60 アジト
馬車が止まった場所は森のド真ん中だ。
黒幕たちへの引き渡し場所かしら。油断してはいけないわね。
『よし、お前らは用済みだ』とか言われて始末される可能性もある。
どう考えても下っ端もいいところだし、この程度の仕事で借金帳消しも胡散臭い。
切られたとしても私の体は金剛不壊だから平気。
なんだったら首を切られても生きているのが孫悟空である。
間違っても試そうとは思わないけど。やるとしたら悪役令嬢処刑エンドを迎えた時だけだ。
「ここに奴らが来るのか?」
何も知らないなりにカマをかけてみる。
「そうらしいぜ」
らしい、ね。この犯罪者男子Bは、ほとんど何も知らないみたい。
連絡役なのは男子Cことティモシー。トビアスとBは使い捨てかもしれないわ。
「おい、お前ら、その女を下ろせ」
「ああ……」
ちょっと偉そう。んん。これは命令なのか、ただ偉そうな態度なのか。
「袋から出していいのか?」
「あ? ああ……どっちでもいいんじゃねぇの。いや、確かめるか? 出しとけよ」
Bは警戒するほど頭はよくなさそう。問題はティモシーか。
それとも三人揃って、ただのバカか。
黒幕がいるならバカの方が使いやすいだろう。問題が起きれば捨てればいい。
私は布団に隠された大袋を取り出し、その中にある偽エミリア嬢を引っ張り出す。
「この女、マジで起きねぇな……」
不安に思ったBが偽エミリア嬢の呼吸を確かめると見て、私は首に手を添える。
「呼吸はしているみたいだぜ。ただ寝ているだけだな」
「そ、そうか……?」
「死なせるのは嫌なのか?」
「ああ? そりゃそうだろ……」
「……この女がこれからどんな目に遭うか。それを考えても?」
「なんだよ、うるせぇぞ、トビアス! いつまでもグダグダ言いやがって!」
「……別に。どう考えてんのかなって思っただけだ。そんなにカリカリするなよ」
「チッ」
自己中ねぇ。まぁ、こんなことする奴らはそうか。
私はヒョイッと偽エミリア嬢を肩に担ぎあげる。
「うおっ……お前、そんなに軽々と」
「はぁ? 女一人くらい持ち上げられるって」
「そ、そうか。そうだな……?」
孫悟空がその気になれば、山さえ二つまでは持ち上げられる。
流石にギフトでそこまで再現されているのかは知らない。
何が悲しくて山を持ち上げるのかわからないし。
「ルチウス、トビアス! さっさとしろよ!」
「あ、ああ!」
おっと。ここで犯罪者男子Bの名前、判明。こいつはルチウスというらしい。
トビアス、ルチウス、ティモシーね。
聞いたことないなぁ。学園で有名なバカタレ三人組とかなのかしら。
私は偽エミリア嬢を抱えてルチウスとともに馬車を降りる。
すると、森の影からスゥッと別の男が姿を現した。
「来たか」
「……! あ、ああ」
雰囲気的に、明らかに上位互換の悪党。バカタレ三人組が学園の不良なら、こいつは反社会的な組織の構成員かしら。
やだわぁ。前世だったら絶対に関わらない。
でも今世の私、公爵家だし、孫悟空なのよね。組織と個人的武力で、かなり力がある方。
情報さえ集めれば正式な組織に潰させるのがベストなんだけど。
ここまで堂々と潜入できるのもまた私以外にいないだろう。
「そいつを渡せ」
「……ああ」
私は偽エミリア嬢を現れた男に渡す。
無差別に狙ったようだから家に脅しをかけるとかが目的ではないだろう。
じゃあ、なんだってこんなことをしているのか。
「そら」
「っ……!」
男が偽エミリア嬢を受け取る代わりに謎の袋を投げて寄越す。
「これは……?」
「今回の報酬だ。文句はないだろ?」
私は袋を広げてみる。中には金貨がザックザク!
