53 真理の探究
現れた二匹の黒い犬のうち、一匹が私、もう一匹がベルゴ嬢のもとへ向かう。
「ひっ!」
黒犬、しかもそれなりの大きさなんて普通に怖い存在だ。
そんなのがいきなり迫ってくる。ベルゴ嬢が怯えるのも仕方あるまい。
「…………」
噛みつかれるのかしら? なんて呑気に思いつつ、黒犬の出方を窺う私。
黒犬はとくに噛みつくことはなく、ただ私の匂いを嗅いでいる。
そのまま犬みたいねぇ。
私は間近に来た犬の顎下を撫でてあげる。
「……!」
すると、なぜかビクッとして距離を置かれた。
え、何その反応。まるで私に怯えているみたいな挙動やめてくれる?
如意棒で、たちまち二十棒は食らわせてやるぞ! ウキキーッ!
「くぅん……」
とか思っていたら、なぜか床にペタリと座り込む黒犬。
反応が可愛くないわねぇ。
「……初めて見る反応なのですが」
「知りませんわよ、そんなこと」
ジュリアンさんが私に対する黒犬の反応で呆れている。
今の私、金剛不壊をオンにしているし、孫悟空の気配が漏れているのかもしれない。
流石にギフトをオフにすれば、犬だって可愛らしい態度を取るはずだ。
ええ、きっと。おそらく、たぶん。
「ワンワンワン!」
「きゃあっ!」
一方、ベルゴ嬢の匂いを嗅いでいた方の黒犬が、彼女に向かって吠えたてた。
あの反応からして、たぶん。
「判明しました。この青色の香水瓶の元々の持ち主はルチアーナ・ベルゴ伯爵令嬢、貴方だ」
ジュリアンさんがピシッと指差す。
彼のギフトの力かもしれないが、スマートなのかどうなのか。
あと、これは彼には言えないんだけど。
やっていることが、私が点石成虫でやったことと一緒じゃない?
悲報。ギフト『真理の探究』、やれることが『斉天大聖孫悟空』の能力の一部。
ま、まだあちらには鑑定分野があるしぃ? 差別化はできているはずだ。
しかも所有権とかなんだとか面倒くさい前提を置いていた以上、単純な匂い判定とはまた違うものだと思われる。
一概に上位互換や下位互換とは言い切れない。
「なっ……! ち、違います……そんな」
「私のギフトが香水瓶の持ち主を特定したのです。言い逃れをしても無意味と思ってください。それとも、もっと大事にしましょうか? 徹底的な捜査をして、この瓶を誰が手に入れたものか調べて公表します。それは貴方にとって損になると思いますが」
ジュリアンさんがそう宣言すると、ベルゴ嬢は顔面蒼白になり、言葉を失ってしまう。
「この瓶の持ち主がベルゴ嬢ということは、この異臭の香水をセラフィナ嬢に使わせたかったということ。それもマロット公爵令嬢の名を騙り、彼女からの贈り物をすり替えて。ひどい嫌がらせだ」
「ち、違……それは」
んー、一部冤罪! そこは見抜けないかぁ。
そういう片手落ちなところが、のちの悪役令嬢断罪に響いてきそう。
ジークヴァルトもそうなんだけど、ギフトを信用しすぎじゃない?
私が人のことを言えるのかはさておき。
「……どちらにせよ、その匂いのままでいられては迷惑です。退室なさってください。教員には私から事情を説明しておきましょう。そこの彼女と、彼女。ベルゴ嬢を連れていってください」
ジュリアンさんは、正確にベルゴ嬢の取り巻きと思われる女子生徒二人を指名した。
何がどこまで彼の目に見えているのか。
その選択の時点で、かなりの精度のように思える。
あるいは元から彼女たちの関係について知っていたか。
「……マロット公爵令嬢。それでかまいませんか?」
「ええ、問題ありませんわ」
「貴方が彼女に渡したという赤い香水瓶については、また後程、提出させます」
「それは必要ありませんわよ」
「……必要ない?」
「ええ、だって赤い香水瓶の話は、私の嘘ですもの」
「は」
私は平然と嘘を暴露しておく。
私の暴露に教室内が凍りついた。生徒たちの注目が私に一点集中する。
そんなに見るなやい、俺様、照れちまうぜ、ウキキ!
