65 五行車
「さて。それでどうする? どちらかが誰か呼んでくるか。それとも俺たちで街まで運ぶか」
「まぁ、それでもいいんだけど……」
三蔵法師を誘拐し、火雲洞へと帰った紅孩児は今にも法師を食らおうとしていた。
そこに孫悟空と猪八戒がやって来て『おいごよ、師父を返してくれ』と若干、上から目線で話しかける。
紅孩児は、孫悟空を〝叔父〟だなんて認めていないので、五行車を手下に出させて孫悟空との戦いを始めるのだ。
孫悟空にも簡単に負けない、さらに修行の末に三昧真火という法術まで収めた聖嬰大王。
実力もあるが、紅孩児は手下を率いた軍略も得意とする。
紅孩児のギフトとして、ありそうなものを挙げていくと『三昧真火』『丈八の火尖槍』『五つの金箍児』『五行車』『重身法』あたりだろうか。
紅孩児のエピソードには出てくるが、彼を倒すことになった菩薩の神具は流石になさそう?
元から子供の姿で、三蔵法師一行を騙す際には人間の子供に化け、他にも観音菩薩に化けて猪八戒を騙すエピソードがある。
つまり、ラグナ卿もおそらく孫悟空と同様に『変身』ができるはずだ。
ただラグナ卿の場合、性格的に使わなそうだけどね。搦め手よりパワーでゴリ押しする印象。
「ラグナ卿」
「なんだ?」
「貴方のギフト名は、おそらく『聖嬰大王紅孩児』よ」
「……あん?」
ギフトが示す名は孫悟空の敵、ライバル。
菩薩の助けなくば孫悟空でさえ倒し切れない強敵。
しかし、それはあくまでギフトの名に過ぎず、私たちの関係にそのまま当てはまらない。
この世界では孫悟空と紅孩児が友達になったってかまわないわけだ。
おお、おいごよ。わしの師父を返して、親戚のよしみを失わないようにしてくれ。
まぁ、原典でも最終的にはいい感じの関係に落ち着くのだけれど。
そういう面もあって紅孩児は何かと西遊記の中でも特別なキャラクターなのだ。
「この名を聞いて、貴方のギフトについて見解は変わりそう?」
「……」
ラグナ卿は私の目をじっと見つめながら沈黙する。私も無言で彼を見返す。
美形は美形でも本当、G4とはタイプが違うわねぇ。
同じ武闘派として比較してしまうと、またしてもジークヴァルトの上位互換だ。
ヴィルヘルムが完成形の穏やかなタイプで、ラグナ卿は荒々しいタイプ。
「なんだか、しっくりくる名前だな。マジか?」
「私も確証は……あるんだけど、ないっていうか」
「どっちだよ」
「うーん。ラグナ卿がもう一度洗礼を受けて、その時に水晶に浮かび上がる文字列を見せてもらえれば、はっきりするかも?」
「名無しのギフトが洗礼水晶で浮かび上がらせるのは、文字だかなんだかわからねぇ記号みたいなもんだぞ? カーマインにそれが読めるのか?」
「ええ、私ならそれを読めるかもしれない」
「マジか」
「マジ」
見下ろされるくらいの身長差。
体格がいいこともあるけど年上と感じる。顔つきが成人している人のそれなのよね。
「ところでラグナ卿って、おいくつ?」
「あ? 今、関係あるのか、それ」
「ないけど。ただ興味」
「ほう」
何が『ほう』なのか。頭一つ上から無遠慮に見下ろしてくるラグナ卿。
「二十三だが」
「二十三歳……」
私やヒロインちゃんが今、十六歳でそろそろ十七歳。六歳差か。余裕でヒーロー範囲ね。
孫悟空のカウンターとしては、もはやG4要らず。彼一人で事足りるだろう。
なにせ紅孩児だ。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、である。
いや、その場合は逆に『途中退場するお助けキャラ』疑惑が生じるのでは?
悪役令嬢に対抗するのに彼ほどの存在はいない。
彼一人ですべての問題を解決できてしまったら、ヒーローズの立つ瀬がない。
すると必然、シナリオ的にラグナ卿は邪魔者なのでは?
やっぱりヴィンセント殿下がフィナさんにとって王道の相手だろうし。
「ラグナ卿って近々死ぬかもしれないわね……」
「なんでだよ!?」
いやぁ。そう考えると如何にもフィクション界における『兄貴』的な人に見えてきた。
兄貴は命をかけて仲間を守って死んじまうのがお約束なのだ。
おお、兄貴! あんたの命は無駄にしねぇ!
「死相が見えてきたわ……」
「だからなんでそうなる!?」
ラグナ卿は三年以内に死ぬかもしれない?
いや、それを言ったら悪役令嬢の私なんて処刑エンドも視野に入るわけだが。
エンディングはいつ頃かしらねぇ。
「破滅回避のためにお互いがんばりましょうね、ラグナ卿」
「意味がわかんねぇな!?」
彼とはもっと話したい。なにせ聞きたいことがいくらでも出てくる。
あいにくと転生者ではないらしいけど。
私のギフトを理解する上で、彼との交流は必要不可欠だろう。
何より同時代に同じ西遊記を元にしたギフトを授かっている存在がいた。
そうなってくると他にもいるんじゃないかしら?
もしかして『聖女』とは別に『玄奘三蔵法師』もいる……?
