72 ヴィルヘルムとの再会
さて。人々の生活の様子を見つつ、ヴィルヘルムに会いに行くことにする。
元から、この地に来た目的は彼と会うことだからね。
会ってどうするかというと互いに近況報告といったところだ。
ラグナ卿と解決した誘拐事件についても一応、伝えておきたい。
手紙ではすでに報告しているけどね。
治安が悪化し始めているといえど、領都内でのそういった行為は流石に見受けられない。
その分、隠れた場所であやしげな輩がひしめいているかと思うと業腹だけど……。
幸い、あの時のような魔獣災害は頻発しておらず、あとは地道な統治の問題だ。
散策しつつ、改めて領主の屋敷へ向かう。
遠目に見て、立派なものだと感心するが、我が家と比較はなしだ。
ヴィルヘルムは普段、別邸で過ごしているのかしら?
別邸で働く使用人たちはどうも彼に従う者たちだったようだけど。
孫悟空ばりの無礼を働いて、いきなり押しかけてしまおうか。
猿はだいたい無礼千万なのである。
まぁ、それは冗談として。人目のつかないところへ移り、変化を解く。
赤い髪にドレス姿となるものの、貴族令嬢が一人でこんな場所で何をしているんだという目が強くなる。
護衛なし、侍女なし、馬車なし。なしなしなし。
ぎゃてぇ。
「馬車とか用意できなくもないけど……」
さっき賊を騙したみたいに毛を馬車やらに変化させて騙すなんてお手のものだ。
ヴィルヘルムと会うのに、そんなことをする意味があるのかはさておき。
領主屋敷の近くで、ふいと現れた私の姿を見つける者もチラホラ。
門番を務めている騎士に向かって礼をする。
「こんにちは。アイゼンハルト小侯爵と会う約束をしていたのだけれど」
「は……。貴方、は?」
「マロット公爵家の長女、カーマインですわ。小侯爵閣下とは手紙のやり取りをしております」
「それは……わかりました、が」
「ええ」
「あの、一人で来られたので……?」
「ふふ、それは秘密です」
「は、はぁ……?」
私の見た目や服装からして嘘とは言い切れず、さりとて貴族令嬢がその身一つで姿をみせ、馬車も見当たらないのとなれば、もう狐につままれたような気持ちだろう。
でも、混乱する様をニコニコ微笑みながら見てあげる。
あやしくても押し通した者勝ちなのだ。
「ヴィルヘルム様は今、外に出られております……。本当です」
「あら」
まぁ、この世界、何日の何時に訪れる、と正確に決めるのは難しいところ。
ましてや私は筋斗雲で飛んできたのだ。
夏季休暇に入ってこんなにすぐ来るとは思っていなかったかもね。
「屋敷の中でお待ちになりますか?」
「小侯爵はすぐに帰られますの?」
「いえ、すぐには……」
「そうなの。どこへ向かわれたかは教えてもらえる?」
「領都の東にある商会で商談があると聞きました」
商談? まぁ、忙しいんだろうな。
「流石に商談にお邪魔するわけにはいかないわね。でも、だからって屋敷の中で待つのはいいの?」
「貴方が訪ねて来られるというのは聞いておりましたので」
あ、それは聞いているのね。当たり前か。
「じゃあ、お邪魔させていただこうかしら」
「では、どうぞ、中へ」
わりとあっさり侯爵邸の中へ招かれる私。
領主の屋敷も流石の規模間だけど、前世の物語でよく見た、門から何キロも離れたところにようやく屋敷が見える! とか、そういうタイプではない。
歩いて屋敷まで辿り着ける程度の大きさだ。
案内の者が現れたので大人しくついていくと、やはり別邸に通される。
客人として扱われるので、もてなしを受けて待つことにした。
さて。ヴィルヘルムは何をしているのか。
一人になれば、火眼金睛で探ってもいいけれど。
まぁ、そこまで焦っても仕方ない。
窮地であれば躊躇はしないけど、ヴィルヘルムを覗き視るのは、どうにも不誠実と感じて、やりたくない。
彼とはフェアに、対等な関係でいたいところだ。
そうして、しばらく待っていたところで、ヴィルヘルムが帰宅した様子。
準備が整うだろう時間をさらに待って、やがて応接室の扉が叩かれる。
「……カーマイン嬢。久しぶりだね」
「ええ、ヴィル様」
立ち上がり、互いに礼をする私たち。
ヴィルヘルム・アイゼンハルト小侯爵。
銀髪に緑色の瞳をした美形の男性。二十一歳頃で年上である。
武家の家系だからか、剣を振るい、騎士団を率いて活動もしている。
穏やかで理知的な雰囲気だけど意外と武闘派かな?
