66 後片付けとお別れ
「ハハハハ!」
「うわ! なんだ!?」
夜中だが王都は人通りが多い。そんな中を車輪に火炎を纏った五行車が疾走する。
しかも賊を後ろに引きずりながら。
目立ちすぎ。堂々とギフトを使うわねぇ。きっと隠していないんだろうな。
私も、もっとオープンにしていくか。……だめよねぇ。
今のところ私のギフトは、ヴィルヘルムとラグナ卿が少し把握しているくらいだ。
「ねぇ、あれ、何?」
「ドレスの、貴族令嬢の御者?」
ドレス姿で馬車の御者をしている私も目立っていた。
火炎の車輪で前を走るラグナ卿ほどではないと思うが……。
地味な服装に変身しておけばよかったかしら。
いや、ここからは身分を出すつもりだから見た目でわかりやすい方がいいわよね。
街の衛兵の詰め所に、あのままの状態で乗り込むラグナ卿。
すわ、賊が攻めて来たのかと慌ただしく兵たちが出てくる。
「賊を捕まえてきたぞ! お前たち、こいつらを改めて拘束してくれ!」
「ぞ、賊?」
「ああ! 俺の名はラグナ・ヴォルテール! ヴォルテール辺境伯の子だ!」
「ヴォルテール卿!」
派手ねぇ。わかりやすくていいかしら。
私は彼が進んで開いた道を悠々と進み、詰め所に辿り着く。
まだ救出した彼女たちは寝ているみたい。
実は彼女たちを眠らせてから、まだ数時間も経っていないのよね。
私とラグナ卿は事件についてわかっていることと賊の引き渡しの手続きを進めた。
私たちの身分もあり、きちんと対応してもらえたわ。
何よりラグナ卿があっという間に衛兵たちに受け入れてもらえていたのが大きい。
やはり同性から好かれる兄貴キャラか。
さて、ここからもまた忙しい。
賊たちの対応もそうだが、学園がダンスパーティーを開いた会場。
あそこに隠し扉があり、その部屋に賊の一人を捕らえていることを報告。
ここに来るまでに術を駆使して、いろいろと確認や準備をしておいた。
分身をこっそり飛ばして、トビアスを改めて拘束しておいたの。
ちなみにトビアスは、ひょうたんの中で〝酒〟になる前に出されていたわ。
ミニたちは命令通りに出してくれたのね。今後ともセットで運用することになりそう。
遠隔で紫金紅葫蘆は消しておく。
トビアスの逮捕をしてもらうついでに隠し扉についても調べてもらう。
後日、学園にも事情確認をするように手配して……。
面倒くさい部分は、だいたい全部ラグナ卿の手柄ってことにしておいた。
いや、だって説明が難しいんだもの。
ラグナ卿は、先日から王都近隣での事件を追っていたようなので信憑性もある。
偶々そのことを知った私が彼に協力した形だ。
どこの伯爵家かわからないバカタレ三人組については改めて調べてもらうことに。
借金の帳消しがどうとか、賭け事がどうとか言っていたと伝えておく。
もし、家名を持ち出すならマロット公爵家とヴォルテール辺境伯家が相手となると伝えてもいいように言っておいた。
お父様に報告することがまた増えるわねぇ。
「今日はこんなところか」
「そうね……。夜中なのに、お仕事お疲れ様と言いたいわ」
長い一日だったなぁ。
まさか、こんなことになるとは思わかった。
火眼金睛で確認したところ、エミリア嬢は無事にフィナさんに拾ってもらえたみたい。
ヒロインが動けばヒーローも動くというわけで彼らに保護されている。
近くにはベネディクト氏もいたので、あっちは大丈夫そうかな。
証言の整合性とか追っていくと、また変な話にはなりそうだが……。
それもまた後日の問題として今夜は棚上げしておこう。流石に私も疲れているもの。
「カーマイン、マロット家の屋敷まで送ろう」
「……ラグナ卿は、まだ証言を求められているのでは?」
「お前を送ったあとでまた帰ってくる。流石にいい加減、貴族令嬢が出歩く時間じゃあないだろう」
「……まぁ、そうよね」
ふふ、公爵令嬢の夜歩き。ダンスパーティーを抜け出して、どこで何していたんだか。
いや、本当に何をしていたの? どんな噂が飛び交うやらね。
家に迷惑はかけたくないものの、正直この先のことを考えると、いちいち醜聞なんて気にしていられない気がする。
今回みたいな事件の場合、そんなことを言って躊躇していたら犠牲が出かねないもの。
もう、なるようになれ、という気持ち。
それよりも王国の裏で暗躍している黒幕を壊滅させたい。
表向きの令嬢生活を安定させたところで、裏側の何かを解決しないことには平和が訪れないのだ。
元からヴィンセント殿下の婚約者になるつもりはないし。
家も継ぐ気はなく、また別に家を継ぐ弟がいる。
とくにどこかの名家に嫁いで縁を繋がないと困る状況でもない。
両親から私への愛があり、今は自由にさせてもらえている。
当面の私の目的は、緊箍児を外すこと。
その手掛かりが王国を取り巻く陰謀の解決で、ヒロインちゃんの救済と見定めている私。
これからはギフト『玄奘三蔵法師』持ちを捜すのも追加かしら。まぁ、ほどほどに。
「エスコートをお願いできる? ラグナ卿」
「おう! それから」
ラグナ卿は、私の正面に立ったかと思うと姿勢を正し、頭を深く下げた。え?
