73 閉水法
私はヴィルヘルムのエスコートでアイゼンハルト領を移動していた。
目的地は、かつて『大聖女』たる乙女が悪魔を払ったという湖だ。
「意外だな、カーマイン嬢」
「意外ですか?」
「ああ。正直、この誘いを受けてくれるとは思っていなかったから」
「まぁ、それなのに誘われましたの?」
「領地のことで忙しくてね。貴方が好むことを何も調べられていなくて。手落ちで情けないなぁ」
「まだ、復興途中なんですもの。私に構っている暇などないのは当然ですわ」
今回会うことになったのは私から手紙を送ったからだ。
準備とかしている暇がなかったのはわかる。迷惑でないならいいのだけど。
お誘いを待つのが淑女で公爵令嬢の嗜み? いやぁ、あっはっは。
何事も動いて、やらかしてからが孫悟空の嗜みである。
困った時には観音菩薩や、お釈迦様を頼るのだ。ウキキ!
「それではまたどうしてその場所にお誘いに? あらかじめ見繕っていた場所ではないのですよね」
「ああ。聖女について、悪魔について調べていたのは確かだけれど、その場所は我が領でもそれなりの観光地だから、聖女の件でカーマイン嬢の興味を引きつつ、誘える場所としてはいいかなと思ってね」
「なるほど」
「重ねて準備が足りなかったことを恥じるばかりだ」
「ふふ、お気になさらず」
どうやら各地にそういった聖女由来の観光地というのはあるらしい。
ただあくまで『聖女』や『大聖女』という存在の名残りで……。
特定個人の名を冠した逸話ではないそうだ。
日本だと、どこの地方にもある山の神や川の神の逸話みたいなものだろうか。
こう、異世界だから、特定の大きな物語を主軸に、国のすべてを巻き込む伝説があるように感じてしまうけれど。
日本だって地方それぞれに神様やら妖怪やらの伝説が残っていたりするし、そういうものかも。
「今から行く場所の伝説は、どれくらい前のお話しなんですか?」
「記録に残っているもので、およそ五百年前かなぁ」
「五百年……」
いやな数字だわぁ。孫悟空的に耳にしたくない年月である。
それにしても五百年前の大聖女様か。今世には関係なさそうかな。
「この地に現れた悪魔はどのようなものだったんです? もしかしてキメラや狼?」
「いや、そのような姿ではないそうだね。もし、そういった姿だったなら領民たちも、もっと怖れていたと思う」
「それはそうでしょうね」
かつてこの地を襲った悪魔の再来か、と。そういう風に不安が広がっただろう。
「では、いったいどのような? 翼と角の生えた、定番の姿ですか?」
「定番かはわからないけれど。どうにも熊のような姿をしていたと記録されているらしい」
「熊……」
西遊記にも敵キャラとして熊は出てくる。
三蔵法師の最初の弟子たちを食らった熊の精もそうだし、黒風大王、または黒熊怪といった名を持つ黒い熊の妖怪がいる。
黒風大王は意外と洒落た趣味の妖怪で、コレクター趣味を持つ人間の和尚と友人関係だったりする。
三蔵法師の袈裟を盗んで逃げ、それを悟空が追って戦う相手だ。
地味にエリート枠というか勝ち組枠で、紅孩児と同様、禁箍児という金輪を嵌められて観音菩薩に服従し、弟子入りする『キンコジ』仲間の一人だ。
ちなみにキンコジ仲間は、この黒風大王と紅孩児、孫悟空の三人だけである。
紅孩児がいたなら比較的、他の妖怪たちよりこの世界に現れてもおかしくないタイプかも。
でも五百年前かぁ。流石に? 関係ないわよね。たぶん?
「現地は、本当に観光地化しているから、大聖女と熊の悪魔について描かれた資料が多くある。それらも見てみるかい?」
「それは面白そうですね」
普通に観光旅行に来た気分だわ。のんびりした旅程。
フィナさんサイドはどうかしら?
今日も元気に誘拐されていたらどうしよう。
いやぁ、でもG4揃い踏み、私が不介入なら流石になんとかするわよね?
