41 原典
第二章、スタートです。
「う……」
ゆっくりと瞼を開ける。
見えてきたのは、見知らぬ天井だった。
といっても、前世の病院というわけではない。
「……ここは」
どこだろうか。私の部屋ではない。
前世でも、今世でも見覚えのない部屋だった。
私は、そんな場所で目を覚ましたのだ。
見覚えのない部屋の、ベッドの上だった。
ここはどこなのか。何が起きたのだったか。前世、今世とは。
困惑した頭で今さらのようにこれまでの事態を整理していく。
今世の私の名前は、カーマイン・マロット。マロット公爵家の長女だ。
〝今世〟という言葉が意味するように、私には前世の記憶があった。
とはいえ、パーソナルデータは、ほぼない。
覚えているのは現代の日本人だったという記憶だけ。
どこの地方の、なんという名の人物だったのか、それはわからない。
趣味はオタク寄りで、自分で創作活動とかするタイプだった。
前世も女性で、結婚は……していなかった、かな? おそらく、だけど。
前世の家族・恋人などの記憶はない。
今世の私が、いつの頃だったか。
前世の記憶をふわりと思い出し、それでもいつも通りの生活をしていた。
年齢相応、家柄相応の淑女教育を受けて育っている。
大きく私の人生が変わったのは間違いなく十三歳の時。
この国は十三歳になる年に教会で洗礼の儀式を受ける。
洗礼の儀式では稀に神様から祝福を授かることがある。
私はギフトを授かる側だった。
それだけなら別に大きな問題ではない。
問題はそのギフトがトンデモ中のトンデモだったことだ。
ギフト『斉天大聖孫悟空』。
まったく今世の世界観にそぐわない、その名が洗礼水晶に浮かび上がっていた。
西遊記の、孫悟空。
そこから私の苦悩の日々は始まった。
初めに私が恐れたのは、孫悟空が受けた仏罰だった。
私は孫悟空について考える。数ある派生作品ではなく、原典の悟空のことを。
天界に招かれつつも、与えられた役職が低かったことに腹を立てた孫悟空。
彼が天界で与えられた役職は『弼馬温』、天馬の世話をする、つまり『馬の世話係』だった。
これは天界で最も下級で、〝階級なし〟のどん底、無位無官の末端職だった。
最初は『天界の役人になれた!』とエリートコースに乗ったと思っていたのが、蓋を開けてみれば愚弄も愚弄、馬の病気避けの猿として扱われていたと知ったのだ。
その扱いに孫悟空は激怒する。
彼には故郷の山を支配した王としてのプライドがあったのだ。
なお、弼馬温はそのあとも蔑称として扱われ、敵の妖怪が孫悟空を挑発する時に罵られる。
最大の屈辱であり、そう呼ばれると孫悟空はブチギレだ。
そして、この猿は、勝手に『斉天大聖』……天にも等しい偉大な聖者、を名乗る。
ブラック企業で使い潰されてしまうような、優しい人たちに見習わせたいほどの自己肯定感だ。
斉天大聖は天界を徹底的に破壊し始めた。
食べれば数千年の寿命が延びるという桃、蟠桃を盗み食いし、太上老君の『不老不死の仙丹』を完食してしまう。
これにより孫悟空の肉体は、どんな武器も通さず、火で焼いても死なない、『金剛不壊』の肉体になり、無敵になってしまう。
十万もの天兵を斉天大聖討伐に動かすも、無敵の猿に返り討ち。
困り果てた天界は、極楽浄土にいらっしゃるお釈迦様こと釈迦如来に孫悟空の対処を任せた。
そこで西遊記前半で、最も有名だろうシーンである。
お釈迦様は暴れる猿に対し、戦うのではなく、ある賭けを持ちかけた。
『お前が私の右手の掌から飛び出すことができたら、天界の主の座を譲ってやろう』
そんなのは簡単だと、筋斗雲で飛び立つ猿。
彼は世界の果てへと辿り着く。そこには五本の巨大な肉色の柱があった。
証拠として、真ん中の柱に『斉天大聖、ここに参上』と落書きする。
ついでに、その根元におしっこをひっかけて意気揚々と戻る。
お釈迦様のもとに戻った猿は、世界の果てに行ってきたのだと豪語する。
しかし、お釈迦様が右手を広げると、そこには猿が書いた落書きと、指の付け根に粗相の跡が。
猿が世界の果てだと思った柱は、実はお釈迦様の五本の指だったのだ。
お釈迦様の掌の上。
猿は逃げようとするが、お釈迦様からは逃げることができない。
ひっくり返された掌で、地上へと叩きつけられる猿。
その手が、五行を備えた巨大な五つの峰を持つ山へと変わり、とうとう猿は閉じ込められてしまった。
それでもなんとか五行の山から抜け出そうとする猿。
だが、お釈迦様は、オン・マ・ニ・ハツ・メイ・ウンと書かれた札を取り出す。
世代としては、ここで『魔〇天浄!』とイケメンボイスで声に出したいところだ。
五行山に封印された、斉天大聖孫悟空。
これが西遊記の前半パートだ。
そこから三蔵法師に出会うまで、さらっと五百年の時間が経過する。
物語であればそれでいいが……私はこう思った。
もし、孫悟空の身に起こったことが私の身に降りかかったら?
