69 空の旅、地上の賊
「ウッキー!」
ただいま絶賛、空の旅!
私は筋斗雲に乗って王都の南側へと飛んでいく。
公爵令嬢がおいそれと単独行動するなというのも、なんのその。
身代わりをちょいのと用意して、私は今日も自由である。
不老不死になることを怖れていた頃が懐かしい。
今、気をつけているのは、せいぜいが殺生禁止ということくらい。
あとは、もはや孫悟空。私の行く手を阻む者はなし!
「いやぁ、調子に乗るわぁ、これは」
ギフト『斉天大聖孫悟空』。まだまだ発揮していない力が山とある。
向かうところ敵は……わりとあり!
いや、実はあるのよねぇ。うん。
孫悟空、イメージからすると最強も最強なんだけど。
そもそも原典の時点で苦戦は、わりとするのである。
まぁ、それはそうだという話。
如何に千変万化、一騎当千の力ある猿といえど、ならばこそ強敵と相対しなければ、なんの面白味もない。
強い敵と戦うからこそ、読者は孫悟空もまた強く感じるのだ。
まぁ、現代日本で必ずしもそうだったかというと疑問かもしれないが。
雑魚を軽く打ち払うのと同じくらい、強敵と打ち合うのもまた重要なのだろう。
「私は別に強敵なんて求めていないんだけどねぇ」
とはいえ、そうもいかなくなったのがラグナ卿との出会いである。
推定ギフト『聖嬰大王紅孩児』持ちのラグナ卿。
私だけならばまだしも、他にも西遊記由来のギフト持ちと出会ってしまった。
幸い、ラグナ卿は私と敵対する感じではない。
むしろ友好を育めそうな人物だった。
しかし、前例が現れた以上、他にもいるかもしれない。
「うーん……。いるとすれば、だけど」
西遊記のメインどころから挙げるなら、まずは孫悟空の仲間たち。
『玄奘三蔵法師』。
『天蓬元帥猪八戒』。
『捲簾大将沙悟浄』。
三蔵法師が乗る馬にして正体は龍である『玉龍』。
孫悟空の、かつての義兄弟にして七大聖の残り六聖。
『平天大聖牛魔王』。
その他、残りの五大聖。
『金角大王』『銀角大王』のような大王たち。
孫悟空の故郷、花果山を占領していた『混世魔王』を始めとした驚異的な魔王たち。
牛魔王の妻であり、紅孩児の母『鉄扇公主羅刹女』。
牛魔王の第二夫人『玉面公主』。
果ては天界で大立ち回りする神仏、『赤城王二郎真君』。
天界のエリート軍神、『三壇海会大神哪吒太子』。
……などなど。挙げていけばキリがない。
仮に、これらのギフトが本当にこの世界に現れているのなら、もはや西遊記世界による、異世界の乗っ取りである。
もし、そうだったならどうしたものかしらねぇ。
そんな状態の世界で孫悟空をやれって、かなり無茶振りなんだけど。
でも、一人は出てきちゃったからなぁ。
私基準で考えると『紅孩児』はまぁ、出てきてもいいくらいのメインキャラだ。
なぜって、それは別作品で五人目の主役みたいなものだったから。
なんの根拠にもなっていないけど。
どうなのかしらねぇ、本当。
「お師匠様、捜した方がいいのかしらねぇ、やっぱり」
敵対したくないなぁ。私、一方的な不利よね、絶対。
本人同士ではなく、あくまでギフト持ちだからどういう立場か不明なのよね。
逆に西遊記で敵対していたとしても、現実のギフト持ちは友好的な場合もある。
ラグナ卿の『紅孩児』はその視点だと微妙なところだ。
敵対はするものの、最終的には友好的な存在だから。
「適当に捜したら、私の内なる孫悟空が三蔵法師を見つけてくれるかしら?」
孫悟空は、自分が死にかけたことより、誘拐されたお師匠様を気にかけたりする。
そういうところを猪八戒にからかわれるくらいだ。
それは旅の果てに得た精神性かもしれないが……。
何よりも三蔵法師を大事にする面があるところこそ、孫悟空の魅力の一つだろう。
ただの暴れん坊では終わらないのが孫悟空なのだ。
果たして私にとって、そんな存在がフィナさんなのかどうか。
「お師匠様はいらっしゃらないかしら、と」
空の旅に遮るものはない。
だから、ひとっ飛びで、あっという間に移動ができる。
でも急ぐ旅でもないので、ゆるやかスピードで移動中。
だって落ちたら怖いもの。
「……あら?」
そうして、なんとなく地上を見下ろしてみたところ。
ギフトで変化した私の眼、火眼金睛が地上のある光景を視界に捉える。
それは一つの集団だった。
「……あれは」
街道を挟むように森の陰に潜む者たち。
明らかに隠れている様子で、さらに武器を携えている。
どこぞの騎士団の演習という線もなくはないが。
「…………」
筋斗雲を静止させ、空からその様子を注視する。
服装はとくに整っていない様子で、騎士の変装という雰囲気ではない。
というより、見るからにならず者といった具合だ。
流石に見た目だけで判断するわけにはいかない。
森の陰に潜んで何をしているのかが問題だ。
空からでなければ、私の眼でなければ気づかないだろう。
街道を張っている様子ならば、その先は。
私は街道の先を視る。
かなり離れた場所を進んでいる一団を見つけた。
