62 野性的な
「な……!」
透明状態の私がいる位置を正確に見破り、攻撃してきた。
そんなことをできる人がいるなんて。そう驚く間もなく。
「オラァ!」
「きゃあっ!?」
凄まじい力で振るわれる槍に、私の体は吹っ飛ばされる!
「きゃあ、だぁ?」
ただ追撃が来ると思ったところで男の動きは止まり、私を見た。
目の前にいるのは黒髪の男性。同年代よりも世代は上に見える。
見るからに野生的な印象で、事実として荒々しい。
黒い槍を携えていて、その槍がまた特注というか高そうな代物。
それだけで彼がただの賊でも、ただの兵士でもなさそうな印象を見せる。
こいつがこの件の黒幕? ボス格?
「お前、女だな。そういう匂いがする」
「……!」
「だが、見た目はどう見ても男だ。なんだ? どういう理屈だ?」
ゾッとする。まさか匂いで変身を見破られた? それともただの勘で?
そんなことある? こっちは斉天大聖孫悟空なんだけど?
いや、原作からして万能だけど『上には上がいる』のが孫悟空だけど!
「ま、なんにせよだ」
ブォン! と携えた槍を一振り。それだけで威圧感というか迫力に気圧されてしまう。
キメラと対峙した時とはまた違う。
脅威。それも圧倒的な上位者のような気配を感じる。
「お前がこの場で一番に危険だ。そういう臭いがしてやがる」
「は……?」
さっきから臭う臭うって、失礼な。私、貴族令嬢なんですけど!?
「だからひとまず、くたばっていろ!」
「ちょっ……!」
野生的な男は再度襲いかかってくる!
ガキィ!
「っ!」
如意棒と黒槍が打ち合わされる。
凄まじい衝撃でビリビリと手が震えた。
あ、これ、ヤバい。
目の前の男は確かな武芸を磨いた人間だ。本能的に感じる限り、上位クラスの。
男は、キメラのようにわかりやすい直線的な動きをしてこない。
対する私は、戦闘面はギフト頼り。棒術だってアシスト付きで振り回しているだけ。
いくら力が補強されても〝本物〟を前にしては太刀打ちできない技量の差。
こちらの動きを察知し、対応さえしてくる相手。
高速で繰り出される攻撃に、外側のパワーではなく、私の判断力こそが試される。
さらにこれはジークヴァルトとの授業での試合どころではない実戦。
殺し合いだ。相手は私を殺しにきている。
「すげぇ目の色をしていやがるなぁ、おい!」
「ぐっ!」
繰り出されるは槍術。穂先は鋭く、その先端で貫かれれば一溜りもない。
いかな金剛不壊の肉体といえど、どこまでこの身を守ってくれるか。
所詮、私は本家・孫悟空ではなく借り物にすぎない存在。
力と技の伴った人間を前にして、どこまで立ち回れるか。
「くっ……!」
人がせっかく悪党をぶっ潰そうと暴れていたっていうのに。
その悪党のボスらしき男に、こうまで圧倒されるなんて聞いてない!
「「「ウキーッ!!」」」
私が苦戦していると、アジトに放っていたミニ・カーマインたちが助っ人にやってくる。
思わず『助けて!』と言いたくなる。やはり本家と違って分身の方が有能説!
「なんだこいつらは?」
「「「ウッキィーー!!」」」
ミニ・カーマインたちが小さな筋斗雲に乗って、小さな如意棒で男に殴りかかっていく。
「邪魔くせぇ!」
しかし、あろうことか、男は黒槍を振り回したかと思うと、流麗な演舞でも披露するかのごとく、ミニ・カーマインたちを蹴散らしていく。
「ウキャー!」
「ウキッ!」
「ウッキィ!」
ああ! ミニたちが普通にやられていく! これは本格的にまずい! 逃げることも視野に入れないと! でも、私の背には四人の被害者女性たちがいる!
この難敵を前にして逃げたいのは山々だけど、彼女たちを見捨てることはできない!
私がどうにかしなければ、彼女たちがこれからどんな目に遭うか!
「くっ……!」
トビアスの短い髪では咄嗟に術が使いにくい。
周りの三下、ルチウスたちを含めた賊たちは、すでに打ち倒されて気を失っている。
つまり眼前の槍使い以外は目撃者なし。
業腹だけどキメラ戦と同じだ。今の私にこの強敵を前にして余裕はない。
「七十二変化!」
私はトビアスの姿から元の姿……といっても動きやすい服装に黒髪……に戻る。
こんな相手に顔を晒すなんて、という面もあるが、今は十全に術を使えないと危険だ。
こんな土壇場で、他の誰かの顔なんて意識している余裕もない。
「お? おお? なんだそりゃ! 変装、いや、変身?」
「ご興味がおありなら対話で解決してくださる?」
「それはできねぇな! まずは、てめぇをぶっ倒してからだ!」
「あらそう、残念!」
どういう理屈かわからないけど、こちらの危険度を一瞬で見抜いた男。
美形だからって理由だけでどうかと思うけど、もしかして推定原作のラスボスとか?
悪役令嬢とは別の、魔王的な存在? G4が活躍するために用意された圧倒的なライバル?
ラスボス候補にこんな序盤で遭遇するとか、なんの罰ゲームよ!
「考え事なんてしている暇はねぇぞ!」
さらに鋭い攻撃が私を襲ってくる。
「くっ!」
確かに考察なんてしている余裕はない! それこそ目の前の男をどうにか止めないと!
