74 伝承
「湖の底を探れる。本当かい?」
「試したことはないのですが、おそらく?」
「……仮にできるとすれば、いろいろと検証してからの方がいいね?」
半信半疑の様子だが、そんなことを提案してくるヴィルヘルム。
「それは確かにそうですわね。試すのにどこか手頃な場所などあります? ここまで広大な湖ではなく、もっと小さな水溜まりなどあれば」
「そうだな……」
ヴィルヘルムは思案する。
そうして何かを考える様子も様になっていて格好がいい。
これは婚約者候補のメリッサ嬢、彼を視界に入れていないだけでは?
「かつての大聖女が悪魔を倒したと言われているのはこの湖なんだけど。実は諸説ある」
「はい?」
「この湖が一番大きく、見栄えもいいから有名になったが、もっと違う場所にある湖こそ、本当の戦いの舞台ではないか? という感じにね」
「他にもありますの?」
「ああ。この近くにいくつかある」
あらら。五百年前の話だからねぇ。
水場だって場所も変わってしまうくらいの月日だ。
なら、実はこの場所は違うんじゃないか、というのはあり得る話。
「記録などは? 宝の場所を示す伝承などあると楽しいですわね」
「はは、カーマイン嬢は愉快な人だね」
愉快な人呼び! おもしれー女呼びじゃないのが慎み深いわね。
「では、他の伝承候補地へ案内しよう。そちらも捨て置いているわけじゃないから、道中にそこまで苦労はないはずだよ」
ヴィルヘルムが手を差し出すのを取って、引かれる。
近場にあるというアイゼンハルトの他の湖を巡ることになった。
「かつて大聖女が戦ったという熊の悪魔は、アイゼンハルト領で暴れ回ったらしい」
馬車で移動中、この地に伝わる伝承を教えてもらう。
何がヒントになるかわからないからね。
今のところ、どうやらなんらかの組織が裏で蠢いている雰囲気だけど。
私は、こういった伝承系が騒動の出発点の可能性も睨んでいる。
古代の魔王を復活させるのが目的なんだ、とかねー。
ありそうじゃない?
……この場合、その復活させられる魔王が孫悟空である可能性。
なくはないのが嫌なところねー。
「まぁ、それにしても熊の悪魔ってなんだか聞き慣れませんわねぇ」
「はは、確かにそうかもしれないね」
この国における一般的な悪魔像って動物系なのかしら?
まぁ、前世でも詳しくはないものの、動物霊が憑くとか、そういう話はあったわね。
「実は熊に関するギフトを授かった人間であるとか?」
「ああ、その説もあるね」
あるんだ! 五百年前の誰かさん、本当に『黒風大王』だった可能性。
もし、そうだとすると聖女で倒せるものなのかしら。
聖女の光が私に効かなかったのは闇墜ちしていなかったからとか?
「悪魔というからには、悪魔召喚の儀式が世の中にはあったりします?」
「うーん……。伝承でそういうものは伝わっていないな」
「アイゼンハルトに伝わる伝承としてメジャーなものはどういった話なんですか」
「そうだね。大雑把に言うと……」
アイゼンハルトの伝承。
大聖女と熊の悪魔伝説。とくにそれぞれに固有名はないらしい。
まず、始めはこの地を荒らす魔物がいたという話ではなかった。
この地を治めていたのはアイゼンハルト家ではない。
当時の統治者は教会関係者だという話で、ただ強欲な者だったそうだ。
私財を貯め込み、私腹を肥やしていたという。
聖職者にあるまじき華やかな衣服を着て、宝石や金細工で身を飾る。
そんな様子を見せびらかすような者だった。
……うーん。熊の悪魔と、そういう趣味の聖職者。
またまた『黒風大王』のエピソードに合致しているような。
西遊記の場合はコレクター趣味の和尚、金池長老だ。
収集癖に憑かれた物欲の強い和尚で、まだ猪八戒が仲間になる前の話に出てくる。
三蔵法師と玉龍、孫悟空が一夜の宿を借りようと訪れた夜。
和尚はコレクションを自慢していたところ、孫悟空が偉そうに三蔵法師が持つ袈裟の方がすごいと言い張り、三蔵の言いつけを聞き流して袈裟を見せびらかす。
お釈迦様から授けられた袈裟は、とても素晴らしく、和尚は強く惹かれてしまった。
そこで一晩だけでも眺めていたいと和尚は袈裟を借りることにした。
だが、一晩だけでは満足できぬと思い、悪い弟子にそそのかされ、三蔵法師たちを焼き殺し、袈裟を奪ってしまおうと企む和尚。
弟子たちに指示し、三蔵たちが寝る場所を燃やそうとするが……孫悟空はその企みを聞いていた。
三蔵法師を火事から守りつつ、やれ、もっと燃えろと火事をさらに悪化させ、三蔵法師が寝る場所と、袈裟がある場所を除いて、正殿のほとんどを焼き尽くしてしまった。
黒風大王はそんな騒ぎの中、火事場泥棒でどさくさにまぎれて袈裟を盗んでいくのである。
孫悟空は袈裟の行方を追いかけて黒風大王と対決するのだ。
ヴィルヘルムが語るアイゼンハルトの伝承に出てくる聖職者も、この和尚とよく似ている人物のようだ。
私財を溜め込むだけならまだしも、どうやら地方の賊と通じていたらしく、裕福な商人を襲わせてその財を奪わせていたという。
聖職者と賊に苦しめられていた民のもとに、やがて『大聖女』のギフトを授かった女性が現れる。
聖職者は、あろうことか大聖女そのものを欲したそうだ。
欲しがるのは袈裟じゃないのか、と言いたくなる。理不尽だけど。
しかし、大聖女に求婚を断られた聖職者。それだけでなく、人の道を説かれてしまう。
求婚を断り、説教までされた強欲な聖職者は怒り、通じていた賊に大聖女を襲わせる。
大聖女は賊を返り討ちにするわけではなく、結界を張り、身を守ったという。
その際、連れ立っていた人々も一緒に結界で守った。
援軍が来るまで忍耐作戦だ。
三日三晩、結界を張り続けた大聖女。手を出すことができない賊。
膠着状態が続いたところで、強欲な聖職者が現れ、さらなる怒りを燃やした。
するとなんということか。その聖職者は黒く燃え始めたかと思うと大きな熊へと変じてしまう。
「……元・人間の熊ですか」
「そう見る人もいるし、元々が熊の悪魔だったとする説もあるね」
「それはギフト説が出てくるのも頷けます」
「うん、あり得そうな話だね」
ていうか、私は熊に変身することができるので似たようなことを起こせたりする。
大聖女の結界の前で、熊の悪魔の姿に変身した強欲な聖職者。
だが、それでも大聖女の結界を破ることはできなかった。
力及ばず、役立たずな賊に八つ当たりをするように襲って、賊を殺してしまう。
賊ぅ……! 無駄死に!