「商隊……。いえ、物資を運んでいるのかしら」
この道の先はアイゼンハルト領だ。魔獣災害に遭った領地である。
私とヴィルヘルムによって、被害は抑えられたはずだけど、それでも被害には遭った。
領地復興と魔獣対策で騎士団が動いているだろう。
復興のために物資を集めるのも仕事のうち。
しかし、そういう状況であると知られれば、治安が問題となる。
なにせ物資は集まるが、治安維持のための戦力は他所に割かれるのだ。
賊にとっては、おいしい狩り場といったところだろうか。
「嫌になるわねぇ」
日本と比較にならないほど全体的な治安がアレだ。
日本の治安のいい部分しか知らなかっただけで、裏まで知っていたわけではないけれど。
とにかく、こういうこともあり得る国ということだ。
治安のいい都市部ならともかく。
公爵令嬢が一人でお出かけしていい世界観ではないのである。
わかったかしら、どこかのマロット公爵令嬢。
空を移動できて楽だからって調子に乗っていたら危険なのよ。
はい、先生。善処します、できるかぎり。
「なんて言っている場合じゃないわね」
賊かどうかは判断しづらいけれど。
襲われそうだとわかっていて黙って見てはいられまい。
さて。どうしてやるか。
「隠れたまま襲ってもいいんだけど……」
まだ何もしていないうちから、それはねぇ。
相手が手を出してからか、現行犯はいいけど。どっちが悪者だかわかりやしない。
「なら、こうね!」
筋斗雲は地上へスーッと降下していき、まだ物資を運ぶ一団と、待ち構える賊の間くらいに。
やや賊寄りの場所ね。
地上に降り立った私は、髪の毛を数本切って、フッと息を吹きかけた。
「七十二変化、変われ!」
物資を運ぶ馬車と、それを引く御者の偽者へと変じる。
さらに私も服装を変えて、如意棒を杖代わりに持ち、賊のいる場所を通りがかってみせた。
顔を隠して、頭には布を巻き、服装もスカートから動きやすい騎士服スタイルへ。
口元もマスクのように隠す布を帯び、どこの暗殺者かという格好だ。
ついでに体型を隠すローブも羽織っておこう。
「へへ」
すると賊たちはやはり姿を現し、私の前に立ち塞がる。
「止まりな!」
言われた通りに止まると、一気に賊たちが私と偽の馬車を取り囲んだ。
「……いったい、私共に何用でしょう?」
「荷物を置いていきな」
「荷物を?」
別に偽物の荷物だから置いていってもいいんだけど。
「なぜでしょう?」
「なぜかって? お前らが命を惜しむからだよ」
うーん。強盗。強盗殺人。治安終わり過ぎ。
前世でこういう場面に遭遇しなかった私は恵まれた環境だったんだろうな。
それは今世もか。なにせ公爵令嬢だからね!
完全に公爵令嬢の仕事でも義務でもないと思うが……乗りかかった船である。
「それは、暴力を行使して私たちの荷物を奪う。場合によっては人殺しもする、という宣言でよろしい?」
「ああ? 小難しいこと言ってんじゃねぇぞ!」
ふむ。まぁ、そういうことだろう。
しかし、相手が殺す気であったとしても、こちらは殺生禁止である。
だが絶望することはない。何故なら私は……孫悟空だから!
「では。私たちは抵抗を選びます」
私は如意棒を構えて前に出る。当然、御者の偽者はピクリとも動かない。
「ほう? 命知らずだが……後悔するんじゃねぇぞ!」
リーダー格らしき男の指示で突撃してくる前衛の二人。
「はい! はい!」
それに合わせて如意棒を振るう。もちろん殺さないように気をつけながら。
「ぎゃ!」
「ぐぇっ!」
あっさりと吹っ飛ばされる賊二人を見て、余裕だった賊の仲間の表情が変わる。
「てめぇ!」
「野郎共、容赦しなくていい! 殺せ!」
よーし、とりあえずラグナ卿のような強敵はなし!
これなら楽勝ね! 如意棒を叩き込んでやるぞ、ウキーッ!
「ぎゃっ!」
「ぐぇええ!」
「おぼぉっ!」
「はい! はい! はい!」
基本の棒術と剛力でどうにでもできる相手のようだ。
私は、あっという間に賊共を退治してみせる。
「ぐぁあっ!」
ドシン! と大柄な男が地面へと叩きつけられる。一丁上がり、っと!
「うっ……くぅ。この人数相手に……。この野郎、てめぇ、何者だぁ!?」
そんな三下みたいな物言いされてもねぇ。
名乗るわけなくなーい? まぁ、別にいいけど。
「何者か。そうね。教えてあげましょう」
私は顔を隠したまま、如意棒の先をダンッ! と地面に打ち立てる。
「私はクウゴ! お前たちのような者をこらしめ、世直しをする者よ!」
あの世で私に詫び続けなさい!
第三章 天蓬元帥 開幕です。
参考のためにドラ〇もんの『パラレル西遊記』をネトフリで観てきました。
そしたら、がっつり紅孩児と羅刹女、出てました。
まったく記憶に残ってなかったー!
出てたの、紅孩児!? しかもわりとメイン寄り!
西遊記の敵って正直、一番印象に残っているのが金角・銀角で、他は牛魔王くらいしか覚えていなかったかもしれない。