「吹毛成兵!」
私は長い髪の先端を口に含んで噛み切り、槍使いに吹きつける。
すると舞った毛が、たちまち砂埃となり、槍使いの目潰しに変わる。
「なんだそりゃ! 目潰しか!」
しかし槍使いは大きく迂回し、砂埃を避けたかと思うと、その勢いのまま横薙ぎで槍を振るう。
ガギィン!
「くっ!」
ギフトで体が固くても体重差があるのか、如意棒で受けても吹っ飛ばされてしまう。
体勢を崩されたところで今度は容赦なく追撃が飛んでくる。
「オラァ!」
「……! 幌金縄!」
腰にひっかけていた黄金の縄を左手で投げつけ、その縄が男に絡みつこうとする。
「邪魔だッ!」
だが、黒槍に弾かれて思いきり向こうへ飛んでいく幌金縄。
そのまま建物の一部に絡み付いて動きを止めてしまう。
対人でとっておきの法宝の一つが、あっという間に無力化される恐怖。
これだから上には上がいる世界観は!
しばらく必死になって槍使いと如意棒で打ち合う。
その合間にどうにか術を行使しても、元々の私が武芸に秀でていないものだから、それでようやく互角といったてい。
術を使って相手の攪乱を狙おうとも、直感なのかなんなのか、ひらりと躱されてしまうのだ。
純然たる実力差。私のギフトが破格である孫悟空だから、まだ保っているに過ぎない。
これは本格的にまずい。
逃げたいけれど、あの子たちのためにも逃げられない。
ここで置いていけば、どんな目に遭うかわからない。
かといって、この相手に勝てるビジョンが浮かばない。
孫悟空なのに、これほどピンチになるとか聞いていない!
「ははは! 面白ぇ! 面白ぇなぁ、女! 俺とこれほど打ち合える奴がいるとは!」
「この! 女とか、その口調とか、どこの野性系ヒーローよ!」
「なんだそりゃ!」
ジークヴァルトが『強ぇ奴と戦いてぇ』系男子かと思ったら、その上位互換がいたとか!
理性的で落ち着いた様子のヴィルヘルムとも真逆。
眼前の槍使いは正に野生児。それも孫悟空に負けず劣らずの武芸者ときた。
そんな男がなんだってこんな卑劣な真似をしているのか!
女性を手下に誘拐させてどうこうしようなんて恥を知れ!
力があるなら善行にこそ使いなさいよ!
「ォオラッ!」
「ぐっ!」
再度振るわれるのは上段からの凄まじい振り下ろし。
顔への直撃を避けながら、どうにか如意棒で受けるのでやっと。
その状態でググッとのしかかるようにしてくる槍使い。
力勝負? こちらを女性と見て、技術でなく力押しで来る気か。
でも力勝負なら私の方が……。
「お前、ギフト持ちだろ」
「っ……!」
「だから見た目で判断しねぇ。もし、俺の力をお前が持っていたら似たようなもんだからな」
「な……」
ということは眼前の槍使いもまたギフトを。それではなおさら、私に勝ち目が。
「これならどうだ? ──重身法!」
…………は?
私がその言葉に、その呪文に理解が追いつく前に、彼の槍が圧倒的に重くなっていくのを感じた。
力だけではない重さ。
それは槍が、男の体が重くなっていくに等しい圧力。
体を重くして相手を圧し潰す術、重身法! これって!?
「ぐっ!?」
「俺から逃げずに戦う根性は認めてやる。だが、逃げない理由はなんだ? そこまで立ち回れるなら逃げるくらいはできただろ?」
「……守るべき人たちがいるからよ!」
「ハッ! 上等!」
このままじゃ押し込まれる。
いいえ、この程度。孫悟空の力ならどうとでも!
「移山倒海!」
孫悟空の剛力。
それは両肩にそれぞれ〝山〟を抱えようとも潰されず、ひっくり返すほどの力。
多少、重くなった程度で孫悟空が潰れてなるものか。
「おっ……」
ギフトの恩恵を少しだけ借りたような力ではなく、底力まで引き出す。
別に今まで手を抜いていたってわけじゃない。
ただ、純粋な力比べで孫悟空がおいそれと負けるわけがない。
否。負けるわけにはいかない。
「…………」
虎の子のギフトを使ってまでの制圧を跳ねのけた私に、槍使いの目から、先程までの苛烈なまでの勢いが消える。
これまではどこか戦闘を楽しむような雰囲気があった。
けれど今は冷酷な視線。それは、とうとう仕留めるべき敵を見たというような。
槍使いから油断や余裕が消えた瞬間。
真剣な表情になった槍使いが、チャキリと音を立てて黒槍を構えた。そして。
「火尖槍」
黒い槍に火炎が溢れ始める。
「……!」
火尖槍。これは、間違いなく。
「こいつらが、お前の守るべき人たちとやらか? それほどの価値がこいつらにあるとでも? 罪のない女をさらっていくような悪党の命がそれほどの力を持ってしてまで守るものか? だったら俺はお前を軽蔑するぜ、女」
「…………え?」
待って。こいつ、まさか。
あ、私、さっきまでトビアスの。つまり賊の仲間の姿をしていて。
賊の中にいた危険度の高い人物扱いされている?
「ならお前は、大切なこいつらごと焼け死んでろ」
頭の中に様々な言葉が浮かんで、状況を整理しようとして、動きが止まってしまう私。
そんな私に向かって槍使いは。
「──三昧真火!」
燃える槍はアジトを焼き、さらに口から吐き出された火炎が私に襲いかかる。
その炎は竜王たちの雨では消せず、さらに燃え上がる火炎。
そして火尖槍を持ち、三昧真火を吐き出す者の名は。
聖嬰大王、紅孩児。
……西遊記における強敵の一人、牛魔王と羅刹女の息子だ。