「……嘘?」
「ええ、だってベルゴ嬢、明らかに私を狙って何やら罪を被せようとしていたんですもの。ですので揺さぶりをかけましたの。彼女、驚いていたでしょう? それまでは計画通りみたいな顔で嬉々としてフィナさんを糾弾しながら矛先を私に誘導していましたのに」
「……それは」
ジュリアンさんが眼鏡を片手で押さえる。
「ジュリアンさんには感謝いたしますわ。あの青い香水瓶が、そもそも私の物ではないと、私では証明できませんでしたから。今日、私はフィナさんへの贈り物など用意しておりません。だいたいおかしいでしょう? ただのダンス授業日にプレゼントなんて。いったいなんの贈り物ですの、それは? 考えればわかることですわ」
私がそう告げると、生徒たちからも『確かに』『そうよね』という同意の声が上がる。
ジュリアンさんは真面目くさって呟いた。
「……それは盲点でした」
盲点かしらねぇ?
「というわけでジュリアンさん? 私、貴方には感謝しますけれど。貴方は私の証言とギフトの能力に任せて一つ、冤罪を生み出しかけましたわ。それはベルゴ嬢が、私の香水瓶を取り替え、盗んだという冤罪です。これって反省点ですわね? ギフトは絶対ではない教訓としてくださいませ」
「……!」
どちらかといえば庇ってもらった側なのに説教する私。
いや、でもこれは必要な指摘だろう。
ここを放置していたら将来『悪役令嬢! お前の悪事はお見通しだ!』で冤罪ムーブをかまされるかもしれない。なので、ここで彼の自信を一度へし折っておく。
攻略対象の好感度なんのその!
私は『悪役令嬢なのに、なぜかヒロインより攻略対象たちに愛されちゃってます!?』みたいなルートに進む気はないのだ。
「……そうですね」
「ええ。感謝もしますが、これからの貴方のためにも言わせていただきました。失礼しましたわ」
「……いえ、必要な指摘かと」
得意満面だったのに、ちょっとションボリするジュリアンさん。
ちょっと可哀想。よし行けヒロインちゃん! ここは貴方の出番よ!
「すごかったです! ジュリアンさん! あっという間に問題を解決しちゃいましたね!」
冗談で思っていたら、本当にフィナさんはジュリアンさんを励ます。
さすヒロだわぁ。
「……どういたしまして。別に貴方のためにしたことではありません」
「はい! わかっています! でも、ありがとうございます! 私も助けられましたから!」
「……どうも」
ジュリアンさんの態度、フィナさん相手でも変わらないわね。
好感度が足りていない? でも、なんだかちょっと違う気がするわね。
フィナさんのことが眼中にない感じがする。
ジークヴァルトはそこはかとなくヒロインへの好意がありそうな雰囲気。
ベネディクト氏も同様だ。ヴィンセント殿下は腹黒で読めない。
そんな他の三人とジュリアンさんが何か違う雰囲気なのは……こう、あれね。
『他に好きな人がいる』みたいな、そんな感じ?
これは孫悟空の勘というより女の勘だ。
ジュリアンさんは、まだフィナさんを異性として意識する段階になっていない。
もしかしたらヒロイン以外に好きな人がいて、これから失恋するパターン?
「…………」
とりあえず、そのパターンだとしても対象は私ではないだろう。
今まで彼からそういう視線を向けられたことはないからね。
「みんな、騒ぎが起きたけど。どうやらジュリアンのおかげで収まったようだ。ひとまず教室の換気をして授業に戻ろうか。私はダンスを楽しみにしていたんだ」
ヴィンセント殿下がそう声をかけると生徒たちに広がっていた動揺も収まる。
換気され、嫌な臭いがなくなると、生徒たちも落ち着いていった。
「カーマイン嬢、私と踊ってくれるかい?」
ヴィンセント殿下が私に手を差し出す。
「ええ、喜んで、ヴィンセント殿下」
波乱は起きたが、こうして無事にダンスの授業が始まった。




