80 持たざる者
「こちらが証拠ですわ!」
というわけで大袋に入れた武器と証拠を、待機していたヴィルヘルムに届ける私。
「…………」
ニコニコの私に対して呆気に取られるヴィルヘルム。
いやぁ、それがし、また何かやってしまいましたかな。ウキッ?
「俺は、君に頼りきりになりそうで怖いよ」
「まぁまぁ、頼っていただくのは悪い気はしませんわ」
「そう言ってくれるのはありがたいけれどね」
さっそく手に入れた証拠を確かめる。
とくに契約書だ。そこにはあやしんでいたレギデーシュ商会の署名がある。
流れていた噂そのままの事態が横行していたわけだ。
「今、領都内にある賊のアジトにいけば、まだ眠っていると思いますわ。私が拾えなかった手掛かりがあるかも」
「そうか……」
「あるいは、さらに放置して商会に接触するように促がすのもいいですわね」
賊の一人に変身して焚きつける手もある。
「騎士を揃えて、この契約書を理由に商会を取り締まるのが正道かな」
「正式な手続きとなるとそうですわね。ですが、ヴィル様」
「……わかっている。商会に踏み入ったところで〝何を〟調べるのか。確かに彼らはあやしい。だが『復興支援の備蓄をしていた』ことは、なんの罪にもならない。必要なのは『事前に魔獣災害が起きることを把握していた証拠』だ。確かに物資の占有を企てたことは重い罪だが、それだけで済ませていいものか。この地は多くの犠牲を出すところだったのに」
賊とのつながりを理由に商会を破滅に追いやったところで、それで『解決』なのか。
大目的は、魔獣災害を引き起こした何者かを把握し、対処することであって、一商会を潰すことではない。
レギデーシュ商会自体、トカゲの尻尾にすぎない線もあるものねぇ。
「となると、やっぱり商会自体への潜入捜査が必要ではありません?」
「……カーマイン嬢、どこか楽しんでいないかい?」
「ええ? いえいえ、そんな」
それがし、決してそのようなことは。
ただ師父のために尽力しておるにすぎませぬ。
ヴィルヘルムはどうやら葛藤があるらしい。
おそらく、孫悟空の力を前にして、きっと頼れば楽に物事が進むことを実感したのだろう。
とはいえ、それに頼りきるには私を道具として見るようで嫌だと。
そんな感じ? 高潔そうだものね。
ヴィンセント殿下が私のギフトを把握したら、もっと腹黒く堂々と利用しそう。
もちろん、ド偏見だ。
「……今回の一件、実は他人事じゃないんですよ」
「うん? というと?」
「この頭の金輪、外せないものですけど。外すこともできるはずなんです」
「……外せないものなのか?」
あ、そこからか。
ヴィルヘルムはあくまでギフトのルールと認識していたらしい。
「この金輪、緊箍児と言いまして、これは私に課せられた枷です。確定じゃないんですけど、私はこれを、聖女を助けたり、悪事を誅したり、そういうことの積み重ねで外れるものと考えています。神様に与えられた試練である、と」
「……ギフトを授かった者にしかわからない感覚かな」
「まぁ、そう解釈していただくのがいいと思います」
「そうか……」
ヴィルヘルムの表情に翳りが差す。
あれ、今まで私のことばかり話していたけれど。
ヴィルヘルムの状況からして、彼が『ギフト持ち』について思うところがあるのは、十分にあり得る話よね?
