70 幕間 夢
私は歩いている。場所は王都だ。王都から出ようと歩いている。
どうしてこんなところを歩いているんだっけ……。
曖昧な思考で目的を思い出そうとするけど、うまく思い浮かばない。
「セラフィナ」
「……ヴィンセント殿下」
「大丈夫かい?」
「……はい、大丈夫です。私がやらないといけないですから」
「無理をするな、……フィナ」
「殿下、いえ、無理はしていません」
「まだ先日の傷が癒えていないじゃないか」
「でも、早く終わらせたいんです。カーマイン様のためにも……」
え? と自分の発した言葉を疑問に思う。
ただ何が疑問なのかわからない。
「彼女のために君が傷つく必要なんてないのに」
「ですが私は思うんです。もっと他の道があったんじゃないかって」
「……君は優しいな、フィナ」
ヴィンセント殿下の手を借りながら歩き、瓦礫で崩れた王都を進む。
馬車を出すのは難しい。今はどこも瓦礫が道を塞いでいて通れないからだ。
こんな時に私やヴィンセント殿下が王都を離れるなんて。
そう思うけれど私は止まれなかった。
早く、早く、終わらせないと。そう思って。
「殿下、セラフィナ嬢、こちらへ!」
「ジーク! どうしてここに?」
ジークくんは片腕に包帯を巻いていた。
腕が折れてしまっていて支えが必要な様子だ。
今、私の力が使えれば、すぐに治してあげられるのに。
「どうせ、フィナのことだから無茶をすると思ったんです。殿下がそれに付き合うだろうってことも予測していました」
「……まさか、お前に行動を見透かされるとはな」
「あいにくと俺が見抜いたんじゃないですよ」
「ん?」
「ほら、あっち」
ジークくんが指差した先には、ジュリアンくんとベンくんがいた。
どうやら私たちの行動なんてお見通しだったみたい。
「はは……。私も単純になったものだ」
「ふふ、私たち、そんなにわかりやすかったんですね」
私とヴィンセント殿下は互いに微笑み合う。
みんな傷ついていた。傷だらけだった。それだけ激しい戦いだったのだ。
私が力を使えればすぐに治してあげられるのに。そう思うけれど。
なんだか満身創痍でこんなふうに過ごすことがおかしくて。
沈んでいた気持ちが少し晴れやかになる。
「行こう。皆で一緒に」
「はい!」
私たちは王都をあとにし、目的地に向かう。
場所はそう遠くない。そこは王都を出た先の丘の上にある。
目的地は……カーマイン様の、お墓だ。
そこは誰も訪れない場所だった。
ただ見晴らしだけがよくて、王都を望める場所。
本来なら、彼女の身分でこんな場所にお墓が作られるはずはない。
でも、彼女の身分はすでに剥奪されていた。
剥奪であり、除籍。とうの昔にマロット公爵家から彼女は籍を抜かれていた。
だから今の彼女は……生前の彼女は平民だった。
公爵家の墓には入れられず、家門の誰もお墓参りには来ない。
私たち以外の誰も訪れない、寂しいお墓。
「ここが……」
「はい。私が秘密に作ってもらった、カーマイン様のお墓です」
彼女のお墓がここにあることは私たちと、このお墓を作ってくれた人以外の誰も知らない。
知られるわけにはいかない。
だって、そうしなければ彼女は静かに眠れないだろうから。
「この墓を暴くのか?」
「違うよ、ジークくん。そんな必要ない」
私は鞄から、ある物を取り出す。
それは水晶だった。中身の入っていない、透き通った綺麗な水晶。
「フィナ、それは!」
「えへへ。一つ、隠しておいたんです。いえ、隠しておいたのは一つだけじゃないんですけど」
白状しながら、私は鞄の中の物を取り出して、みんなに見せた。
「これは、まさか……」
「……はい」
取り出したのは、光とも炎とも言えないものが込められた水晶。
そんな水晶が四つ。これらは私たちの長い戦いの記録そのものだった。
グラムザルト王国の民にとっては……忌み嫌う存在になり果てたもの。
取り出した水晶はどれも球状で、透き通ったガラス玉のような存在感を示している。
私は、五つ目の透明な水晶をカーマイン様のお墓の前に置く。
「大丈夫なんですか? もしかしたら、また」
「大丈夫です。私を信じてください。この子は、この方たちは、もう暴れません。わかるんです。私には伝わってくる」
私がそう告げると、みんなは互いに視線を交わす。
そうして困ったように笑って。
「……フィナのやりたいようにやるといい。責任は私が取ろう」
「殿下……。ありがとうございます」
殿下と見つめ合い、頷き合う。
ジークくんやベンくん、ジュリアンさんも認めてくれた。
私は改めてカーマイン様のお墓に向き合う。
「どうか……」
祈る。ただ、ただ純粋に。力が使えなくても、ただ祈りを捧げる。
そうすると、お墓の下から光が溢れ出して、水晶に入り込んでいった。
「……揃った」
そう思う。五つの存在。魂とも、なんともいえない何か。
それはきっと人の身では測れないほどの。
「五つの魂、いいえ、五柱の神様、どうか、その姿を!」
願い、祈りを捧げると、パキパキという音が水晶から響く。
パリン!