そのことを警戒して、私はギフトを使うのをためらっていた。
また〝不老〟になる場合に備えて、ギフトを本格的に使うのは、ある程度の年齢になってからと考えていた。
結局、不老に関してはギフトに内包されていたとしてもオン・オフができるのではないか、という結論を出している。
五百年の幽閉についても、なさそうではある。
西遊記のエピソードを再現するギフトではなく、あくまで孫悟空の能力を再現するギフトのようだからだ。残念ながら確証といっていい根拠かはあやしいのだが……。
本家・孫悟空とは大きく異なる点もある。
それは作中で孫悟空が奪った宝の能力も呼び出しが可能なことだ。
芭蕉扇、幌金縄、七星剣。
これらはギフトで呼び出せるが、本来は孫悟空の持ち物ではない。
作中で孫悟空が敵から奪い、使った宝たちなのだ。
この点で、あくまで私が孫悟空本人になったわけではないことがわかる。
もちろん、私の自認も孫悟空ではないので当たり前だが。
でも、いくら警戒しても足りないだろうとは思ってしまう。
だって罰が、代償が重すぎるから。
別にそこまでギフトを使って好き放題したいわけでもない。
なにせ私は公爵家の娘なのだ。
はっきり言って、この世界観に転生した身としては、かなり恵まれた境遇といえるだろう。
恵まれているので、超常の力を使って世界をどうにかしてやろうとも思わない。
私は社会を恨んでいない。前世でもだ。
そうして、孫悟空の再現ならば、もう一つ、最大級に警戒すべきことがあった。
それこそが……『緊箍児』。孫悟空の頭に嵌められた黄金の輪。
三蔵法師に嵌められ、孫悟空を戒める力を持つ、それ。
緊箍児は、もとからギフトに内包されていた。
でも、ワンチャン、ギフトなんだから『他人に掛ける』タイプの特殊能力の可能性だって捨ててはいなかったんだけど。その希望はあえなく潰えた。
「…………」
私はおそるおそる、自分の頭に手を伸ばした。
そこには冷たく、硬い、感触がある。
「……はぁ」
どうやら夢ではなかったらしい。
緊箍児は私の頭に嵌められていた。
「殺生はいけません、ね」
気を失う前に聞いた言葉は、果たして本当に誰かが言ったのか。
それともギフトが鳴らした自動音声か。
はたまた、私の妄想が生み出した幻聴なのか。
まったくはっきりとしない。
残念ながら異世界なのにステータスオープンとか、そういう親切なものはなかった。
かろうじて他人のギフトや、洗礼水晶のような道具で内容がわからなくもないのだが。
そこに書かれている内容も細かい説明ではなかった。
「……キメラを殺したから? それとも分身が魔獣を殺したから?」
不明だ。分身に命令した内容では絶対に殺すなとは言っていない。
キメラ殺しはラストアタックがヴィルヘルムだったため、納得がいかないところだ。
でも、山羊頭と蛇頭を殺したと言われれば、まぁそうだとしか言えない。
あの黒水晶の存在を考えると人工魔獣?
だったらキメラそのものではなく、三つの生命体を融合させた存在だったのかもしれない。
そうならば、山羊頭も、蛇頭も、一つの命といえるだろう。
とりあえず、どちらが理由だとしてもだ。
情状酌量の余地とか、正当防衛とか、そういうのはないらしい。
裁判じゃあないのだ。ギフトでの不殺は絶対のルール、とみていいのだろう。
「……原典の玄奘三蔵法師も、そういうところあるわよねぇ……」
どう考えても三蔵法師を助けるために孫悟空が敵を殺すわけだが。
それすらも咎められてしまうのである。
「お師匠様、それはないわ……」
たぶん、原典西遊記を読んだ、現代読者の大半はこう思うんじゃないだろうか。
お師匠様はさぁ……。本当さぁ。どうなの? ええ?
また、不殺というのなら、むしろ安全ではないか? と思う。
なにせこの世界、どうやらギフトの複製技術があるらしいのだ。
孫悟空には巨大化する術『法天象地』や、どんな動物にも、どんな他人にも変身できてしまう『七十二変化』の術がある。
悪人には決して渡してはならないギフト。
そのギフトに殺人がダメという縛りがあるのなら、安心できる?
「……そうではないわね」
だって、この緊箍児。『殺せない』ではないからだ。
私はこのギフトを使って、大量虐殺ができる。できてしまう。
緊箍児が発動するのは、そのあとだ。
『殺せない』のではなく『殺すと報いを受ける』。
前者ならば、いくら暴れても相手を死なせることはないと安心できるだろう。
だが、後者は結局、警戒すべきことは何も変わらないのである。
それはこのギフトを奪える悪人にとっても同じことだ。
だいたい誰も殺さなくたって変身能力で冤罪を量産できてしまう。
結局、他人に渡せないのは変わらないだろう。
「はぁ……」
私はどこかもわからないベッドの上で、深く溜息をつくのだった。