ラグナ卿との一件だって、実は私が介入しなくても問題解決した疑惑があるし。
私がこうしてヴィルヘルムと出かけるのは、彼の選択や行動すべてがイレギュラーだと思うから、でもある。
優秀な人物が生き残っていたら、のイフ展開みたいな。
実は彼をサポートすれば大事件に発展する前に、何事かの問題は解決するかもしれない。
ほら、とくにこの領地担当があのジークヴァルトだから。
彼が数年かかってヒントありきでようやく辿り着く真実に、ヴィルヘルムなら数ヶ月で辿り着く、なんて展開はアリだろう。
本当にそうなったら、流石にもう推定ゲーム展開読みは無理ね。
どう考えても本来の運命なんか、とうの昔に捻じ曲げているでしょうから。
ヴィルヘルムと世間話をしながら馬車で移動し、噂の湖へとやって来た。
観光地というのは本当のようで、領地とはまた違った賑わいを見せている。
「思ったよりも大きいんですね、湖!」
割と広大な湖だ。湖の向こうには山が見える。
ぐるりと人の領域が取り囲んでいるというよりは側面を観光地にしている様子。
「ここに熊のようか……じゃなくて悪魔が?」
「そうらしいよ。ほら、あっちに」
「ん?」
ヴィルヘルムが指差した方向には、木の板に彫られた絵画があった。
観光地の看板だぁ!
と、ちょっとワクワク感が増す。どこの世界でも似たようなことするのね。
今度、頭だけ出すタイプの穴空き看板をお勧めしてみよう。
あ、でも写真がないから楽しさが半減するかしら。
まさかの街デートではなく観光旅行と化すヴィルヘルムとの交流。
看板には大聖女の絵と熊の悪魔の絵が描かれていて、それにまつわる伝説も添えられていた。
「大聖女様は、なんだって湖で熊の悪魔と対峙したのでしょう?」
「理由は諸説あるんだけど。熊の悪魔は宝物を隠していたっていう話が主流だね」
「宝物! まさか湖の底に?」
「その説が最も有力だ」
「まぁ。アイゼンハルト家はその宝物を回収した記録はありませんの?」
「ないようだね。その当時の大聖女が回収して持ち主に返したという話もある。つまり、宝物は熊の悪魔が盗んだという話だけど」
「悪魔のくせにやることがずるいですわね……」
「たしかにね」
人々から宝を盗んで蓄える魔の存在。
なんともまぁ、ファンタジー世界感あふれる存在だ。
そういうのは主人公が回収するのが相場である。
……聖女ちゃんがこの地に来たら何か起きたりする?
「実は、宝物には『大聖女』の力をさらに強める物があるとかはありません?」
「ううん? いや、そういう話は聞かないかな」
「そうですか……。その後、この湖は平穏なんですかね? 悪魔以外の何かが現れたり?」
クラーケンとか、ヒュドラとか。
「いや、それも聞かないね」
「あら」
「残念かい?」
「いえ、残念ではありませんわ」
じゃあ、本当にただの観光地かなぁ。事件の気配はなさそう?
でも、ちょっと宝物については気になるかも。
「……ヴィル様」
「なんだい、カーマイン嬢」
「もし、もしですよ?」
「ああ」
「私が湖の底まで探れるって言ったら、どうします?」
「……うん?」
さて。
孫悟空は、故郷である花果山水簾洞の橋の下、水の底を通って竜宮へと向かうエピソードがある。
それは手持ちの武器では心許ないと感じた悟空が、新たな武器を求めての行動だ。
孫悟空は水の中にざんぶと飛び込み、『閉水法』を唱えると、やれ、水が二手に割れて道ができ、竜王が住む場所へと通じた。
そこで竜王に孫悟空は〝武器〟を要求する。
やれ、これは軽すぎる、まだまだもっと重いものを寄越せ。
ならば武器ではありませんが、竜宮を支える〝柱〟などどうでしょう? と。
そう、それは如意棒を得るためのエピソードだ。
ついでに孫悟空の前半装備を手に入れたりする。金の冠やら鎧やら靴やらね。
というわけで。
私はたぶん、湖を割れる。そしてそこまで探索できるだろう。
「ええと、どうしようか?」
ヴィルヘルムも、流石に困惑して首を傾げるばかりだった。
でもねぇ。そこにお宝があって、私はそれを手に入れられるかもしれないし。
ちょっとした冒険、夏の思い出には、すごくいいと思わない?
しかも領主息子の許可ありならば盗掘にはならない。
そのお宝で一財産を儲けてやるぞ、ウッキッキ!




