45 ヴィルヘルムとの対談②
いやいや。名前呼びだけで一気に物事を考えすぎだ。
まずはお近付きの印に、とかその程度かもしれない。
というか、そもそもヴィルヘルムにだって婚約者がすでにいるだろう。
結婚している可能性すらある。なにせ小侯爵だ。
……探ってみる?
いえ、それだと、がっついているみたいになって恥ずかしいわね。
うーん、でも、ここは。
「小侯爵を名前、しかも愛称で呼ぶのは誤解を招くでしょう。まさか私をこのまま別邸でお囲いになるつもりでもないですよね。私がそう呼ぶのは貴方の近しい人に余計な心労を与えるのでは?」
遠回しな言い分からジャブを打っておく。
「はは、それについては心配要らないよ。カーマイン嬢はきちんと無事に家に送り届けるつもりだ。それから俺には近しい人、つまり婚約者や妻はいないから、そちらも心配ない。誤解については……ケースバイケースだね」
私に踏み込むかどうかは濁したわね。というか。
「意外ですね。小侯爵であるのに婚約者も妻もいないのですか?」
「まぁね。あとから嘘かどうかを確かめてもらっていいよ。信頼するかどうか、それから決めてくれてもいい」
「いえ、信じますよ。ただ何か事情でも?」
「……うーん。まぁ、そんなに深い事情でもないんだが」
ちょっと彼との関係云々は横に置いておいて普通に興味がある。
彼のような男性を貴族令嬢たちは放っておかないと思うのだが。
「俺にはジークヴァルトという弟がいる。四つ年下のね」
四つ年下。アイゼンハルト卿は私と同じ学年だから十六歳。
つまりヴィルヘルムは今、二十歳か二十一歳ね。若いのか、大人なのか。
今世感覚と前世感覚が混ざってなんとも。
ただ少なくとも今世的にはもう大人といっていいだろう。
同年代男子のクソガキ感と見比べると、やはり印象がよくなってしまう。
「弟、ジークは君も知っているだろうけど十三歳でギフトを授かった」
「ええ」
「その当時の俺は十七歳。まだ王立学園に在籍中だったんだけど」
まぁ、そうなるわよね。
「『ギフトを授かったジークこそ次代の侯爵に据えるべきでは?』という声が一族から上がってね」
「ああ……」
そういうパターンもあるのか。
我が家には私の下に弟がいるから関係なかったけど。
アイゼンハルト家は年齢の近い兄弟だ。
そうなると家督に関しても影響が出てしまったのだろう。
「将来、侯爵になるのか、ならないのか。それは伴侶となる女性には大きな問題だろう? それなのにその部分が定かではないとなれば、どうしてもね。当時、婚約者候補もいたのだが……」
「破談になったのですか?」
「破談というか保留に近いな。とくに相手を縛っていない。先方に別の相手が見つかったなら大人しく引く。ふわりとした感じだ」
「……お相手の女性、それでいいんですの?」
私が言うのもなんだが、この世界でその立ち回りはどうなのだろう。
何がなんでもヴィルヘルムを侯爵に推す覚悟で、とっとと婚約を決めた方がいいんじゃない?
「今のところはね? まだ彼女も若いから」
「あら、もしかして貴方と同年代ではない方で?」
「ああ。実は保留になっている女性はジークと同年代なんだ」
「それは……」
もしかして相手の女性の推しがヴィルヘルムではなくアイゼンハルト卿ってこと?
つまり、そういうこともあってヴィルヘルムの扱いが半端なことに?
いや、でも。
「それでも貴方が『小侯爵』なのですよね?」
「まだね。それと表向きも。ただ、ジークも学園に入学したばかりだから。それにヴィンセント殿下とジークが良好な関係なら、また変わってくる。とまぁ、俺にパートナーがいないのは、そのあたりが理由だ」
「……わかりました。少し話が逸れましたね」
ジークと同年代、つまり私やフィナさんと同じ年齢の女性。
さらにヴィルヘルムの婚約者候補であり、ジークと結ばれる可能性も大いにある女性。
……それ、ライバルヒロインじゃない?
