77 検証
ヴィルヘルムに相談し、能力を打ち明け、緊箍児の検証について手筈を整えてもらうことにした。
といっても、じゃあすぐに殺していい生物を用意するね! となるわけもなく。
準備に時間を取ることになった。
私からの要望としては、検証は望むが、ただそのためだけに殺す、というのはナシ。
私だってお肉を食べている。殺生が究極、避けることは難しいと受け入れているつもりだ。
殺すなら、本来食べる目的のために殺す前提があるものへの参加。
となると、それはやはりすぐにとはいかない。
私のために寿命を縮めるというのもナシ。
すでに人生のどこかでそれくらいの犠牲は出しているかもしれない。
なにせ公爵令嬢だから。『明日、お肉が食べたーい』なんて我儘を言った時に、どこかで精肉作業が進んだかもしれない。
とどのつまり、綺麗事だし、偽善だし。
そんなこと深く考えずに弱肉強食を軸にやっちゃうことこそ動物の一種だとも思う。
なんとも線引きが難しいことだ。
手筈が整うまで時間があるということで、まずは『危ないことをしない』という約束の下、待機することになった。
「といってもねぇ」
アイゼンハルトの領都にある宿を取りつつ、待機中。
ヴィルヘルムは賊の追加調査などもこなしているから忙しい。
私の方は、というと暇であるからして。
「安全マージンを確保していれば約束を違えたことにはならない、と」
そんなことを考えて昼は休み、夜になってから動き出す。
『隠身法』で姿を隠し、筋斗雲で空を移動する。
問題のレギデーシュ商会の拠点付近を空から確認しておこうという腹積もりだ。
「オーランザわー♪ っと」
都合のいい証拠になる奇跡の欠片でも見つかるかしらねぇ。
筋斗雲の上に座りながら、火眼金睛を行使し、遠目で見下ろす。
レギデーシュ商会は新興商会らしく、ここ五年で大きくなったそうだ。
商会長であるゴロッソは、やり手らしい。
ヴィルヘルムが把握している分には、途中で会長が変わるなんて報はなかった。
つまり、商会がクロなら五年以上前から計画が練られていた可能性がある。
新興商会が目をつけられて事件に巻き込まれた線も消えないから、なんとも言えないけどねぇ。
私の推定乙女ゲーム論では、これがイベントの一つとした場合、解決するのは脳筋くんだ。
ヒロインちゃんと協力することはあるかもなので頭脳労働はヒロイン担当かもね。
ヴィルヘルムは商会をすぐにあやしく思ったが、ジークヴァルトが細かい違和感を感じ取れるとは思えない。
すると『数年かけて復興を支援してくれた恩ある商会』が『実は黒幕だった!』展開が、その未来で待っている予定だった可能性がある。
シナリオとしては衝撃性も充分でドラマティックだろう。
今まで頼りにしていた商人が、実は領地を襲わせた黒幕の一味だったのだ。
『俺は領地を支えてくれたあんたに感謝していたのに!』と怒るのである。
グハハ、お前のようなバカは騙しやすかったぜ、死んだ兄貴と違ってなぁ! だ。
そのあと、用心棒先生ことルドロフ氏とバトル展開ね。
「もし、そうだったなら、ここは功徳チャレンジなのよねぇ」
ヒロインちゃんに待ち受ける艱難辛苦を事前に解決し、徳を積むべし。
夜中に雲に座って、ふわふわと空を飛ぶ公爵令嬢、なにする者ぞ。
火眼金睛の千里眼は認識した相手のところにしか飛ばないらしく、こうして遠くから視ているだけではなんの動きも感じられない。
さて。安全マージンを取りながら私にやれることは何があるかしら。
「……そうねぇ」
本家・孫悟空が使用すれば意味があるが、私が使っても大して意味のない術がある。
そのうちの一つをこの際に試してみよう。
「抓風法」
風を抓む術だ。孫悟空は法術で風をつまむことができる。
つまんだ風の尾を嗅いだり、味を確かめたりしてみて『これはただの風じゃない、化け物の風だ!』と言い当てたりするのだ。
ちなみに勘付いたからといって、相手が襲ってこないことはない。
あっという間に虎の皮を被った虎先鋒という妖怪に襲われる。
虎先鋒は『黄風大王』という妖怪の部下だ。
黄風大王は『三昧神風』という厄介な風を操り、孫悟空の目を傷めつけてくる。その能力からして、ある意味で紅孩児の属性違いと言えなくもない。
この世界にいそうな妖怪候補としては、やっぱり上位なんじゃなかろうか。
西遊記って地味に虎系の敵が多いわね。
三蔵法師の最初の弟子二人を殺した妖怪グループの一人だったり、復活した孫悟空に皮を剥がれたり。
この世界だと謎のキメラの素体? になっていた。
あれは本当、なんだったのかしらねぇ?
