59 潜入調査
幌馬車の中に偽エミリア嬢の入った大袋を積み込み、私が扮する偽トビアスは馬車に乗り込む。
幸い、他に誘拐された人はいないようで、この時点では救出対象がいない。
わかったことは、どうやらこいつらは借金苦で犯罪に手を染めているらしいこと。
間違いなく主犯ではなく、どこかに黒幕がいるはずだ。
何より誘拐した彼女を引き渡す相手がいるはず。
馬車の御者をつけず、自分たちで馬を駆る。
途中でどこかに引き渡すかもしれないわね。末端にアジトまで来させないでしょう。
あと気になるのはベネディクト氏の〝影〟だ。
今も追跡されているのだろうか?
発信機的な能力なのか、それとも盗聴・盗撮能力なのか。
「……なぁ、静かすぎないか、この女」
「え?」
偽トビアスの私に話しかけてくる犯罪者男子。
もう一人は御者席にいる。
「こんなに効く薬だったのか……? もしかして死んでいるんじゃないか」
「……誘拐しておいて何を言っている? 死なせてしまったとしても悪いのは俺たちだろ」
私は少し苛立ちつつ、冷たく言葉を返した。
元のトビアスの口調はわからないが、ピリピリしていてもおかしくない状況だ。
多少の差異はそれで誤魔化せる。
「な、なんだよ……。そんなこと言うなよ。仕方ないだろ?」
「…………」
現在の情報からして〝仕方ない〟に該当する要素はない。
「お前、この女のこと知ってるか? 名前は?」
「はぁ?」
おっと。トビアスが把握しているべきことだったかしら。
「名前とか知らねぇよ」
ふぅん。まぁ、借金が理由なのだから、彼女個人を狙う理由がこいつらにはないか。
「偶々、いけそうな奴が、この女だっただけだろ?」
「……そうだったな」
狙いは無差別。誰が被害に遭っていてもおかしくなかった。
となると、私の動きが推定原作と違うせいで変化したエピソードで、本来はヒロインちゃんが狙われていた可能性あり?
エミリア嬢、ただの一般人で、とばっちりの可能性。
これは救出できてよかったわ。結果論、私のせいで起きた被害だったかもしれない。
「でも、この女だって貴族だよな? 家族が黙ってないだろう」
「……まぁ、そうかもしれないけどな。俺たちには関係ねぇよ。それに」
「それに?」
「この女、下位貴族だ。それは間違いねぇ」
「……そうか。下位貴族でも侮っていいのか?」
「下位は下位でも、たかが男爵家だって話だよ。俺らが誘ったなら黙ってついてくるべき奴だぜ?」
うわぁお。カスだ。
ちょっとこれは本当に見過ごせないわね。
授業でくさい香水をつけさせるとか可愛いもんだわ。
すでに誘拐という犯罪の時点で厳罰は必須。流石の私も容赦できない事案だ。
ここからどう立ち回ったものか。
こいつら二人を捕まえるだけなら、たぶん楽勝なのよね。
キメラと違い、流石に私が本家・孫悟空じゃないからって負けてしまいそうな要素はない。
問題は、こいつらにこんな犯罪をさせた黒幕が確実にいるだろうってこと。
私が裏でぶちのめすだけでなく、法的に逮捕させたい。
でないと犯罪者を取りこぼして、新たな被害が出かねない。
であれば、ベネディクト氏の放ったはずの〝影〟が鍵か。
私は幌馬車の中で、座ったまま俯き、片手で目を隠す。
火眼金睛、と心の中で唱え、発現させる。念のために左眼だけ。
斜め前、対角線上にいる犯罪者男子にバレないように馬車内を見回す。
すると他でもない犯罪者男子の背中にキラキラと光る感じに見えた。
背中に〝影〟が張りついているってことかしら?
現在も追跡は続いているようね。よし。
再び火眼金睛をオフにしておき、目を隠すのをやめる。
「男爵家とか……。よくわかったな。知り合いなのか、この女」
「いいや? だが、家がどこかくらいは調べられる。時間はあったからな」
犯罪者男子は何か喋っていないと落ち着かない様子だ。
あの影に声が聞こえるかは不明なので、言わせたところでだけど。
私も気になることを聞き出すくらいはさせてもらおう。
「はぁ……!」
私こと偽トビアスは深く息を吐き出してみせる。
「なんでこんなことしてんだっけ、俺たち! こんなさぁ……! リスクが高いことをさぁ!」
投げやりな声を上げて愚痴りつつ、頭をワシャワシャと搔きむしってみせる。
ゴツゴツと緊箍児に当たってしまうが気にしない。
「そりゃお前……」
「なんだよ!? 俺たちが、俺が何したってんだよ、こんなことさぁ!」
情緒不安定感を演出し、先にキレ気味になって相手を動揺させる。
他人がキレていると冷静になるわよね。
「……仕方ないだろうが。俺もお前も、賭けに嵌って、家の金に手出して、どうにかしなくちゃ廃嫡されるかもしれねぇ。そんなの許せるか? 俺たちは将来伯爵になるんだぞ?」
伯爵家! しかもベタベタなギャンブル中毒からの借金、家の金の泥棒!