五つの水晶が割れて、私たちの前に五柱の神様たちが姿を現した。
「これが……!」
息を飲む。その圧倒的な存在感に気圧されそうになる。
五柱の神様たちは人の姿にも見えるし、或いは怪物のようにも見えた。
輪郭がぼんやりとした光の塊が、神様たちの姿をしているのだ。
四柱は二足で立つ姿、一柱は馬の姿をしている。
偉大な存在。けれど今はもう恐ろしくはない。
なぜなら彼らは穏やかに笑っている……気がするから。
ここにあるのは神様たちの一部に過ぎない。
彼らが神様そのものであるなら、きっとこんなことにはならなかっただろう。
「これが異界の神たちの、真の姿」
「災厄の元凶……」
違う。そうじゃない。
「それは違うよ、ベンくん。彼らは、ううん。この方たちは、その力を使われただけ。意思だって、ほとんどなくて。こっちの世界に一部が引き込まれて……あいつらに利用されたの」
災厄とまで呼ばれた大災害。それは自然現象ではなく人災だった。
異界の神様たちの力を悪用し、人々を苦しめた人たちがいた。
計画的に、或いは感情的に。
……その中の一人は、このお墓に眠る彼女で。
だけど、もうそれも終わりだ。
「こちらの世界の者が迷惑をかけました。どうか、お気を鎮めて、元の世界にお帰りください」
真摯に祈りながら、お願いする。
彼らが微笑んだかと思うと、その変化はすぐに起きた。
馬の姿をしていた神が細長い蛇、いえ、遠い国に伝わる〝龍〟の姿へと変化し、他の神様たちとともに天へと舞い上がったのだ。
五つの球水晶が揃い、封じられていた神様たちは龍となり、空へ昇る。
あっという間に異界の神様たちの姿は見えなくなった。
「……終わったのか」
「はい、きっと」
長い闘争だった。見えない影を追うような日々だった。
そして、多くの犠牲を出してしまった。
第一王女殿下も、ジークくんのお兄さんも、ジュリアンさんの家族も、ベンくんの弟も。
ヴォルテール辺境伯家も、西国の若き女王陛下も。
数え切れないくらいの犠牲を出して、ようやくこの国の影に潜む彼らを倒せた。
この事態を招いた彼ら、■■■■■をもっと早くに見つけ出して、どうにかできていたら。
そう思って後悔しても、二度と帰ってこない人たちが……あまりに多い。
「これからだよ、フィナ。私たちには、この国を立て直す役割がある」
「……はい。ヴィンセント殿下」
「私は王となる。フィナ、その時はどうか、私のそばにいてくれるかい?」
「……!」
息を飲む。私はカーマイン様のお墓に視線を向けてしまう。
「……彼女はもういない」
「はい、わかっています。ただ」
私がこれから歩く道を、歩いていたかもしれない女性に。
まったく違う道が彼女にはなかったのかと、きっと一生思い続けるのだろう、と。
肌を焼かれて、心を壊して、道を間違ってしまった人。
それでも、きっとヴィンセント殿下に心惹かれていた貴方。
「ヴィンセント殿下。これからよろしくお願いします。私は、この国を、みんなを助けたい。貴方と一緒に」
そう答える。胸を張って、彼女に恥じないように。
だから、私は……またここに来ます。
私は最後の荷物である紙に包まれた花を取り出し、丘の上の小さなお墓に供える。
私が彼女に何かをしてあげられたかも、なんて。
そんな後悔で未来を曇らせない。
「どうか、そこで見ていてください、カーマイン様」
私はもう振り返らず、お墓に背を向け、王都へと帰る。
殿下と一緒に、みんなと一緒に。
………………。
…………。
……。
「ハッ!」
私はガバッと跳ね起きた。
場所はベッドの上。見知った天井。
ここは王立学園、学生寮の、私の部屋だ。
「…………んあ」
頭を振って、ぼんやりとした頭をなんとか覚醒させる。
「……なんか変な夢、視たぁ……」
大事なことだったような、どうにも切なかったような。
思い出そうとしても内容がまったく思い出せない。
うーん……。なんだろ、何か重要なことがあったような?
「わかんないや……」
どうにも気が緩んでいたみたい。
だって今日から夏季休暇なんだもの!
「そうだ! 夏季休暇!」
夏季休暇に入ってから殿下たちが手配してくれた護衛と一緒に家に帰る予定だ。
しかも、道中で各地の領主と面談までする予定!
私が『聖女』のギフトを役立てたいと願って、あれよという間に叶ったこと!
「帰りの道中もマイン様と一緒がよかったなぁ」
だってヴィンセント殿下たちと一緒とか緊張するもの。
いえ、それを言ったらマイン様もそうなんだけど。
マイン様って、なんだか他の高位貴族の人たちと雰囲気が違うのよね。
こう、なんだか一般人というか、それこそ市井の民と同じ空気感というか。
私が領地で交流していた普通の人たちと一緒な感じ?
やっぱり慈善活動とかで市井の人たちと交流することが多いのかなぁ。
公爵令嬢様なのに、市井の普通の人だなって感じることが多いの。
本当、なんでなのかな? わからないけど。
まぁ、私がそう感じているだけなんだけどね!
『庶民っぽいですよね』なんて、口にしたら流石に失礼だから言えないわ。
もちろん良い意味で感じていることなのよ。親しみやすいってこと。
私はカーマイン様のことが好きだと思う。
だから身分は違うけれど友人のような関係でいたいなってそう思う。
「って、そんな場合じゃない! 殿下との待ち合わせに遅刻する!」
私は急いでベッドから飛び出して、準備を始めるのだった。




