44 ヴィルヘルムとの対談①
「小侯爵! ……無事だったのね」
ヴィルヘルム・アイゼンハルト小侯爵。
銀髪に緑色の瞳をした凛々しい男性。
最近は同級生・同年代の顔ばかり見ていたから余計に彼が大人に感じる。
前世基準の年齢と精神性を比較に持ち出すには、彼が背負う責任は重い。
いずれ侯爵を継ぐ立場だからこそ、侯爵令息ではなく〝小侯爵〟と呼ばれているのだ。
「入ってもいいかな?」
「ええ、もちろんですわ、小侯爵」
許可を得てから部屋に入ってくるヴィルヘルム。
「体調はどうかな、レディ」
彼には名前を名乗ったはずで、最後には『カーマイン嬢』と呼んでいた。
けれど、ここには侍女がいるから私の名を呼ばないようにしているみたい。
配慮してくれているようね。
「平気です。貴方が私を助けて、ここまで連れてきてくれたのでしょう? ありがとう」
「気にしなくていい。それに助けられたのは俺の方だ」
「ふふ、そう言ってくれるなら、お互い様でもいいのかしら」
「……ん」
ヴィルヘルムはそこで少しだけ悩む。あら、不満かしら。
「いや、これくらいでは君に助けられた恩は返せていないだろう。それに、領民たちを守ってくれた恩もある」
「領民たちの恩、それはつまり……」
気になっていたことだ。
自ら調べに行こうと思ったが、目の前にヴィルヘルムがいるなら聞いておこうか。
「アイゼンハルト領の現状はどうなのでしょう? あ、いえ、疲れているのなら今、話さなくていいのですけど」
「……疲れてはいるけれど、先に君と話がしたい。いいかな、レディ」
「私は構いませんが……」
「なら、……二人きりの方がいいかい? 扉は開いておくけれど」
「……そうですわね。そうしてくださるかしら? できれば話す内容は聞かれたくないですわね」
「配慮しよう。安心してくれ、この別邸にいる使用人たちは口が堅い者たちだから」
それを聞いて、私は素直に頷く。
アイゼンハルト家の内部がどうなっているのか知らないけれど。
別邸にいる使用人たちはヴィルヘルムに仕えているのかしら?
侍女らしき彼女には部屋から下がってもらう。ただ、扉は開いたまま。
中の話が聞こえないように少し距離を取るように指示しているのを黙って待つ。
私たちは部屋にあるソファーにテーブルを挟んで対面に座る。
「改めて確認するが、体調はもういいのかい? カーマイン嬢」
二人きりになるとヴィルヘルムは私の呼び方を戻す。
「ええ、問題ありませんわ。小侯爵の方は? 私が気を失ったあと、ずっと働き詰めだったのではありませんか」
「俺の方も問題ないよ。やわな鍛え方はしていないつもりだし、それにいいこともあったから」
「いいこと?」
「領民の多くが、あの規模の魔獣の襲撃を受けながら助かったことだ。被害は、きっと考えられるかぎり最小限で済んだと思う」
「それは……いいことですわね」
どれだけ力になれたかわからないけど、介入した甲斐があったわ。
「これも君のおかげだ、カーマイン嬢。感謝している。ありがとう」
「私のおかげ?」
「……君は気を失ってしまったが、そのあと君を抱えて騎士団本隊と合流した。彼らが言うには魔獣たちがそれまでの統率を失い、混乱した様子で、どんどん森の奥へと引いていったそうなんだ。つまり君の見立ては正しかった。やはり、あの個体が今回の災害の原因だったのだろう」
「そう、ですか……」
ひとまず安心とは思う。助けることができたなら嬉しいとも。ただ、それは。
「つまり、この地を襲った魔獣災害は人為的なものである可能性が高い、ということですわね」
「……そうなるのだろうな」
あのキメラの中にあった黒水晶。おそらくあれが原因なのだ。
どう考えてもアレは自然発生したものじゃないだろう。
いや、まったくその可能性がないとは言い切らないけど。
こう、そこはシナリオ的に、ねぇ? 自然発生より人為的な事件であるべきだろう。
ヒロインちゃんとヒーローズの捜査編が始まりそうだ。
むしろ、そっちがメインシナリオかしら。
いや、アイゼンハルト卿ルートのエピソードなのかも。
「カーマイン嬢は、あの魔獣と黒水晶について深くは知らない、でいいんだね?」
「ええ。詳しくは知りませんの。あの場に向かったのは私なりの推測からです」
「あの魔獣のことを『キメラ』と呼んでいたのは?」
「昔、似たように描かれたものを創作物で見たことがあって、それによく似ていたもので。緊急事態ですから、勝手につけた名前ですわ。正式名称かはわかりません」
「そうか」
ヴィルヘルムの反応的に、この国の創作物にキメラはいない?
