55 ダンスパーティーの夜
ヴィンセント殿下がダンスパートナーにヒロインちゃんを選んだことで、私に対する目線が一気に冷えたものへと変化した。
哀れみ、同情。嘲笑、見下し。驚き、動揺。
これから私がどうするのか興味津々といった様子で好奇心を見せている者もいる。
総じて、ざわめきがパーティー会場を賑やかせていた。
パーティー会場はそこまで広くないし、そこまで華やかではない。
学園主催だからねぇ。
本物の社交界では、ここからさらにグレードが上がる感じらしい。
我が国での社交界デビューは十七歳になる年からが基本だ。
乙女ゲーム的には、ヒロインとヒーローがいい感じに仲良くなったところでドレスを着るイベントが欲しいとか、そういう理由かしら。
となると『ゲーム期間』は二、三ヶ月で終わりではなく、少なくとも社交界デビューまでは続く?
どこかでゴールインしてから、あとは時間スキップして二人の結婚式パターンもあるからねぇ。
エンディング時期を予想するのは中々に難しそうだ。
でも、少なくとも黒水晶の黒幕は判明して、その問題を解決してからな気がする。
推定・ジークヴァルトルートの展開を予想する限り、まだエンディングは先だ。
気になるのは、ジュリアンさんとジークヴァルトのダンスパートナー。
彼女たちはシナリオ上で役割を持つのかモブなのか。
今のところ、ヒーローズの身内キャラが毎回死ぬ鬱ゲーの可能性もあるのよねぇ。
ヴィルヘルムの一件だけで全体は読めないけど。
他のイベントを確認することで方向性は掴めるかもしれない。
へへ、私にとっては生の乙女ゲームを体験しているようなもんさ、というやつである。
今日は、如何にもイベントが起きそうな日なのでギフトはオンにしている。
突然襲いかかられてナイフで刺されても私が怪我を負うことはない。
聴覚もオンにしていて離れた場所の会話も聞き取れるし、加えて術も使っている。
『塵埃不染』。塵や埃を一切寄せつけない状態だ。
あとはパーティー系でありそうなこと対策はアレね。
『やだぁ、ワインを零してしまいましたわぁ!』ってやつ。
あれについては処理できる。咄嗟に使えるかは微妙なところだけど。
キメラの火炎を避けたように〝水を避ける〟術があるのだ。
近くにいれば他の人の被害も防げるわ。
さて、トラブルはヒロインちゃんに起きるか、私に起きるか。
「ヴィンセント殿下、私なんかで良かったのですか……?」
「どうしたんだい、セラフィナ嬢」
私は離れた場所にいる二人の会話に耳を傾ける。
あえて視線は向けずに、全体を見渡しながら。
「だって、マイン様の方が貴方のパートナーに相応しいのに」
「……私と踊るのは嫌かな?」
「そんなことありません!」
「なら今はダンスを楽しもう。カーマイン嬢は、君が相手を譲らなければいけないような人ではないだろう? セラフィナ嬢の言葉は優しさからかもしれないが、聞きようによっては彼女への侮辱になるものだよ」
「それは……」
フィナさんが私に遠慮していたことを咎めるヴィンセント殿下。
あらまぁ、品のない黙らせ方ね。
いえ、言っていることはそうかもしれないので反論しにくいけど。
とりあえず、ヴィンセント殿下がフィナさんを選んで彼女と話していても嫉妬心は浮かばない。
前世の記憶がないままだったら、どう思っていたのかしら?
うーん。でも見た目でビビッと来なかったのよね。
私と同じ感性なら一目惚れ路線はなさそう。
あるとすれば、火傷で傷ついている時に慰められたとかかなぁ。
それが理由なら婚約者候補の殿下に執着する展開はあるかも?
ということは今の私がヴィンセント殿下に惚れることはないのか。
「ジーク、私たちも踊りましょう?」
「……ああ」
ジークヴァルトに熱っぽく話しかけるのは、明るい印象の女子生徒。
気安く愛称で呼んでいる点からして、やはり彼女がヴィルヘルムの?
髪色はなんとピンク髪! 髪は長く、ツインテールにしている。
「……あれは流石にモブじゃなさそうよねぇ」
髪色と髪型のせいで偏見を抱いてしまうが、ピンク髪にだって知性的なキャラはいる。
騎士キャラのお相手候補だから、てっきり女騎士系の女性でヒロインとの差別化がされているかと思ったけど、可愛らしい系に見えるわね。
でも、ヒロインに据えるには少しあざと過ぎる感じ。
女性読者向けの女主人公は、ああいう感じにはしなさそう?
見た目だけなら男性向け作品のヒロイン、または女性向け作品の敵対キャラとか。
まぁ、見た目だけで判断するべきじゃないわね。
ちなみにジークヴァルトの視線はフィナさんたちに向けられている。
それでも構わずジークヴァルトに話しかけている様子のピンク髪ちゃん。
……意中の異性に相手されずに闇墜ちする路線もあり得るので、彼女には気を配っていた方がよさそう。
あれだけ特徴的な人物なら、あとから調べても正体は掴めそうだ。
一方、ジュリアンさんは静かに女子生徒をエスコートしている様子。
お相手の女子生徒は如何にも淑女という様子で、綺麗で品がある。
髪色はプラチナブロンドの長髪。
落ち着いた感じでパッと見るに好印象。でも、それは現実の話。
ゲームキャラとして配置するには地味な様子だ。
G4やフィナさんが整った容姿で印象が目立つのに対し、彼女は等身大で現実的な雰囲気。
けれど、美しいのは間違いない。
勝手な印象で言うと、未亡人系?
