54 ヴィンセントとのダンス
「いろいろと災難が続くね」
ヴィンセント殿下が私の手を取り、ダンスを踊りながらそんなことを呟く。
「そうですわね」
「今回、狙われたのは君だと思う? カーマイン嬢」
「私とフィナさん、両方かと」
「そうだね。だとするとベルゴ嬢の目的はなんだったのかな」
「それは当然、ヴィンセント殿下の心象を悪くするためでは?」
何をおっしゃるやら。
「つまり君たちへの嫉妬が理由か」
「嫉妬かどうかは……。邪魔だったのは間違いないでしょうね」
「君はベルゴ嬢に対して、どう処分を下すべきだと思う?」
「……私が決めることでしょうか?」
「被害者は君とセラフィナ嬢だろう?」
「まだ被害に遭う前なので未遂ですけどね」
「確かにそうだ。ところでカーマイン嬢はずっと落ち着いているね」
「そうでしょうか」
「ああ。あらぬ疑いをかけられそうになったというのに、ずっと冷静な対応をしていた。それどころかジュリアンに助言をする余裕まである。素晴らしいね」
「それはどうも?」
評価されてもあまり嬉しくないわねぇ。
フィナさんともっと絡んでくださいませ。
「急にあらぬ疑いをかけられて、それを華麗に受け流すのは得意なのかな」
「得意というほどではありませんわ」
「そうかな? ……それで。ベルゴ嬢のことはどうしたい?」
「ええ……?」
私に決めさせたいのかしら。迷惑ぅ。
「こういう時は公平な立場で物事を観るべきですわね。まずベルゴ嬢がしたことは?」
ステップを踏み、殿下と踊りながら、議論を続ける。
ふふふ、偶に見せる私の貴族令嬢スキル。ちゃんとダンスもできるのだ。
孫悟空だけが私のすべてではない。
なにかしら、この文言は? 当たり前である。
「ベルゴ嬢がしたことは、君の名を騙り、セラフィナ嬢に香水を渡したこと。その香水は異臭がするものであり、明白にセラフィナ嬢を陥れる意図があった。さらにその犯人をカーマイン嬢に押しつけようとしていた。以上かな? 君の香水をすり替えたのは嘘なのだろう?」
「ええ、そうですわね」
踊り続けながら軽く頷く。
「もちろん注意は受けるべきだけど、学園を退学させられるほどじゃない。つい魔が差してしまったという言い訳も通るだろうし、実害がほぼなかった君たちも彼女にそこまで怒りはない……かな?」
「ええ、私はありませんわ。フィナさんもないでしょう。未だによくわかっていないのでは?」
「彼女はそうだろうな」
寛容さは、流石ヒロインである。
「ただ学園として下す処分はそこまでではないが、公爵家の君の名を騙り、評判を落とそうとしたことは大きな問題だろう。だからこそ君は彼女をどうするのかと気になったのさ」
「なるほど」
フィナさんへの仕打ちを許さないと憤るのはヒーローズの役割かな。
「といっても終始、空回りされていた様子ですし、ジュリアンさんのおかげで冤罪もかからずに済みましたから。公爵家の名というか、私の名を騙ったことについては厳重注意。今後のお付き合いは距離を置くとして、それくらいですわ」
「そうか。君が穏やかな人で安心したよ」
穏やかかしらねぇ。
内心は暴れ猿かもしれませんわよ? ウキキー!