「すまなかった。勘違いして襲ったことを改めて謝らせてくれ、カーマイン・マロット公爵令嬢」
「あ、ああ……そのことね」
「それに、助けてくれてありがとう」
「助ける?」
「被害者の彼女たちのことだ。恐ろしいことに俺の手で彼女たちを殺すところだった。それを貴方が防いでくれた。この件で謝るべき相手は彼女たちかもしれないが貴方にも謝らせてくれ」
ラグナ卿は礼を尽くし、頭を下げてくれた。
間違ったことは認めて改められる人のようだ。
「頭を上げてください、ラグナ卿。謝罪は確かに受け取りました。感謝も」
私が許可を出すとラグナ卿は頭を上げる。
「過ぎたことで私はそこまで気にしてはいません。ですが確かに過失で被害者たちを巻き込むところでしたね。けれど打ち明けます。その責任は私にもあります。もし、あの場に私がいなければ、きっと貴方が彼女たちを殺してしまいかねない事態にはならなかった。お互いに反省するべき点がある話だと私は思います」
「……そうか」
「はい。ですから、互いにこれからも気をつけていきましょう。力を持つ者として」
「わかった。今回の件を含め、そう肝に銘じる」
ラグナ卿は真面目な顔を続けて言う。
「俺を止めたこととは別に、感謝を。今夜、貴方が何人もの人を助けた。そのことを彼女たちは知らないままかもしれないんだろう?」
「……まぁ、そうですわね」
エミリア嬢が辛うじて覚えているかどうかくらい。
アジトにいた四人は私の顔すら見ていないだろう。トビアス姿だったからね!
「だが俺は知っている。だから彼女らの代わりに貴方に感謝を。カーマイン・マロット」
「……ありがとうございます、ラグナ卿」
ヴィルヘルムにも似たようなことを言われたっけ。
ふふ、タイプが違うのに、こういうことを言ってくれる人はいるのねぇ。
「じゃあ、帰るか!」
途端に改めていた言葉遣いが戻るラグナ卿。典型的、貴族らしさが外面だけの人だ。
帰りは流石に普通の馬車を借りて御者も出してもらった。
私とラグナ卿は共に馬車に乗り、王都にあるマロット公爵邸に向かう。
「ラグナ卿、貴方とはまだ話したいことがあるわ。今夜はここまでだけど」
「そうか。俺もまだまだ話したいことがあるな」
「ふふ、そうでしょうね。でも先に一つだけ」
「なんだ?」
「……貴方はギフトで人や動物を殺したことはある?」
「また物騒な質問だな!」
「そうだけど」
「まぁ、あるぞ」
「あるの!?」
「ああ。ヴォルテール領は隣国との境界にデカい森を挟んでいるだろう? そこにデカめの獣が湧くし、そいつらがまた凶暴でな。狩りをするんだ。その狩りで獲物を屠ることがある」
「……それで貴方はなんともないの?」
「ん? そりゃあ、慣れているからな」
つまり別にギフトで殺生しても問題なし? まぁ、紅孩児にそんな制約ないか……。
紅孩児が金箍児を嵌められる時は、観音菩薩に制圧される時だ。
一度は騙し討ちをしようとするものの、あっさりと制されてしまう。
その段階で最終的に力の差を悟り、紅孩児は心から菩薩に忠誠を誓うことになる。
なお、紅孩児は対決エピソードで出番が終わりではなく、そのあとも登場する。
善財童子の名を与えられた彼は、性格も大人しくなり、菩薩の一番弟子として理知的に孫悟空に対応するようになるのだ。
そうして二人の関係は良好なものへと変化し、協力してくれるようになる。
紅孩児は、一足先に大人になった姿を見せてくるのだ。
むしろ孫悟空の方が、いつまでも子供っぽくて彼を苦手にしてしまうくらい。
孫悟空と違い、どちらかといえば、紅孩児の金の輪は『仏の道に入ったあとの姿』を示すものだ。
最終的に頭の輪が外れる孫悟空に対し、紅孩児は輪がついた状態こそ最終形態となる。
つまり金の輪がないラグナ卿は、未だ暴れん坊で未熟者?
「ただ人を殺したことはまだない。覚悟はあるがな。それでも、その覚悟とは、戦う相手を殺す覚悟のつもりだった。あのように理不尽に人を殺すものじゃあない」
「……そう」
「その点でも、止めてくれたカーマインには感謝している」
「それはよかったわ」
私がいたせいで被害者を殺しかけたんだと思うけど。
余計なトラウマにならないことを祈るしかないわね。
他愛もない会話を続けているうちに、馬車がマロット家の邸宅に着く。
本当に長かった一日が、ようやく終わるのだ。
「じゃあ、またな。カーマイン」
「ええ、またね、ラグナ卿」
お別れはあっさりと。名残惜しくはないとばかりに颯爽と去るラグナ卿。
しんみりした空気にならないのはいいことね。
いい出会いだった。そう思う。
ダンスパーティーからの帰りにしては遅い帰宅に、また家では騒がしくなったけど。
それはやっぱり、また別の話。




