのだ。
成人した人はもう、せいぜいアイドルみたいな扱いとなる。
これでまだ学生と言われれば大学生はちょっと……な気持ちにもなるが。
今世の価値観でいうと、もう大人になって社会人になっている人だし?
あと私、相手からのアプローチに慣れていないかも。
悲しいかな、前世はモテなかったらしい。つまり経験不足だ。
「あ、ええと! ヴィル様には協力してほしいことがありまして!」
私は誤魔化すように提案する。
「協力?」
「はい! 商会の調査の前に、これを使えるか試しておけば役に立つかと」
「……うん。教えてもらえるなら」
どうやら誤魔化しには乗ってくれるみたい。
とりあえずは容赦してくれた、ということか。
ここでグイグイ来られていたら、私は筋斗雲で逃げ出したかもしれない。
なので、その判断は正解です。
「それでは、目撃者がいない、かつ地面がある離れた場所を二点、準備しましょう」
「いったい何をするんだい?」
「私のギフトで使えるかもしれない〝縮地〟と呼ばれる力を使えるか検証です」
縮地の術。
シンプルに説明すると、それは『瞬間移動』だ。
実は某有名アニメだけじゃなく、原典の孫悟空もそのような術が使える。
ただ、孫悟空が強敵との戦闘中や、逃げる必要がある時に縮地の術を使った様子がない。
孫悟空が縮地を使ったのは、三蔵法師の不興を買って破門された際のエピソードとなる。
『白骨夫人』という妖精が三度、人間に化けて三蔵法師に近付いてきたのを火眼金睛で見破った孫悟空は即座に打ち殺してしまう。
白骨夫人は、解死法という術を用い、仮の死体を残して逃げることができた。
残された死体を見て、三蔵法師は悟空を怒るのだ。
どうしてそう、たやすく人を殺めてしまうのか、この暴れ猿め、と。
その都度、理由を話すものの、八戒が余計なことを吹き込んだことで三度目に白骨夫人をようやく打ち殺した時に三蔵法師は怒りを解かず、緊箍児を発動させる。
そうして三蔵法師に戒められながら言い訳をするも聞いてもらえず、とうとう孫悟空は破門状を渡されてしまった。
悟空がいなくなったあと、三蔵法師一行は残ったメンバーで『黄袍郎』という敵の相手をすることになる。
黄袍郎は、元は天界に属する者で、下界に先に転生した妻を追って妖怪になった者だった。
強力な敵のため、八戒たちだけではどうにも倒せない。沙悟浄は捕まってしまう。
三蔵法師は黄袍郎の策略で、宝象国で虎に姿を変えられ、囚われてしまう。
これはどうにもならぬと諦めてしまおうとする八戒。
そこで玉龍に、破門された悟空を呼び戻すように諭され、故郷に帰っていた孫悟空を呼び戻す。
孫悟空と猪八戒は雲に乗ってかけつけ、沙悟浄を救い出す。
天界の助けを借りつつ、どうにか黄袍郎の問題を片付ける悟空たち。
そうして黄袍郎に誘拐されていた宝象国の姫を救出した。
その際だ。
黄袍郎の住処と宝象国の距離は離れている。
そこで救出した姫を連れて『縮地の術』を使い、一瞬で宝象国へと移動するのだ。
このように、どうやら姫を連れて瞬間移動したらしい孫悟空。
だが、他にも逃げる必要がある場面では、この術を使っていないことから、なんらかの発動条件や使用条件があると思われる。
つまり、瞬間移動・〇〇〇〇波みたいなコンボ技は使えない。
仙術系で、たぶん地面間を移動するみたいな、そういう感じだと思われる。
地脈を縮めて遠くの場所へ移動する、というやつ。
一人で検証するにはどうにも足りないと思い、封印していた術である。
「……という具合に、遠く離れた場所と場所を繋ぐように一瞬で移動する術を使えるかもしれない、という次第です」
「ええ……?」
瞬間移動できるとか言われて、流石に困惑するヴィルヘルム。
いや、だって他の術は使えるんだし、これもいけるのでは?
「俺はどうしたらいいのかな?」
「やってみるのも初めてなので、とにかく協力していただけますと。咄嗟にできる術ではなさそうなので、サポートをお願いします」
「わかった」
というわけで、レッツ・縮地チャレンジ。
呪文を唱えるより先に、如意棒で地面をつつき、地脈とやらが掴めるか意識してみる。
火眼金睛のようにギフト側が教えてくれるかもしれない。
地脈とやらがなんであるかは正直わからない。
わからないけれど、なんとなく地面の下を流れる無数に分岐する川のようなものをイメージする。
あるいは大地に広く張った大樹の根のようなもの。
そのうちに掴めそうな気がしたが、どうやら移動するスタート地点にも、そもそも気を遣わないといけない気がした。
地脈を伝う術であるなら、そりゃあそうか。
見えないけれど大地に根を張る地脈の、どこかの上にいる必要があると見た。
つまり見えないレールを探り当て、見えない高速列車に乗るみたいな?
二本指を頭に添えて、人物の気を座標にして瞬間移動! というわけにはいかないみたい。
ヴィルヘルムには辛抱強く付き合ってもらい、地脈を探り当てる。
神経を使う作業だ。
あんまり使い勝手がいい術じゃないし、そりゃあ強敵との戦闘中には使えないわね。
それどころか孫悟空側にけっこうな余裕がなかったら発動条件を満たせなそう。
「ここですわ」
ようやく探り当てた近くの地脈の上に立ち、ヴィルヘルムに手を差し出した。
「ヴィル様も一緒に」
「俺もかい?」
「はい。この術は人を運べる術のはずですから。今まで一人では試せなかったの」
「なるほど、だから協力か」
ヴィルヘルムは理解したと、そこで私の手を取る。
自分から手を差し出しておいて、こうして手を握られるとなんだか照れくさい。
誤魔化すにしても、やり方を間違えた感がすごいわね!
私は地脈の先の場所を意識する。あまり遠くにはいかない。
領地内に留まることを意識して。
「それでは……縮地!」
私たちの立つ足元が光り輝いたかと思うと、視界がグニャリと歪みだす!
体が高速で回転するかのような感覚を覚えた、その次の瞬間。
「わっ!」
「……!」
私たちは、領都にある屋敷からアイゼンハルト領の湖の一つへと一瞬で移動していた。
「これは」
「すごい!」
自分でやっといてなんだけど! 本当に瞬間移動したわ!
「ヴィル様、すごいですね!」
「……すごいのは君だけどね」
手を繋いだまま、私は笑う。
ヴィルヘルムも驚きを隠せない様子で微笑んでいた。
ふふ、恥ずかしいけれど、なんだか楽しいわ。
その時。
「……ん?」
「どうしたんだい?」
「いえ、何か」
さっきまで地脈を探ろうとギフトを使って集中していたからか。
ピリピリとした感覚を覚えて、私はヴィルヘルムから目を逸らし、湖を見た。
「……今、何か」
湖の向こうに? いえ、湖の中に? 何かがいた?
「…………」
けれど、何かがいると感じた気配は、すぐに消えてしまった。
私たちはこの場所に瞬間移動してきたので、目撃者がいたとしても不思議ではない。
ただ、目撃者は決して私たちが来るのを予期していたわけではなかっただろう。
突然にこの場に現れた私たちに気づいて、逃げ去った何かが……いる?
かもしれない。
どうやら、この地にはキナ臭い何かがいて、そろそろ事件が起きそうな。
強くそんな予感がするのだった。