「それはそうと、風をつまむって変な感じねぇ」
匂いとか試しに嗅いでみるけど、とくに何も感じない。味も……まぁ、うん。
本家・孫悟空ならともかく、この手の能力は私が使えたところで、である。
単に今、別にあやしいことはない風だからかもしれないけど。
そうして適当な時間、私は空から商会を監視していたが、とくに事件は起きず。
夜中にあやしい一団が出て行くところでも目撃できれば話が早かったんだけどなぁ。
その日は諦めて出直すことにした。
「カーマイン嬢、いくつか報告がある」
宿に報せが来たので、アイゼンハルトの屋敷に訪れる。
別邸で待っていたヴィルヘルムがさっそくとばかりに話を始める。
「君が捕らえたという賊たちだが。『世直しクウゴ』なる人物に襲われたという」
「…………」
私は目を逸らす。
そこはどうでもいい情報である。うん、まったく。
本題から話を逸らすんじゃあないぞ、賊どもめ。
今から牢屋に行って、それぞれに一棒を食らわせてやろうか、ウキーッ!
「もしかして自分たちが被害者であると?」
「そう訴えている。突然、襲われたのは自分たちであり、その『世直しクウゴ』なる人物こそ捕らえてくれ、と」
「まぁ、いったい誰なんでしょう? おほほ」
「カーマイン嬢……」
あいつらめぇ。確かに最初に襲われたのは私だけだった。
目撃者がいないため、証言を取りようがない。
これが悪人を打ちのめせば終わりではない、社会的で、文化的な世界の弊害である。
妖怪が相手なら叩き潰して終わりにしてやるのにー。
「では彼らを解放しますの?」
「余罪がありそうだから厳しく調べているところだね。ただ、あえて解放するのも手かもしれない」
「……解放されたあとを追えば、例の商会に行き着くと?」
「かもしれないだろう?」
「確かに、その線はあるかもしれませんね」
利用価値があるじゃない。さすが私、先見の明がある。うんうん。
「隠れて追跡なら、私のギフトの得意分野です」
小賢しいことなら孫悟空である。
日本の孫悟空と違って、パワー武闘家というより忍者方面だ。
「……君の安全のために、検証は早めにしよう」
「準備ができたと?」
「ああ。肉を調達する機会はそれなりにあるからね」
「……無理矢理に予定を早めたとかは」
「それはない。安心してほしい」
食らうためならともかく、ただ検証のためだけの殺生は避けたい。
これはもう偽善と罵られようと私のメンタル安定のために必須だ。
「ただ、やはり淑女である君にさせることとは思わない」
「それはまぁ、私も理解しているのです。ですからマロット家では整わなかったのですから」
流石に公爵令嬢に屠殺体験をさせる動きは、我が家では無理だったのだ。
うん、そりゃあそうだろうと私も思う。
女騎士を目指しているとかでもないし。
何を言っているの? と疑われるだけだった。悲しい。
親に事情を話すにも、私の感じている危機感や、ギフトの扱いの難しさとか、きちんと伝えられる気がしないのよね。
その点、ヴィルヘルムはキメラ関連である種の危機感を共有できている。
たとえ打算であろうと、私のギフトが十全に使える方向性が望ましいとは思ってくれるはずだ。
そんなこんなで。
私はヴィルヘルムと共に、アイゼンハルトの隣領にある牧場に訪れることになった。
この世界、この国の文化として普通に牛肉・豚肉は食べるものだ。
飼育技術やらが発展しているあたり、やっぱり近世風?
まぁ、専門知識のない私に時代考証は無理だから諦めるとして。
筋斗雲で空から確認したところ、鉄道がどこにも見当たらないわけだから、公爵家の力で鉄道構想を提案したら、すごいことになるのでは?
この世界観での鉄道技術とか見当もつかないけど。
蒸気機関とか、そういう理系分野は門外漢なのである。
日本人は異世界転生に備えて蒸気機関の仕組みとか勉強しておくべきでは?
鉱物知識とかね。
いや、鉱物系は、実はこの世界にオリハルコンがあるとか、そういう路線で外れるからダメか。
……なんの話?
さて。
さて、である。
いざ、生きている命を目の前にして、なんのためにこの命を奪うのか。
果たして、これは正しい行為なのか。
これは流石に問わねばならない。
私はここに来るまで、この検証は必要だと思ってきた。
実際にそうだとも思う。
……だが。
本当にこのやり方でいいのか?
日頃から殺生はせぬと自らを戒めることこそ大事なんじゃないのか?
肉を食べている。なら殺している。
ギフトによる殺生をしなければいいはずではないか。
孫悟空の力を振るうにあって、殺さないように常に気を配る。
その心こそ重要であり、もし失敗すれば戒めとして苦しむ。
その流れこそ必然で、こうした形で検証することは間違いではないだろうか。
私は『正解』を探すべきなのか?
むしろ日頃の行動の結果、どこかで戒められるというのなら、それを甘んじて受け入れるべきじゃないのか?
食うためとはいえ、命を奪ってまで確かめるべきことなのか?
……鳴き声を聞く。
命だ。生きている。だが、きっと殺して加工していくうちに、ただ美味しい肉だと思うだろう。
どうする。
私はこのまま自らの安全のため、という名目でこの検証を進めるのか?