ここに来て私の不勉強がよくないことに。
伯爵家くらい把握しておけば、こいつらの名前くらいわかったかもしれないのに。
いえ、子爵家以下よりも少ないとはいえ、伯爵家もけっこう多いんだけど!
前世で、ついつい徳川将軍を全部覚えるのを放棄したようなメンタルが仇となった!
「そんなことを言っても、お前。元から伯爵家を継ぐのは……」
と、濁して言葉を向けてみる。
この性格からして『将来伯爵』という言葉に信憑性がない。
次男、三男のくせに自分が伯爵家を継ぐと、のたまっている可能性がある。
とか思っていると犯罪者男子は途端に嫌そうな顔をした。
「いいんだよ、兄貴はさ。適当に襲わせて怪我させて引退させりゃあいい」
はい、次男以下確定。何が将来伯爵だ。
お家乗っ取りまで企んでいるとか、どんだけよ。
カス過ぎてジークヴァルトが善良な人間に見えてきたわよ。
どこの世界もそうかもしれないけど、この手の人間が乙女ゲームの悪党として出てくるのか。
中ボスどころか一エピソードでヒーローに消化される悪役と思うけど。
末端キャラだからってキャラづけが容赦ないわ。
ハードな世界観なのかしらね。魔獣とか出てくるタイプだし。
口ぶりからしてトビアスも伯爵家か。それとも御者をしている男がそうなのか。
家を継げない、かといって際立った能力もなく将来は平民で、騎士にも文官にもなれない。
そういう貴族家の次男・三男系の中でも、救いようがない最底辺タイプの男たち。
学生の間はまだ貴族子女でいられるからって今のうちにギャンブルで遊び呆けて。
さらに周りに置いていかれて、何も学ばず、磨かず、自分を高めず。
挙句の果てに兄弟を襲って家督を奪えばいいと考えているクズ野郎。
……こういうのが将来、ドアマットヒロインの父親になるとかあるわよね。
間違いなく今日、きちんと潰しておきたいわ。
「はぁ……。この馬車、どこまで行く予定だったっけ……」
私は話を切り替える体でそんな疑問を口にする。
「俺が知るかよ」
「なんでお前が知らないんだよ」
知らないと言う男に私は平然とそう問い返す。
「知っているのはティモシーだけだ」
そう言いながら御者席を顎で示す犯罪者男子B。
御者席にいる犯罪者男子Cの名前がティモシーね。
「じゃあ、いつ頃着くか、お前もわからないのかよ」
「そんなにかからないだろ……」
犯罪者男子たちは、どうも対等な立場っぽいわね。
少なくともトビアスが下っ端って感じの会話じゃない。
無駄にプライドが高そうなんだから、トビアスが下の立場なら、もっとその点にいらつくはずだ。
すでに見破られている、という線もなくはないけど……。
流石に孫悟空のギフトによる変身は想定していないだろう。
爵位を笠に着て男爵家を見下す男が、下位貴族出身の男子と対等な関係を持つとは思えない。
先程の言動と合わせて、トビアスもティモシーも伯爵家以上の家だと思う。
馬車に乗せて、王都にあるパーティー会場から移動。
人気の少ない道を走り、月明かりを頼りに森の奥へ。
といっても一応、馬車が通る道がある。
王都を少し離れただけか、或いは王都でも端の方。
聖女誘拐事件で賊がアジトに使ったような王都外縁にあるどこかか。
会話が途絶えた中、馬車はとうとう王都を出てしまう。
今のところ追手はなし。
私は再度、目を隠しながら火眼金睛を発動し、今度はベネディクト氏に視界を飛ばす。
あいにくと俯瞰視点というより接写に近く、彼がいる周りの状況までは視られない。
ただ、彼はまだパーティー会場の部屋にいるようだ。
そして目の前のテーブルに地図を広げている?
火眼金睛では音声が拾えないため、映像でしか動向は確認できない。
地図を広げて、いったい何をしているのか。
ん? 今、ベネディクト氏を視る視界の端、地図上の影が動いた。
あれは……たぶん〝影〟が動いている?
音声を聴けているなら先程までの会話の時点ですでに動き出していたはず。
となるとベネディクト氏の影追跡は発信機の効果のみか。
この犯罪者男子たちが、いったいどこに向かうのかを突き止めることはできそう。
でも、推定原作でエミリア嬢を救出できそうなムーブじゃない。
やっぱり、私の介入で誘拐される対象がヒロインちゃんからズレた?
それともエミリア嬢はヴィルヘルムみたいに出るべくして出る犠牲?
どの道、この現実では救出済みだから安心とはいえ……。
ちょっと失望だ。
ヒーローなのだからヒロインちゃん以外だって救ってほしいものである。
まぁ、ベネディクト氏目線では犯罪かどうか、被害者がいるかどうかもわからないままで、そこまで求めるのは酷かもしれないけど。
後日になってからアジトか、この三人組が捜査対象になるかもしれないけど。
今夜に限って言えばベネディクト氏の応援は頼りにできなそう。
最悪、他の被害者がいなさそうなら、私一人で無事に脱出すればいい。
できれば黒幕を潰したいけれど、優先度は二番目ね。
やがて、馬車は王都を出て少し先の森の奥まで来て止まった。