私じゃなくてフィナさんの。婚約者ではなく候補なところが私と同じだ。
さらに推定原作だとヴィルヘルムが死んでいる可能性まである。
そうなるとアイゼンハルト卿が次代の侯爵になるのは決定事項となってしまう。
正直そっちの話を深堀りしたいところだが、流石に空気を読もう。
「そういう理由もあるから、カーマイン嬢には名前で呼んでもらった方が穏便だ」
「え? ……ああ、私が『小侯爵』と呼ぶ方が妙な印象になりますか」
「そういうこと」
まるでマロット公爵家がヴィルヘルムを侯爵にしようと推しているみたいになる、と。
表向きはそうなのだから問題ないとも思う。
だが、ヴィルヘルムはもっと個人的な交流を求めているのだろう。
そうなると『小侯爵』呼びの方がよくない、と。
「わかりました。そういうことならヴィルヘルム様と呼ばせていただきますわ」
「ヴィルでいいんだけどなぁ。だってヴィルヘルムだと長いだろう?」
「……では、公の場ではない、二人きりの時は『ヴィル様』と」
「はは、そのあたりが落としどころかな?」
うまく乗せられた気がする。しかも嫌な感じがしない。
これだけで大人な感じがするわね。
「それでどこまで話したのだったか……」
「とりあえず現状の確認ですね。領地はもう心配なさそうなんですか?」
「ああ、落ち着いたと思う。魔獣も討伐できるものはして、残りは森に追い返している。……あ」
「どうかしましたか?」
ヴィルヘルムは何かに気づいた様子を見せる。
「領民たちの状況を確認するにあたって、不思議な報告を聞いた」
「不思議な報告?」
「赤髪の妖精が助けてくれたという報告だ」
あー……。私は思わずヴィルヘルムから目を逸らした。
アイゼンハルト領に訪れた際、その状況に対応するため、私は『身外身法』の術を行使した。
それは孫悟空が得意とする分身の術だ。
分身をそのまま運用するとミニ・カーマイン、私とそっくりの容姿になってしまうため、さらに『七十二変化』で分身たちの姿を変えさせ、妖精風にした。
そんなミニ・カーマインたちを領地に放って、人命救助や魔獣の撃退を命じたのだ。
「残念ながら妖精たちは姿を消してしまった。言葉も発していたから交流できる可能性もあったんだけどね」
どうかしらね。命令以外の応答はしなさそうだけど。
「細かい姿は違うが同じようなものは俺も見ている。あのキメラとの戦闘時にだ」
「把握していましたか」
「それはもちろん」
戦闘中だから気にしないということはなかったか。
というか、ヴィルヘルムの前では、かなり能力全開だった。
今さら隠しようがないだろう。
「……はい。まぁ、お察しの通り、その妖精を放ったのは私です」
私は大人しく白状することにした。
「やはりそうなんだね。だったら、やっぱり貴方はアイゼンハルト領の恩人に他ならない。キメラの討伐への協力もさることながら、君が放ったという赤髪の妖精たちは直接的に領民を助けてくれた。カーマイン嬢、改めて貴方に感謝する。本当に、本当にありがとう。君のおかげで多くの命が救われた。どれだけ感謝しても足りない」
「いえ、そんな。頭を上げてください、ヴィル様。感謝の言葉は受け取りました」
頭を下げて感謝してくれるヴィルヘルムの頭を上げさせる。
「ありがとう。すまないね、先にこちらをはっきりさせるべきだった。貴方は俺とこの地の民の恩人だ。だからこそ貴方の願いは叶えたい。……貴方の功績は黙っているべき、でいいのかな?」
「はい、そうしてください。とくに能力については隠しておきたいのです」
「そうか。心苦しいが、わかった。ただ俺だけは貴方への感謝を忘れるつもりはない」
「ありがとうございます、ヴィル様」
ひとまず落ち着かせて。
「それで能力を隠したいというのは?」
本当の本題に入る。
「もちろん貴方がそう望むなら叶えるつもりだが、隠す方向性だけでも確認しておきたい。具体的にはどうしてほしいのか。なぜ、とまで教えてくれるなら臨機応変に対応もできる」
「そうですね……」
どう伝えたものか。ヴィルヘルムは信用できそうだし、能力を隠せるレベルは越えている。
それに私には協力者がいてくれた方がいい。
この先、私は悪役令嬢として学園での信頼を失う可能性がある。
学園で交流した相手を果たして心底信じ切れるかというと正直、微妙。
だって『信じていた友人に実は裏切られていた!』パターン、わりと悪役令嬢あるあるじゃない?
だけど、その点、ヴィルヘルムにその心配はしなくていいと思う。
だって彼は推定原作だと死亡している可能性が高い。
彼はメインシナリオから外れた存在なのだ。
悪役令嬢ポジションの私にとって、これほど信用できる人物もいないだろう。
「能力を隠してほしいのは私の能力が極めて強力で、危険だからです」
私はある程度の事情をヴィルヘルムに打ち明けることにした。
孫悟空については濁す。
いや、だって相手、孫悟空なんてわからないでしょうし。
異世界最強の猿です、ウキキー! って言っても頭ポカンでしょう。