「ところで気になることがあるんだ」
「なんでしょう?」
「どうしてベルゴ嬢が、あの香水をつけることになったんだろうね?」
ヴィンセント殿下は微笑みを絶やさずにそう囁く。
「だってそうだろう? 彼女の計画では、あの香水瓶を持っているのはセラフィナ嬢だったはず。なのにセラフィナ嬢は知らぬ間にその香水瓶を落としていて、なぜか元の持ち主であるベルゴ嬢が異臭を放つ香水をつける羽目になっていた。こんなことが偶然起きるものかな?」
「相手は聖女ですから。もしかしたら彼女を守る運命のようなものがあるのかもしれませんわね」
「ふぅん、運命か」
ステップ、ステップ、ターン。
「君が何かしたのかい、カーマイン嬢?」
軽やかに踊る王子と公爵令嬢。
周りにも踊っている生徒が複数いるけれど、間違いなく注目を集めているのは私たち。
「何かとは?」
「それが何かわからないんだよね。君のギフト、『修行者』だったかい? それで何かをした、ということなのかな?」
「ふふ、ヴィンセント殿下。鋭いですわね」
「……認めるのかい?」
「当たらずとも遠からず、でしょうか。ただ私は別にベルゴ嬢を陥れてはいませんよ。それは彼女の態度からわかってくださるかと」
「そうだな。ベルゴ嬢が悪意をもって何かしようとしていたのは間違いないだろう」
「ええ、それさえ理解していてくださるなら、私はそれで」
「誤魔化すなぁ……」
「ふふ」
ヴィンセント殿下も何かしら察してはいるようだ。
私のギフトにはまだ何かあると。
「君の秘密は私には教えてくれないのかい?」
「明かすほどではありませんから。それに、殿下?」
「何かな?」
「女性はミステリアスな方が魅力的とは思いませんか?」
「…………」
私がそう告げるとヴィンセント殿下は軽く目を見開く。
「これも殿下と私の駆け引き。そう思っていますの、私。ですから秘密は抱えたまま、殿下には明かしません。これが私のやり方ですもの。でも、ご安心なさって? 悪事には使いませんから」
「……そうか」
ヴィンセント殿下は苦笑する。ちょっと素直になった表情ね。
「君に一本取られたな、カーマイン嬢」
「お褒めいただき光栄ですわ」
追及が終わると同時に、私たちは踊り終える。
するとたちまち拍手が湧き起こる。
「すごい、とっても綺麗でした、マイン様、ヴィンセント殿下!」
フィナさんの素直な称賛に微笑み返す私。
「さぁ、殿下。真のヒロインはあとから貴方の手を取るものですわ」
「……ああ」
私はスッと殿下から手を離し、離れる。
フィナさんに改めて微笑みかけて場所を譲る。
推定ヒロインと推定メインヒーローのダンスイベントだ。
せいぜい特等席で鑑賞しましょう。
「よろしくお願いします、ヴィンセント殿下!」
「ああ、よろしく、セラフィナ嬢」
授業の始まりの波乱とは反対に、穏やかに時間が過ぎていくのだった。
そうして日は経ち、いよいよ学期末。夏季休暇前のダンスパーティーの日。
ヒロインちゃんのダンスパートナーは、いったい誰になるのか。
ドキドキである。
ちなみに学園主催のパーティーなので、ドレスを着てくる義務はない。
制服での参加でOKだ。逆にドレスやタキシードを着てきてもいい。
経験を積ませることがこのパーティーの目的だからね。
婚約者がいるなど、パートナーがいる生徒はわりとドレスを着てくる印象だ。
目立ちたくないと考える生徒は制服のままね。
なお、私は制服参加……といきたいところだったのだけど。
流石に空気を読んでドレスを着ている。
赤髪に合うように赤色を基調としたドレス。
でも装飾華美にならないようにしつつ、目立つ赤色を抑えるために白もベースにしている。
髪型はそこまで整えていない。侍女には誤魔化しながら整えてきた。
また、この学園主催のダンスパーティー。
一つ上の二年生たちと、一部の三年生も同時に参加する。
同世代だけではないことで緊張感を促がす目論見らしい。
いかにも疑似本番って感じの空気感ね。
参加者が夥しい数になるので、前世でいえば文化祭とか、そういう雰囲気よ。
そんなお祭り感のある中、私はさっさとパーティー会場に入っていた。
とくにエスコートの約束とかしていなかったので。ということは。
「ねぇ、あれ」
「ええ、アスティエール嬢ね」
ヴィンセント殿下はフィナさんをエスコートしていた。
おお、おお。見せつけてくれるねぃ、お二人さん!
ちなみにワインとかは出されていない。こっちの世界でも学生にワインは駄目らしい。
さて、世間的な注目は殿下かもしれないけど。
私が注目するのは、すでに知っているその二人ではない。
「あれは……」
ジュリアンさんは見覚えのない女子生徒をエスコートしている。
ジークヴァルトも同じだ。
それぞれ、どういう立場の誰さんなのか、不勉強な私にはわからない。
一つ言えることは、二人のパートナーは容姿が整っていることかしら。
メインキャラ級、かどうか。
ヒロインの友人、兼ライバルヒロインになりえそうな雰囲気がある。
ジークヴァルトにエスコートされている女子生徒は、彼へ向ける視線が熱い。
……あれは、もしかしてヴィルヘルムの婚約者候補?
ジュリアンさんがエスコートしている女性は温和そうで、如何にも気品がある。
上品でお淑やかなお姉さんの雰囲気。二年生かな? いや、三年生かも。
年上の魅力的なものを感じるわ。
「あら」
それにジュリアンさんがエスコートしている女性に向けている視線や、表情がどことなく……熱がある。
憧れの女性、みたいな。あらあらあら。
「面白くなりそうねぇ」
今日も何かしらのイベントが起きそうな気配よ。