ギリシャ神話の類似神話はなさそうかな。
いや、でも乙女ゲームっぽい世界観だからねぇ。
適当に前世で見知ったモンスターがわんさか湧いてきてもおかしくなさそう。
フィクションが先か、異世界が先か。
「私からも、お聞きしても?」
「ああ、もちろん」
「どうしてあんな森の奥にいらっしゃったんでしょう? かなり他の騎士たちから離れた場所に一人でおられた様子でしたけど」
ここがまず気になった。どういう経緯であのシチュエーションが発生したのか。
「……そうだな。まず、アイゼンハルト領で魔獣の氾濫が起きた。最初はただの獣と思っていたが、どうやらそれが魔力を帯びていて、凶暴で強靭だということが判明した。被害を押しとどめるために俺が騎士団を率いて討伐に出た」
「はい」
そこまでは発覚、初動で当然の流れだろう。
「途中までは俺たちの戦力で押し返すことができていたんだ。だが敵の数がどんどん増えていった。抑え切れないほどに。さらに魔獣の群れから、統率されている動きを感じたんだ」
狼型の魔獣だったからね。やっぱりそうなんだ。
「群れる獣を討つ時の鉄則は、群れのリーダーを仕留めることだ。魔獣であるからこそ、余計にそういう存在がいるだろうと俺は考えた。いや、そう〝願った〟が正しいかな。群れのリーダーさえ倒せば、このただならない事態が収まってくれる。そんな願いだ」
ヴィルヘルムには群れのボスが事態の解決になる確証なんてなかったのね。
私の場合は、前からこの世界に横たわっているだろうシナリオを意識していたからだった。
「そんな時に聞こえてきたのが他の魔獣とは異なる咆哮だった。しかも、その咆哮とともに魔獣の群れの勢いが増したような気がした。そこで、それこそ〝当たり〟をつけて森の奥へと単身で向かうことにしたんだ。領民を守るために、数は連れていけなかった。魔獣の群れを押しとどめるには多くの戦力が必要だったから。そうして特別な咆哮を追いかけた先でアレと対峙した、というわけだ」
「なるほど」
その判断は正しかったはずだ。
現にキメラの討伐か、黒水晶の破壊は魔獣の群れに影響した。
推定原作シナリオだと、そういった判断のもと、ヴィルヘルムが単独でキメラを撃退するなり、黒水晶を破壊するなりして、この領地は救われる感じかな。
……けれど、おそらくその時の彼は重傷を負っていただろう。
そして命を落としていた可能性が高い。
キメラは私と共闘してさえ強敵だったのだ。彼一人での対処はどうなっていたやら。
とくに山羊頭が吐き出した火炎ブレスとかね。一般人にアレをどうしろと?
「君も似たように考えて、あの場に駆けつけてくれたんだろう?」
「まぁ、そうですわね。だいたいそんな感じですわ」
プロセスはまったく違うと思うけどね!
「……それで。ここからが俺と君にとって重要な問題なのだが」
「ええ」
「カーマイン嬢。今回の事件の裏側にある何かについて、調査に協力してもらえないだろうか」
「調査の協力ですか……」
意外な提案ではない。彼からすれば現状、手掛かりが限られているのだ。
それに私への疑いもすべてが晴れたとは言い難いはず。
言いがかりなんて、この地にいた時点でいくらでもつけられるはずだもの。
といってもヴィルヘルムからは私に対する疑いは感じられない。
無礼な態度も言葉もないし、むしろ感謝している様子が窺える。
もちろん、それらの疑いは押し隠して微笑みを浮かべるのが貴族なんだけど。
「キメラというあの魔獣、どう考えても自然に生まれたものじゃあない。そういった技術が実際にあるのかは知らないが、黒水晶とともに何者かの悪意を俺は感じている」
「そうですわね……」
推定原作でヴィルヘルムが死んでしまうとする。
ひとまず、そこからしばらくは領地の復興とか、アイゼンハルト卿のメンタル塞ぎ込みタイムが挟まるだろう。
その時点ではヒロインの介入はまだないはず。
彼女が関わってくるのは、きっと攻略が進んだあとだから。
ヴィルヘルムの死から時間が経ち、だんだんと調査が進んでいく。
どうやらヴィルヘルムと対峙した魔獣がいるらしい。
その痕跡から強力で、大きな個体だったことが判明する。
すわ、こいつが小侯爵の仇かと、この地の民は憤る。
調べた結果、砕かれたあの黒水晶が発見される。
これは、いったいなんだ? とまた調査タイム。
この期間、アイゼンハルト卿はヒロインちゃんへの好感度アップイベントが学園で発生中。
さらに時間が経ち、調査が進むか、または別イベントで判明した事実により、黒水晶が魔獣災害の原因であったとわかる。
『兄貴は何者かに殺されたんだ!』と、復讐キャラモード・アイゼンハルト卿が爆誕!
ちょっと仲良くなっていたヒロインちゃんは、そんな彼を心配して介入を決めて?
私、これからどうなっちゃうのー!? という展開だ。
……このシナリオ展開の場合、推定悪役令嬢の私って話に絡むのかしら?
「いや、すまない。話を急ぎすぎたな。いろいろと言いたいことや聞きたいことがあって、話す順番も考えてはいたんだが」
「いえ、大丈夫ですよ、小侯爵。混乱してしまうのも当然のことでしょう」
「……ヴィルヘルムでいい」
「はい?」
「なんだったら呼びやすく『ヴィル』と呼んでくれ。その方が話しやすいだろう?」
「それは」
ぴゃー! 如何にもヒーローとのやりとりっぽい流れ!
美形の男性の、笑顔と照れの破壊力もある!
私の中の、あらゆる創作物知識が、この先の展開を否応なく予測させる。
残念ながらウブで、何も知らない、無垢な少女の反応は返せない。
悪役令嬢ものだって履修済みな以上、ロマンスの発生もあり得るとは理解できてしまう。
とくに今世、私の容姿スペックが半端ないから余計にだ。
思わずいろいろと、ヴィルヘルムとの関係について考えてしまう私。
そうして導き出した私の、最初に思い浮かんだことは。
……アレが『義弟』になるのは、ちょっと考え物じゃない? だった。