この地の魔獣災害の際、一緒にキメラと戦ったことから縁ができた相手だ。
「ずいぶんと来るのが早かったね。まだ夏季休暇に入ったばかりだろう?」
「ふふ、ヴィル様に会うために飛んできたのです」
文字通りにね!
「そうか。まぁ、座ってくれ」
メイドが私たちの前にあるテーブルに紅茶を用意してくれる。
対面のソファーに座ったヴィルヘルムだが……。
「お疲れの様子ですね。また日を改めましょうか? 私は構いませんよ」
夏季休暇、つまり夏休みだし。夏休みの学生は最強なのだ。主に時間感覚が。
「ん……。いや、せっかく来てくれたんだ。ぜひ話をさせてほしい。君と話したいことが山ほどあるんだ」
「では、ヴィル様が無理をしない範囲でなら」
「ああ」
互いに紅茶を一口嗜んでから。
「ざっくりと聞きますけど、その後どうでしょう?」
「領地の復興は順調だよ。人的被害を抑えられたのが大きいね。それにマロット公爵家からの支援もあった。ありがたいことだ。すでに公爵へ感謝の手紙は送ったけれど、改めてカーマイン嬢にもお礼を言っておく。ありがとう」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
ヴィルヘルムが生きていたこと、領民の犠牲が抑えられたこと、速やかに支援が決まったこと。
これでかなりアイゼンハルト領の被害は抑えられたようだ。
しかも聖女の治療アフターサービス付き。至れり尽くせりである。
「今日は復興のあれこれで忙しかったのですか?」
「それは……」
あら。ヴィル様、何やら目線を逸らして。
もしかして問題が起きているのかしら?
万事がうまくいくものではないでしょうけど、大変なことだわ。
「カーマイン嬢に話したかったことがいくつかあるんだよ。それに手紙に書かれていた件も気になるね」
「ええ、そういった面も含めて情報交換がしたいと思っています」
「そうか」
ヴィル様は少しだけ戸惑う様子を見せながらも私から目を離さない。
「実は、過去の聖女や、その力をどう使ったかについて調べていた」
「聖女ですか?」
「ああ。あのキメラの体内から出てきた水晶については王宮に提出したんだが……」
提出したんだ!
「もし、噂のギフト複製の水晶と同じ物だとしたら、何かわかるかもしれないからね」
「なるほど」
一緒っぽいなぁ。黒幕がどこかにいて、同じ系統技術が使われているっぽい。
「もし、聖女の『破魔』の力や『浄化』の力が有効なのだとしたら、そういう力を複製して、自分たちで確保しておくためかもしれないだろう? 流行り病とその薬を用意するようなものだ」
「流行り病と薬……」
完全に工作活動ね。けど、なるほど?
なんで聖女の力を複製したがっているのかについて、そういう使い方の可能性もあると。
魔獣兵器を抑制するための、聖女兵器の確保ね。
「過去には悪魔と呼ばれるものが存在していて、昔の聖女はそれを退治したという話が残っている。そういうこともあって教会は『聖女』や『大聖女』といったギフトを宿す者を象徴として扱うようになったようだね」
「そうなんですね。過去には『大聖女』もいたんですか」
「いたらしいね。どう違うのかは、ちょっとはっきりしないなぁ」
へぇ、いたんだ、大聖女。
そういえば大司教に『大聖女か?』みたいなことを聞かれた気がするなぁ。
なんの、私は大聖女ではなく、大聖にございます!
どうか私の罪を許し、大慈をたれたまい!
とくにこの金の輪めを外していただきとうぞんじます!
「それで、聖女の力は、本当に悪魔とやらに効果があったらしいんだけど……」
「ええ」
「その、過去で悪魔退治をしたという話の舞台になった場所が、アイゼンハルト領にあるんだよね」
「あら、この地に?」
近いわね! イベント発生場所が!
いやぁ、推定ヒーローの領地だし、そういうのも残っているのかしら?
実は聖女のパワーアップイベントが未来で起きる予定だったり?
「ああ、どうかな、カーマイン嬢」
「……? どうとは?」
「俺と一緒にその地へ行ってみないか」
「ええ?」
ヴィルヘルムからの、まさかのお誘いだった。