だって長男で、能力もあって、本来なら誰に否定されることもなく次代侯爵だったはずなのに。
弟のジークヴァルトがギフトを授かったせいで継承順位が宙に浮いてしまった。
婚約者だって、ふわりとした扱いとなり、さらにその候補はジークヴァルト推しだという。
「ヴィル様……」
「ん」
〝ギフトだけを持たざる者〟、ヴィルヘルム・アイゼンハルト。
王にさえ認められた人格、その評価。輝かしい未来を約束されていたはずの男。
なのにギフトの存在が彼の人生に影を落とした。
それは数年経ってもまだ解決されず、こうして領地のために力を尽くしている。
対して弟はまだ学生とはいえ、聖女の護衛をして夏季休暇に家にも帰らない。
きっと家を継ぎたいとも思っておらず、すべてがヴィルヘルムに委ねられたまま。
無責任で、恵まれている、ギフトを有する弟。
責任を果たし、評価されながらもギフトを持たない、兄。
……はたしてコンプレックスを抱いているのは本当に弟だけだろうか。
『ギフト持ち』に対して、彼はいったい何を思うのだろう。
「ヴィル様、どうか心の闇に呑まれないでください」
「……心の闇?」
首を傾げるヴィルヘルム。
「今回の敵、魔獣災害を引き起こした何者かは、おそらくギフトの複製技術とやらを持っているでしょう?」
「まぁ、俺たちの推測にすぎないけれど、そうだね」
「連中はヴィル様に目をつけるかもしれません」
「俺に?」
私は大きく頷いた。
「その、ギフト関連でヴィル様が苦悩されていると思い、貴方を救うように『これを使えばギフトが使えるようになるぞ、仲間になれ!』と……」
私の懸念を伝えると、ヴィルヘルムはその意味を咀嚼するように間を取る。そして。
「あはは。確かに、そう言われると俺は彼らの狙い目かもしれない。ジークヴァルトがギフトを授かり、俺がこの立場となって……はは! それは思いつかなかったなぁ!」
ヴィルヘルムは朗らかに笑った。
「カーマイン嬢は想像力豊かだね?」
「そうでしょうか? ヴィル様の置かれた状況を考えましたら……」
けっこうあり得る線を突いたと思ったんだけど。
「いや、確かに。言われてみると、俺がそう考えても不思議ではないね。ただ安心してほしい。今はとくにギフト持ちが相手だから、なんて考えていないよ。ただ『俺にはわからないことだな』という事実を受け止めていただけだ」
ヴィルヘルムは安心させるように微笑む。
私の考えすぎだったかしら? いえいえ、まだ本心を晒していないだけかも?
そういう方向の注意は必要な気がする。
「しかし、それは……いいかもしれないね。俺がそのように考えていると噂を流せば、奴らの方から俺を利用できると接触してくるかもしれない」
「ええ……? それはヴィル様が危険ですよ」
「カーマイン嬢が率先して行動してくれている時も危険を背負わせている。俺ばかりが安全地帯にいるというのも、なかなか気が静まらないよ」
うーん、男の子!
これも騎士道的な精神性かもしれない。
「ただ、ギフト持ちへのコンプレックスは……この先、持ちそうな気がするね」
「あら、この先ですか?」
「ああ」
今の時点ではコンプレックスはない、と。
比較対象があのジークヴァルトなら、もうギフトがどうこうの問題ではなさそう。
では、この先とは?
「カーマイン嬢は、ヴォルテール辺境伯令息のラグナ卿と出会ったと手紙で書いていたよね」
「はい、書きました」
「彼も類まれなギフトを授かっていたんだろう?」
「詳細は本人に聞いてほしいですけど、そうです」
「だから、そんなヴォルテール卿には嫉妬してしまうかもしれないね」
ええ? それでラグナ卿に嫉妬? それはどういう意味で。
「ヴォルテール卿と会ってみてどうだったかな?」
「どうっていうと、困りますわね。精悍な男性でしょうか」
「ヴォルテール辺境伯家は、西にある王国との国境を守る家門だ。場合によっては一番先に戦地となり得る。また王都からは離れている領地で、彼自身の魅力とは関係なく縁談が進みにくい家門だ」
「……はぁ」
「また、ヴォルテール家は、そういう家門だから王都での社交を免除されている。王家主催のものであっても強制参加はない。そういうところがまた逆に縁談を遠ざけていたりする。ヴォルテール卿に魅力があっても出会いの機会が少ないんだ」
「…………つまり」
「ラグナ・ヴォルテール辺境伯令息は、まだ伴侶を得ていない。聞くところによれば領地の民には、縁を結びたがる女性も多いそうだが」
「もしかしてラグナ卿について調べました? 私の手紙を受け取ってから」
「少しだけね?」
ニコリ、と微笑むヴィルヘルム。ちょっと怖い。
彼の意外な一面を見たような気がする。
ライバル意識? ラグナ卿にライバル意識とか持っているの?
もし、そうなら、その〝理由〟は。
「…………」
「はは、言ってみた甲斐があるかな?」
おそらく私の頬は今、少し赤くなっているだろう。だって少し熱いもの。