というほど、多くはないけれど。
ちなみにこの国の貨幣、まだ紙幣は導入されていない。
やっぱり近世というには少し遅れている? 感じなのかな。
でも魔法やギフトがある世界だしなぁ。私のふわふわ歴史観では参考になるまい。
「おお……!」
私が袋を開けてみたのを横から覗き、歓声をあげるルチウス。
贋金とかじゃないわよねぇ?
もし、そんなのが出回っているとすれば、問題がさらに大きくなる。
勘弁してほしいところだ。
こういうの、火眼金睛を発動すれば見破れるのかしら?
「はい」
「うおっ」
私は金貨袋をルチウスに押しつける。
ティモシーの反応も金貨に吸い寄せられているみたいで、まぁ同類ね。
「……これで終わりか?」
「ん?」
「俺たちとの取引は、これで完了だよな?」
「お、おい……」
私こと偽トビアスが男にそんなことを言うのを、青ざめて止めようとするルチウス。
「……まぁ、今回はな。次もうまくやれよ」
「次だって? 貴族の女一人くれてやったんだから、もう充分だろ?」
「おい! トビアス!」
今度はティモシーが声を強めに私を止めてくる。
「充分かどうかを決めるのはお前じゃない。黙って従っていろ。そうすれば金をくれてやる」
「これっぽっちの金でまた働けって?」
おバカで、目先の金貨に溺れて強欲な面を演出。
「……どうやら勘違いしているらしいな」
すると男は偽エミリア嬢を地面に置いてから、ゆっくりと私の目の前に立った。
「お前、トビアスだったか」
「……そうだ」
「前まではもっと臆病な小者だと思ったが、今日はずいぶんと態度がでかいな?」
「一仕事やり終えたからな」
「そうか……」
男はフッと笑みを零し、視線を逸らす。
それはまるでトビアスの交渉がうまくいって、空気が緩んだかのようなそれ。
横の二人が安堵する息を聞く。でも。
バシン!
来ると思っていた拳が振り抜かれ、私の頬を打った。
「調子に乗るんじゃねぇぞ!」
「ッ!」
裏拳ってやつね。衝撃はあるにはあるけど。
ギフトをオンにした私の体は男の何倍も大きいキメラの攻撃さえ無傷だったのだ。
効くわけがない。
「チッ……。石頭が……!」
殴った方の男が痛そうに拳をさすっている。
まぁ、金属を思いきり殴ったに等しいでしょうし? ざまぁ。
「俺たちも『そっち側』に案内してくれよ、先輩?」
殴られながらニヤニヤと笑って、そう言ってみせる。
男も殴ったことが効いていないと伝わったのか、睨みつけてきた。
「てめぇ……」
拳の痛みもあり、苛立たしい様子の男。
横の二人はガクブル状態で驚愕しながら私を見ている。
「……。そうか。いいだろう。そんなに俺たちの仲間になりてぇんだな?」
「ああ。この程度のはした金で満足するわけないだろ? 俺たちは将来、伯爵様だぜ? お前も、もっと下手に出た方がいいんじゃないか?」
「ハッ! 勘違い野郎が。てめぇは爵位も継げねぇ、三男坊だろうが! クソガキ!」
トビアス情報更新。三男らしい。
上に二人もいるなら後継になるのは絶望的なのだろう。
「お前は!」
グッと胸倉を掴まれ、顔を近づけてくる男。
怖いし、気持ち悪い!