ヴィルヘルムとは反対に婚約者の男性が死んでいるとか。
それは流石に根拠がなさすぎるか。
「レティシア義姉さん、手を」
「ええ、ありがとう、ジュリアン」
「いえ……」
名前はレティシア……『ねえさん』?
お姉さんなの? ヴァレンシュタイン侯爵家は確か男兄弟が三人構成のはず。
ということは、彼女はジュリアンさんの兄君である、長男か次男のパートナー?
「ふふ、嬉しいわ。もうウィリアムは卒業しちゃったから。こうしてまだ学園でダンスができるなんて。ジュリアンのおかげよ」
「……そう」
おっとぉ?
卒業したウィリアムとやらはジュリアンさんの兄の名前かしら?
卒業済みのそんな彼を呼び捨て、ということは婚約者の可能性が高い。
そんなレティシア嬢を見るジュリアンさんの目は……切なげに見える。
私の思い込み補正が入るかもしれないけど!
これはやっぱりアレか。
ジュリアンさんが好きなのは、お兄様の婚約者パターン。
相手のレティシア嬢とウィリアム氏の仲は良好で、決して報われない恋がジュリアンルートのテーマ!
どうりでジュリアンさんからフィナさんへの好意を感じられなかったわけだ。
彼もまた、まだ攻略ルートに入るには時期が早いらしい。
似たようなパターンだと、そのウィリアム氏が危険だったりする?
いやぁ、どうなんだろう。
ヴィルヘルムは明白なフラグだったと思うけど。
その関係で、すでにレティシア嬢が好きなら家としては……。
ヴァレンシュタイン家の子息は男性三兄弟であり、ジュリアンさんは三男だ。
仮にレティシア嬢が次男の婚約者なら、その婚約が破談になったところで、おそらく家としてどうにもならないほどの問題にはならない。
年齢感を考えるにヴァレンシュタイン家の後継はすでにきちんと整っているとか。
長男が家を継ぎ、次男が良家と縁をつなぎ、三男は王家と関わる。
それがヴァレンシュタイン家の方針?
報われない恋を抱えながら生きてきたジュリアン・ヴァレンシュタイン。
レティシア嬢の婚約者が卒業済みで、彼女がもし今、三年生なら今年度で卒業となる。
すると卒業したらすぐに彼女は兄と結婚か。
……うん。ジークヴァルトと違い、すでにキャラクターとしての深みを感じられるわね。
G4の中では比較的、対応がまとも寄りなジュリアンさん。
私が勝手に推薦するならフィナさんの相手は彼かと思っていたけど。
あんまり私が関与する余地はなさそうねぇ。
そんなことを考察しているうちに、ヴィンセント殿下とフィナさんのダンスが終わったらしい。
「ありがとうございます、ヴィンセント殿下」
「ふっ……。楽しめたかな、セラフィナ嬢」
「はい! ダンスって楽しいですね!」
無邪気に微笑んで明るい様子のフィナさん。
おお、絵になるわねぇ。
どうなるかと思ったけど、気持ち的にも楽しめたようで何よりだ。
さて。それはいいとして最も警戒すべきはヒーローとのダンスが終わったあとである。
ここで何かしら起きるのではあるまいか。
……いえ、何か起こすとしたら、もしかして悪役令嬢の私?
ありそうねぇ、それは。私が何もしなければ平和に今日が終わるのかしら。
そう考えていた矢先のこと。
ギフトをオンにした状態の聴覚が、とあるやり取りを拾う。
「ほら、こっちに来いよ」
「え、何? なんですか」
「いいからさ。こんなところ抜け出してさ、楽しもうぜ?」
「楽しむ……? あっ!」
「ほら、こっち!」
「ちょっ、待ってください!」
「いいからいいから!」
んん? このやり取り、この声。女性側の声が切羽詰まっている。
もしかして今夜起きるイベントはヒロインちゃんに直接関わる系じゃない?
ヒーローの見せ場イベント。
ヒロインちゃん以外のモブが事件に遭うのを、ヒロインちゃんの前で解決する、格好いいヒーローなパターン?
「あっち?」
私はパーティー会場を抜けて、声の方へ移動する。
離れた場所の声を聞き分けられるとはいえ、逆に聞こえすぎて建物のどこかわからない。
相手がはっきりしていないと火眼金睛の千里眼では対象を捉えられない。
「……」
私は目をつけている〝主要キャラ〟たちの位置を再確認する。
フィナさん、ヴィンセント殿下、ジークヴァルト、ジュリアンさん。
それぞれのパートナーはまだパーティー会場内にいる。
だが、ただ一人、聖職者キャラのベネディクト氏だけ会場にいない。
彼が舞台裏で事件を解決する系イベント?
ヒロインちゃんが休憩中に事件が起きるか。
あるいは『あの日、実は裏でこういうことがあったんだよ』という今後の事件の前振り?
なんにせよ、やっぱりイベントは起きそうだ。
私は華やかなパーティー会場をあとにし、舞台裏へと向かった。




