51 嫌がらせ
「フィナさんとは堂々と接触したようね」
彼女に『私から』と偽って香水を渡したのは誰かしら?
フィナさんと話していた遠くの会話は拾えたけれど、誰の声かは識別できていない。
女子生徒の声だったことは間違いないだろう。
さて。どんな香水なんだか。フィナさんが直前にチェックするか否か。
……あの子の場合、しなさそうだ。
言われた通りにダンス授業前に香水を振るかもしれない。
一番怖いのは殿下を害するような毒物だけど……。
そこまでいくと、きっちり調べられるはず。
そうなったら毒の入手経路などから犯人が判明するだろう。
フィナさんだって黙ってはいまい。その線は流石にないと思いたい。
私の名を騙ってフィナさんに偽の贈り物をする意図。
フィナさんを喜ばせたいわけではないだろう。
そういう目的なら勝手に私の名を騙るはずがない。
それで香水。考えられるのは、香りが〝くさい〟香水ね。
わざわざヴィンセント殿下とのダンス前につけろと念押ししていた。
くさい香りをつけて殿下と踊らせて彼女の印象を悪くしたい?
しかも、その嫌がらせの原因を私に押しつけたいのだ。
悪役令嬢あるある、どんどん評判が悪くなり、ヒロインとの確執が広がるテンプレ。
対応はどうする?
フィナさんが香水を振る前に接触して、どうにか回収するべきだ。
でも本命の狙いが私であるなら、私の動きを監視しているかしら。
フィナさんを陥れつつ、私を犯人と仕立てたいのよね。
そんな状況で私がフィナさんの前に行けば、その時点で何かしらの言いがかりをつけられるかもしれない。
現場を取り押さえられて、フィナさんに尋ねると彼女は思わず口にする。
『これはマイン様にいただいた香水です』と。
そのことを聞いたG4たちは、私とフィナさんの交流を阻もうと動く。
ありそうな流れね。
なら、ここから直接フィナさんと接触するのは避けるべきだ。私自身のために。
私は今、学園の建物の二階にいる。
フィナさんたちの声が聞こえた方角はなんとなくわかるけど正確な位置は掴めない。
火眼金睛を使いたいけど、学園内であの目の変化は目立つから避けたい。
「なら、こうね」
私は廊下の窓を開いて少しだけ身を乗り出す。
うなじの毛を一本抜いて手を伸ばし、小さな声で呪文を唱える。
「身外身法」
小さな分身、ミニ・カーマインを一体、窓の外の死角に出現させる。
小さな私が小さな筋斗雲に乗っている姿が現れる。
「命令、姿を消して」
「ウキッ!」
火眼金睛オフ状態なので私にもミニ・カーマインが見えなくなる。
気にせず続けて命令する。
「命令、フィナさんを捜して、彼女が持つ香水瓶をバレないように回収してきて。G4、とくにジュリアンさんにはバレないように注意すること。透明化を見破られるかもしれないから、彼の視界にすら入らないように。声を出す時は小声で静かに。じゃあ、行って」
「ウキー……!」
命令通りに小声になったミニ・カーマイン。
今の私にその姿は見えないけど、おそらく命令通りに動き始めただろう。
私は監視されていることを想定して、フィナさんとの直接接触はしない。
ミニ・カーマインが戻ってきやすい位置を探して移動した。
程なくして。ミニ・カーマインが私のもとへ戻ってくる。
私は学園の中庭にあるベンチに一人で座っていた。
「ウキー」
「戻ってきたわね、ありがとう」
声だけがしたかと思うと、私の手の平に香水の瓶が落とされる。
「……戻っていいわよ」
「ウキッ」
ミニ・カーマインがたぶん、うなじの毛に戻ってくる。
一回抜いたのにまた戻ってくるのがこう……。
そういえば、まだ『増毛』は試していないわねぇ。流石に術名は知らない。
願えばいけるか。まぁ、それはまた今度でいい。それより今は香水だ。
「見た目は普通ね」
ガラス瓶に入った香水。
私の推理では、この中はくさい臭いの香水だが……。
意を決し、私はギフトをオンにする。オンにするのは嗅覚だ。
孫悟空の嗅覚は生物の鼻を超越したセンサーみたいなもの。
ただ臭いを感じるだけではなく、妖気や毒気を嗅ぎ分ける。
ただし、その能力を使って私がきちんと判断できるかは別だ。
それは孫悟空の経験と知識ありきの判別のはず。
中身をこぼさないように気をつけつつ、瓶の蓋を開く。
「……!」
やっぱり異臭がする!
眉間に皺を寄せつつ、すぐに術を使う。
「辨気法」
空気中の成分、妖気とかを判別する術だ。
毒霧や腐食性のガスが混じっていないかを判断するもの。
たぶん、大丈夫そう……?
なんというか臭いけど強烈に嫌な予感とかしない感じ。
こればっかりは能力より経験が大事な判断材料だろう。
ただ、やっぱりここで毒殺までするとは思えない。
それは私の希望的観測かしら? ここは念のため。
「禁毒法!」
嗅ぎ取った毒を無効化する術! これには気持ち、力を込めておく。
剣指を結んで香水瓶を指し示す。
すると香水瓶が淡く光り、術が発動したのがわかった。
でも臭いは変わらないみたい。毒ではない判定かしら。
これで、無毒の、ただ臭いだけの香水のできあがり。
「辟邪法」
孫悟空の周りの空気を清浄に保つ術。邪悪な臭いや気を遠ざけるというやつだ。
蓋を閉じつつ、術で臭いを打ち消す。
「……ふぅ」
これでおそらく、この香水が元は毒だったとしても大丈夫になったと思う。
でも、だからってフィナさんにこのまま返すつもりはない。
「こらしめないといけないわよねぇ?」
悪役令嬢に喧嘩を売ったのだから。
私はニヤリと悪い微笑みを浮かべる。
あえて再び瓶の蓋を開いてから、剣指で指差し、香水瓶に術をかけた。
「七十二変化、点石成虫」
蓋が少し開いたままの、青色の香水瓶を羽虫へと変身させる。
ちなみにこんな四字熟語はなく、本来は『点石成金』だ。
石を指差して金に変えるという仙術である。
ゴールド・エクスペリエンス!
「持ち主のもとへ行きなさい。そして気づかれないように衣服に張りついて待機」
ミニ・カーマインと違い、返事もなく香水虫は飛び立っていく。
あとは授業時間を待つだけだ。
さて、誰が犯人なのだかね?
初めてのダンス授業。
事前の約束通り、私とフィナさんがヴィンセント殿下のダンスパートナーに選ばれる。
フィナさんはどうやら困った表情で私の様子を窺っていた。
貰った香水瓶を失くしてしまったと思っているのだろう。
そちらのフォローはあとでしてあげよう。
「──収」
私は位置取りを整え、待機している生徒全体に向けて、しれっと剣指を向ける。
そして変化の解除を命じる。
すると、一人の女子生徒から小さな煙が立ち込めるのが見えた。
……彼女が犯人か。
「え? 何? くさいわよ」
「え……?」
「やだ、何? 誰?」
「うわ、誰だよ、この臭い!」
もちろん生徒たちの一団からフィナさんも私も離れているタイミングである。
たちまち集まった生徒たちに異臭騒ぎが広まるのだった。
ウーッキッキ!