でも体が震えないのは間違いなくギフトのおかげだろう。
「できそこないで、どうしようもねぇ、爵位なんて継げねぇ、貴族もどきだ! あと二年も経てばド平民のな! で? 騎士にもなれねぇ、勉強ができなくて文官にもなれねぇ、ただのカスが伯爵だって? 教えてほしいもんだなぁ? どうやって伯爵になるのかよ!」
うわぁ。目の前の犯罪者と同じ意見だわ。ちょっとショック。
「お前らの組織が俺の手足となれば伯爵になれるだろ? だから今のうちに俺に媚びでも売ってろ、って言ってやっているんだが?」
なおも太々しい態度の自称・将来伯爵トビアス。
まぁ、なんてことでしょう。彼は状況も空気も読めていないらしいわ。
なお、私である。トビアスがどこの伯爵家なのかすら知らない。
目の前の男が伯爵領に対するテストとか始めたら一発アウトだ。
「……そうかそうか」
度重なる挑発に男の目が据わる。あ、これはヤバい。ラインを踏み越えた。
「オラァッ!」
「くっ……」
お腹を思いきり殴られた! ちょっと衝撃はあるけど、全然痛くない。
でも、ここは崩れ落ちておこう。
私は膝から地面に崩れ落ちてみせる。
「痛っ……。てめぇ、なんか腹に仕込んでやがんのか。ふざけやがって!」
不意打ち腹パンも不発に終わって、男はとうとう殴る蹴るを始める。
これで貴族令嬢の姿のままだったら、下世話な方向性に行くのよね。
見た目男子は暴力か。
こいつらが女性に暴力を振るわないとはまったく思わないけど。
なお、殴る蹴るされてもまったく痛くない。孫悟空なので。
でも、不快だから分身を出しておけばよかったか。
分身はこう、細かい言動調整がねぇ。
「調子に乗るな、クソガキ! てめぇなんぞ、いつでも殺せるんだぞ!」
こっちも、いつでもお前を殺せますけどね!
頭が痛くなるからやらないだけで!
本家・孫悟空なら三蔵法師のいないところで如意棒で叩き潰しているところ。
「だが、そうか。そこまで言うんなら連れていってやろう」
お。
私は顔を上げる。男はまだ苛立った様子で私を睨んだ。
「お前らもだ。ついて来い。ここまで言ったんだからな。徹底的に利用してやる」
「い、いや……俺たちは別に」
「同罪だよ。このバカとお前らは」
「そんな……」
ルチウスとティモシーが恨みがましい視線を向けてくる。知ーらない。
「おら! そいつを立たせて連れて来い!」
「は、はい……」
「あ、でも馬車が……」
「放っておけ! 来い!」
あら、放置は馬が可哀想。あとで分身を飛ばして助けてあげよう。
「トビアス……。お前、なんでこんなバカな真似を」
「…………」
ここは無言の対応ね。そろそろトビアス的なボロが出そうだから。
今はいろいろあってテンションがおかしい。でも冷静になれば違和感に気づくはず。
「女もお前らが運べ!」
「は、はい!」
「くそっ……」
ここで金貨を貰って、無事に帰って終わりと思っていたのだろう。
トビアスのせいで、さらに厄介事に突入したルチウスとティモシーは情けない顔をしている。
無事に救出済みとはいえ、アンタたちがエミリア嬢にしようとしたことを考えたら、同情の余地なんかないってのよ。
今夜、黒幕の男たちと一緒にひねり潰して差しあげますわぁ! おーっほっほ!
などと悪役令嬢ぶってみるテスト。
推定原作の私だったら、本当に犯罪者グループを取り込むとか、しちゃうのかしら?
野郎ども、ヒロインちゃんを襲ってきなぁ! と。
そんなこんなで無事に私は男たちのアジトへとトビアス姿のままで辿り着くことができた。
場所は森の奥にひっそりと建てられた屋敷だ。
こんな如何にもなアジト風の建物とかあるんだ。
洞窟の奥にでも住んでなさいよ、アウトロー。
私は耳を澄ませる。男たちの声。それなりの人数。
それに交じって、すすり泣く女性の声もある。
「…………」
どうやら来てよかったらしい。
このアジトにはエミリア嬢以外の被害者がいる。
じゃあ、もうしばらくしたら、そろそろ。
斉天大聖孫悟空、大暴れタイムかしらねぇ?
殺生禁止、頭さえ潰さなければ死なないわよね!
お師匠様のおっしゃる通り、両手足を潰すだけで勘弁してやりますぜ! ウキーッ!