だとしたら私が今しようとしているフィナさんの手助けって無駄かも?
……まぁ、お師匠様が見つかるまではフィナさんのフォローでいいか。
残念ながら他に緊箍児を外す当てもないのだし。
でも『三蔵法師を捜す』のは、した方がいいかもだ。
「何はともあれ。ラグナ卿。『五行車』とギフトで出るように念じてくれます?」
「あん? ごぎょうしゃ?」
「ええ、そうです」
火尖槍や三昧真火、重身法を知識なく引き出せるなら、これもアリでは?
手下に引かせた火炎放射の車。紅孩児の火炎術を増幅する乗り物だ。
あまり長距離移動をしていた様子はないので今回のケースでは役に立たないかも。
「ん。んん。そうだな……」
ラグナ卿は顎に手をかけて考え込む。
少し間を置いてから改めて黒い槍『火尖槍』を出現させた。
武器を取り出した彼に驚き、つい身構えてしまう。
でもラグナ卿は槍を逆手に持ち、地面に突き刺した。
「五行車!」
ゴゴゴゴ! と火尖槍の刺さった地面が盛り上がり始めたかと思うと、見る間に形作られていく。
その形は……どう言えばいいのか。古代戦車というか四輪戦車というか。
豪華な装飾の施された、突撃を前提とした形状だ。
「おお……」
車を押す手下の妖怪や、或いは現実的に考えて馬がいないと動かせない見た目。
そういえばバカタレ三人組の乗ってきた馬車が離れた場所にあったっけ。
あの馬も解放してあげないといけないわよね。
「なんだこれ? カーマインはわかるのか」
「少しだけ……。実際には、いろいろと確かめないとだめだと思うけど。ギフトで動かせそう? それとも貴方の出す炎で動くかも」
「炎で?」
「ええ。ちょっとここで検証しながら待っていて。馬車の当てを思い出したから」
「あ? ああ」
流石に西遊記について知らないなら、すべてを明かすのも、と思い、私は森の中へ身を隠す。
人柄的には信用できそうなラグナ卿だけど、なにせ紅孩児だからねぇ。
孫悟空の私としては微妙なところだ。
友好的には接しつつ、まだ切り札は隠し持っていたいところ。
そのうちにすべてを打ち明けられそうな気はするんだけど、一応ね!
「筋斗雲」
隠身法で身を隠しつつ、筋斗雲に乗り、飛び上がる。
森の上に出てから見下ろせばラグナ卿は五行車と格闘していた。
火眼金睛を発動し、馬車を探す。
すぐに見つかったので筋斗雲で飛んでいき、馬車の近くに降りて姿を現す。
馬はどうやら大人しく待っていた様子。健気だわ。
「よしよし。すぐに移動しましょうか」
というわけで馬車を引いてラグナ卿のもとへ戻る。
「ハハハハ!」
戻るとラグナ卿が嬉しそうに五行車で走り回っていた。
馬には引かれていない。ただ車輪が火炎を纏っており、どういう理屈か自走しているらしい。
やはり乗用車というより戦車が相応しいわね。
あんな火炎塗れの車が街道を走っていたら普通に怖い。でも戦闘には役立ちそうだ。
けっこう私と違い、純粋な戦闘用ギフトっぽさがあるわね。
「おい、カーマイン! お前も乗るか!? 楽しいぞ!」
豪快に笑うラグナ卿。呼び捨ては許していないけど、まぁいいかと思わせる。
なんというか同性に好かれそうな好漢って感じ。
やはり序盤から中盤にかけて死亡してしまう『兄貴』枠では?
彼の死亡フラグにも目を光らせておいた方がいいかもしれない。
まぁ、それはそれとして。
「じゃあ、ちょっと乗せていただこうかしら。楽しそうだもの」
「ああ、来い!」
ラグナ卿の手を掴み、ひょいっと五行車に乗り込む。
火炎による自走式で一応座る場所はある。あるが、ラグナ卿は座席の上に立っている。
五行車を操る手綱のようなものを片手で握り、もう片方の手で私の手を握る。
私のイメージとしても、立ったままの乗り方が正しいわね。
紅孩児が孫悟空との戦闘に使っていたというイメージだから。
「バランスを崩すなよ、カーマイン!」
「ええ!」
夜中の森を、火炎を纏った戦車が走り回る。
他所から見たら、とんでもない光景に違いない。だけど。
「ハハハハハ!」
ぐるりとアジトの周辺を疾走する私たち。ふふ、楽しいわね。
森林火災とかは気を点けなきゃだけど、それは芭蕉扇で消せばいい。
ひとしきり夜のドライブを楽しんだ。
これって空も飛べるのかしら? 今後も検証していってほしいわね。
もちろん、そうして楽しむのもいい加減ほどほどにして。
普通の馬車に救出した女性たちを運ぶ。賊たちは拘束したまま放置するかどうか。
「いや、こいつらも王都に連れていこう。カーマイン、縄を出してくれ。燃えないのがいい」
私は便利屋じゃないんですけどー?
お師匠様限定でそうかもしれないが。まぁ、いいか。
五行車に拘束された男たちを結びつけるラグナ卿。
結婚式の時に出す車の後ろに空き缶を引きずっているような状態だ。
あの状態で賊共を引っ張っていくつもり? 彼らは自業自得だし、いいか。
「さぁ、行くぞ!」
こうして私たちは王都へと帰還するのだった。
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