そうして結界を破れなかった熊の悪魔は大聖女を諦めて去っていく。
だが、大聖女の方はそんな正体を見せられてはもう捨ておけない。
そこからは様々なやり取りと戦いがあって、熊の悪魔は湖へと追い立てられた、と。
だいたいそんな話らしい。
熊の悪魔が強欲な聖職者として溜め込んでいた宝が、今も湖の底に眠っている説があるのだ。
「悪魔召喚というより、悪魔変化ですねぇ」
「そうだね」
いっそ悪魔召喚だった方が無関係な顔をしていられたんだけど。
ギフトによってはできるだろうな、という変化すぎてなんというか。
私からすると黒風大王と金池長老がフュージョンしたみたいな話だなぁ、と。
やっぱり西遊記系ギフト持ちだったんじゃないの?
私やラグナ卿のような前例があるため、推定乙女ゲーム論よりも、あり得そうな推理になってしまう。
でも、五百年前に退治済みだから、私たちには無関係かな?
「こういうお話だからね。熊の悪魔が追い詰められるとすれば、別の場所なんじゃないか。また宝を貯め込むとしたら別の場所なんじゃないか、と。そういう説がいろいろあるんだ」
「なるほど」
いやぁ、異世界地方伝承、なかなか楽しいわね。
ギフトやら魔法やらなんてある世界なものだから、本当にあった感もすごい。
しかも私にとってはゲームでも本の世界でもなく現実の世界なので、これは本当になんの意味もなく、伏線でもない、〝ただのお話〟の可能性が高い。
この地域には当たり前にある歴史、伝えられてきた物語。
異国の桃太郎やらに該当する昔話を初めて聞かされた気分だわ。
うーん。なんていうか。
「人間って生きてきたんですねぇ……」
「なんだい、それは? 随分と悟った言葉だね」
「いやぁ、つい」
私がこの地に転生する前は存在していなかった世界とか。
あるいは、推定乙女ゲームが始まる前は存在していなかった世界。
そんなことは決して思えない、あって当たり前の歴史がそこにある。
そうよねぇ。普通に人間が生きてきたなら、そういう地方伝承とか生まれるわよねぇ。
「そういう伝承って、やっぱり各地域にあるものなんでしょうか」
「ん? んー……。あるんじゃないかな。各時代の大聖女や聖女など、聖人が現れた時は見逃さないのが教会だからね」
それはちょっと敬虔というより、打算じゃない?
「そろそろ、そんな諸説ある湖のうちの一つだよ。といっても、先程見せた湖に比べればずいぶんと狭いものだけどね」
私とヴィルヘルムを乗せた馬車が移動した先には、確かにまた別の湖があった。
「湖というか、これは……池というのでは?」
「はは、でも、名前は湖なんだよ」
「それは名前だけが、そうなやつですよね」
「そうとも言うね」
溜め池とか、そういう類のなにか。その証拠というか湖岸に石が積まれて整備された気配がある。
現代技術とは違うが、この国の技術で整えられた丸い形の池。
ここにお宝があったなら流石にわかったのでは?
「観光用に整えられていてね。池より湖の方が、人気が出る……という説もある」
説もあるって口癖になってない?
「……ここで私のギフトを試してみても?」
見たところ、前の湖と違い、観光客はいない様子だ。
そもそも前世の日本ほど国内の人口がいないのかもしれない。
となれば観光客も相応の数となるか。
「ああ、俺も興味がある。見ていてもいいかい?」
「ええ、もちろん」
ヴィルヘルムに隠す理由はとくにない。
別に切り札でもなんでもない能力だしね。できるかは未知数だけど。
それではさっそく。私は如意棒を取り出し、湖岸の地面を叩く。
そして空いた手の人差し指と中指で剣指を結び、指し示した。
「閉水法」
私が呪文を唱えると、たちまちザァアア! という音を立てて湖の水が二手に割れていく。
「まぁ!」
西遊記ギフトなのに、ちょっとモーセっぽい!
いえ、孫悟空もやったことなんですよ、本当に!
この光景と同じだったかは定かじゃないんだけど!
「…………」
すごくない? と思ってヴィルヘルムに視線を向ける。
するとヴィルヘルムは、目の前の光景に言葉を失っていた。
「……カーマイン嬢は」
「はい」
「聖女とか、大聖女とか、そういうものでは表現できないんじゃないかな」
それはまぁ、たぶんそうである。
孫悟空は妖怪の仙人。時系列によっては神仏に至った神様の一柱そのものだ。
おっほっほっほ!
向かうところ敵なし! ……なんて思っていると厄介な敵が出てきそうよねぇ?