「……思ったよりも躊躇しますわね」
「無理はしなくていい」
なんだかんだキメラ以外は殺していない。直接は、という話だけれど。
好んでこうしたいわけではない。それは確かだ。
だが、肉を食べるためには常に誰かがその仕事を担っている。
そういった仕事をしてくれる人たちにも敬意を示すべきだろう。
いやいや、そういうことじゃなくて。
家畜とはいえ、ここで命を奪う経験をすることで、逆にこの先、抵抗が薄れることはないか。
今、こうして躊躇する心がある以上、むしろ、それは望ましいことだ。
ここでの殺生を戸惑い、止めたという経験がこの先に生きるかもしれない。
『あの時だって私は殺せなかった』と。
この先もそうあろうと、私の心にセーフティーが生まれるかも。
ああ……正解なんてない。ここで判明するのは、きっとただの事実だけだ。
私がここで殺しても、殺さなくても。
この先に似たような試練が訪れる予感がする。
そして、きっとその対象は家畜ではなく、獣ではなく、同族たる人間だ。
そんな予感がしてならない。
孫悟空にせよ、紅孩児にせよ。これらのギフトは戦いを予感させる。
神様は、この世界に戦いが起きると示されているのだろう。
「……いきなり豚は難しいだろう。思うのだが、魚などはどうだろうか」
「魚」
……確かに?
いざ、自分が体験するとなった時、豚と魚、どちらに忌避感が強いかと問われたら、豚よりは魚を捌く方が気持ちは楽な気がする。
ちなみに我が国、魚も食べます。
殺生の体験として思い浮かぶのが、どうしても屠殺だったため、豚を殺そうとしていた。
だが、キメラの尻尾やらが殺生判定だったのだから、魚でもアウトだろう。
「……そうですわね。豚よりは……はい。ここまで来ておいてなんですが」
「いや、いいよ。もっと早くに提案すればよかった」
「いえ、私もここまで思いつかなかったですから」
うん、まぁ。お魚さんや牧場の人には申し訳ないんだけど。
豚を殺すことの抵抗感よりは魚の方が、かなり気持ちが楽だわ。
いえ、本当に申し訳ないんだけどね?
気持ちを落ち着けつつ、私たちはまた場所を移す。
魚といえば、やっぱり海岸沿いにある領地が一番だ。
でも今回は、そこまで移動はなし。私たちは川釣りを嗜むことにした。
小侯爵と公爵令嬢が何をしているんだか。
いや、でも、またここで思いついたんだけど。
我が国、普通に貴族の嗜みとして森での〝狩り〟とかあるわ。
むしろ殺生体験するなら、最初からそっちじゃない?
「……国に馴染めていないわぁ」
殺生! で、何よりまず豚肉や牛肉の確保を思い浮かべるの、たぶん公爵令嬢の発想じゃない。
日本人の発想じゃない? いや、個人差があるけど。
悩みつつ、私とヴィルヘルムは川釣りデートをすることになった。
二人きりではなく、離れた場所にアイゼンハルト家の従者たちが控えているわ。
「釣れるかしら?」
「ふふ、気長に待つのが釣りの醍醐味らしいよ」
「ヴィル様は川釣りの経験は?」
「あるよ。領地の川でね」
あらぁ。これは意外な一面見たり。
乙女ゲームに出てきそうなくらいの美形男性が趣味で川釣り。
なんだか庶民的に感じてしまうわねぇ。
弟の脳筋ぶりでイメージが引っ張られるけど、ヴィルヘルムも武家の長男だ。
どちらかというとアウトドア派なのかもしれない。
私たちは二人で川釣りを楽しんだ。
ルアーなどではなく餌釣りだったおかげか、けっこう入れ食い。大漁ね。
ここで、ようやく検証開始である。
「まず絶対にアウトなことは除外します」
「うん」
検証するまでもないことは『ギフトを使っての殺生』だ。
これはもうキメラ戦で確実になったと言っていい。
如意棒で叩き潰したり、七星剣で切り殺したりするのは絶対アウト。
確かめるまでもない。
「……すべてのギフトをオフにします」
「ああ、カーマイン嬢は俺が守るから安心して」
「ふふ、ありがとうございます」
ギフトをオフにすれば、たちまち私は弱い存在になる。
普段は金剛不壊の肉体に守られているから怖くはない。
でも、こうしてギフトをオフにすると心細くなるわね。
ただ今はヴィルヘルムがそばにいてくれるから。心は穏やかでいられる。
「いきます」
私は包丁を構え、生きた魚を捌く。
キメラ戦の時は殺してすぐに緊箍児は発動しなかった。
いくらかの猶予があると見ていい。
検証①、ギフトをオフにした状態での殺生判定。
「…………」
念のため、包丁を置いて、緊張しながら待機すること数十分。
「何も起きないね?」
「……はい」
今、私の頭には変化で隠さずに緊箍児がある。
だが、うんともすんとも言わない。
魚は判定外とか、そういうことはあるまい。
だったらキメラの尻尾とか見逃してくれと言いたい。
「ギフトを用いなければ問題なし、と」
まず一つだ。さぁ、検証を続けましょう。




