71 アイゼンハルト領
「はい、これでよし! みんな、なまか!」
私は物資輸送の一団を襲おうと企てていた賊たちを縛り上げた。
とりあえずアイゼンハルトの衛兵にでも突き出そう。
そうこうしているうちに、街道の向こうから襲われそうだった一団がやって来る。
「これは、いったいどうしたことでしょう?」
街道の端に寄せているけれど、流石に目立つ私たちの姿に目を止めた御者が尋ねてくる。
私は口元を隠していた布を下げて答えた。
「賊に襲われたんですけど返り討ちにしましたわ!」
「ええ……?」
私は如意棒を元気いっぱいに振り回してからダンッ! と地面を叩いてみせた。
孫悟空の見栄切りである。
ちなみに口元を隠す布を下げても頭は覆うように布を被った状態。
騎士風の衣服で、長い髪は三つ編み状態だ。なお、赤毛というより赤寄りの茶髪状態。
服装もチャイナドレス……ええと、チーパオ? で、統一した方が様になったかしら?
「いやぁ、助かりました、クウゴ様」
「いえいえ、こちらこそ拾っていただいて助かりました。最近この辺り、賊が集まっているらしいと噂になっていてねぇ」
というわけで『世直しクウゴ』として商団の馬車に乗せてもらう私。
捕らえた賊たちは強く拘束し直して、荷物のように運んでもらう。
また念のために『定身法』を使い、金縛りにしておいた。
これで逃げて暴れるということもない。
定身法は、孫悟空が天界で桃を盗み食った際、西王母の使いである仙女たちを留めた術だ。
戦闘中はさておき、打ちのめしたあとの賊たちならば格段に効くだろう。
それにしても賊かぁ。
この辺りで都合よく『猪八戒』に遭遇したりしないかしら?
西遊記の仲間たちといえば、罪を犯しては叱られて反省して、が定番。
意外とこういう悪者たちの中にこそ猪八戒の野郎がいたりするかもしれない。
ぜひ、ギフト寄りに私のことは兄貴分、否、姉貴分と慕うような者であってほしい。
なんだかんだ『紅孩児』のラグナ卿と出会ったのだから、西遊記のギフト持ち同士は引かれ合うとか、そういう設定があったりしない? ないか。
西遊記の、本格的な原典の物語は百話を越える長編ファンタジーだ。
そんな物語の中から誰が敵として出てくるか予想するのは無理だろう。
私なんかからすれば牛魔王よりも紅孩児、哪吒太子の方が出てきそうだと思ってしまう。
たぶん黒幕ポジションは玉面公主で羅刹女は被害者! とかね。
私の知識の出発点は原典ではないので……えへへ。
「魔獣の襲撃など、あれからあるのでしょうか」
「いえ、アイゼンハルトの騎士たちが巡回していますので、あの時ほどひどいものは聞きませんね。ただクウゴ様が耳にされたように、あのような賊がチラホラと現れる次第でして……」
「まぁ」
口から出まかせだったんだけど、実際にそうなのか。
魔獣被害で家を追われてやむなく、という雰囲気でもなかったし。
どうにも今が稼ぎ時だと、この地にやって来た様子よね。
なんらかの手掛かりにはなりそうにないなぁ。
「ですが、ご安心を。この地にはヴィルヘルム様がいらっしゃいますから」
「小侯爵閣下?」
「ええ。なにせ彼はこの地の民にとっては英雄ですからね」
「英雄……」
「なんでもヴィルヘルム様が件の魔獣災害の際、魔獣共の首領を討伐したことで、この地の被害が収まったらしいのです」
「ああ、その話は私も聞きました。素晴らしい功績ですわね」
「はい! それはもう!」
おお、ヴィル様、英雄扱いされている。これは元から地元の評判もいい奴ね、きっと。
功績まで挙げてしまった完成形お兄ちゃん。また弟がコンプレックスを拗らせそう。
しかもヴィルヘルム本人は私の助力もあってのことだと考えているだろうから、この一件で褒められても謙虚な態度を崩さないだろう。
すると、ますます人々はそんな彼を評価するわけだ。
実力もあり、実績も作りながら、決して驕らず、素晴らしい人物だ、と。
まったく、誰のせいでそんなことになったのだか。
キメラをけしかけた奴が悪いわね! うん!
「それに〝赤の妖精〟様もいらっしゃいますから」
「……赤の妖精?」
あら、何やら冷や汗が出そうな響きの名前。
「魔獣災害の際、アイゼンハルトの民の多くを救い、さらに魔獣を森へと追い返してくださったんです。多くの者が助けられました。それゆえ、赤の妖精様が今、領地で人気なのです」
「それはまぁ」
そっちも噂になるかぁ。明るい噂だから広まるわよねぇ。
でも前回限りのサービスなので、その妖精は常駐していないのだ。
頼りにはしないでほしいところ。
「商人さんはアイゼンハルト領の出なのですか?」
「ん、ええ。そうです。家族が暮らしています。どうにかあの件でも命を拾いました」
「そう。ご家族には被害は?」
「幸い、なんとか無事で済みました。ヴィルヘルム様にも、赤の妖精様たちにも感謝しても、したりません」
「……それはよかったわ」
そのせいで運命が変わったかもしれない男が一人いるけど。
多くの命が助かったことの方が大事よね。
それから馬車に乗って領都に着き、衛兵に男たちを引き渡す。
街は、ところどころ荒れたままであるものの、人々の活気は溢れていた。
復興に向けて動いている様子ね。
彼らの空気に絶望的なものはなく、前向きな様子だ。
ヴィルヘルムが生きているし、どうにか魔獣たちも撃退した。
英雄が守る領地ということで心の拠り所にもなっているのだろう。
倒したあとのキメラの死骸は、おそらく研究のために持ち帰っただろう。
すると、その異様を目撃した者も現れて、それを倒したヴィルヘルムが、ますます英雄として評価されるのだ。
悪くはない雰囲気ね。
「……ん?」
街の中を、様子を見ながら歩いていると、ある物に目が留まった。
場所は屋台みたいな商店が並んでいる活気のある通り。
貴族より市井の民が暮らしている雰囲気のある場所。
商店が並べた商品の一つは……赤髪の妖精っぽい見た目をしたぬいぐるみだった。
「こ、これは」
「ああ、それかい? 『赤の妖精』様をモチーフにしたお守りだよ。買っていくかい、お嬢ちゃん」
「えええ……?」
まさか、すでにグッズ化している!? しかもお守り!?
御利益ないわよ!?
いや、あるのかしら。ギフトは借り物だけど、その中身は神仏に至った猿だもの。
いやいや、でもねぇ。
この世界ではそれ、私だし!
「……人間って逞しいわねぇ」
思わず人外じみたことを呟いてしまった。




