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【第三章、開始】私、曇りの聖女と呼ばれたけれど! ~転生悪女が授かったトンデモギフトの正体は何?~  作者: 川崎悠
第2章 乙女ゲームは八十一難

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41 原典

第二章、スタートです。

「う……」


 ゆっくりと瞼を開ける。

 見えてきたのは、見知らぬ天井だった。

 といっても、前世の病院というわけではない。


「……ここは」


 どこだろうか。私の部屋ではない。

 前世でも、今世でも見覚えのない部屋だった。

 私は、そんな場所で目を覚ましたのだ。

 見覚えのない部屋の、ベッドの上だった。


 ここはどこなのか。何が起きたのだったか。前世、今世とは。

 困惑した頭で今さらのようにこれまでの事態を整理していく。


 今世の私の名前は、カーマイン・マロット。マロット公爵家の長女だ。

〝今世〟という言葉が意味するように、私には前世の記憶があった。


 とはいえ、パーソナルデータは、ほぼない。

 覚えているのは現代の日本人だったという記憶だけ。

 どこの地方の、なんという名の人物だったのか、それはわからない。

 趣味はオタク寄りで、自分で創作活動とかするタイプだった。

 前世も女性で、結婚は……していなかった、かな? おそらく、だけど。

 前世の家族・恋人などの記憶はない。


 今世の私が、いつの頃だったか。

 前世の記憶をふわりと思い出し、それでもいつも通りの生活をしていた。

 年齢相応、家柄相応の淑女教育を受けて育っている。


 大きく私の人生が変わったのは間違いなく十三歳の時。

 この国は十三歳になる年に教会で洗礼の儀式を受ける。

 洗礼の儀式では稀に神様から祝福(ギフト)を授かることがある。


 私はギフトを授かる側だった。

 それだけなら別に大きな問題ではない。

 問題はそのギフトがトンデモ中のトンデモだったことだ。


 ギフト『斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空(そんごくう)』。

 まったく今世の世界観にそぐわない、その名が洗礼水晶に浮かび上がっていた。


 西遊記の、孫悟空。

 そこから私の苦悩の日々は始まった。

 初めに私が恐れたのは、孫悟空が受けた仏罰(ぶつばち)だった。

 私は孫悟空について考える。数ある派生作品ではなく、原典の悟空のことを。


 天界に招かれつつも、与えられた役職が低かったことに腹を立てた孫悟空。

 彼が天界で与えられた役職は『弼馬温(ひつばおん)』、天馬の世話をする、つまり『馬の世話係』だった。

 これは天界で最も下級で、〝階級なし〟のどん底、無位無官の末端職だった。

 最初は『天界の役人になれた!』とエリートコースに乗ったと思っていたのが、蓋を開けてみれば愚弄も愚弄、馬の病気避けの猿として扱われていたと知ったのだ。


 その扱いに孫悟空は激怒する。

 彼には故郷の山を支配した王としてのプライドがあったのだ。

 なお、弼馬温はそのあとも蔑称として扱われ、敵の妖怪が孫悟空を挑発する時に罵られる。

 最大の屈辱であり、そう呼ばれると孫悟空はブチギレだ。

 

 そして、この猿は、勝手に『斉天大聖』……天にも等しい偉大な聖者、を名乗る。

 ブラック企業で使い潰されてしまうような、優しい人たちに見習わせたいほどの自己肯定感だ。

 斉天大聖は天界を徹底的に破壊し始めた。


 食べれば数千年の寿命が延びるという桃、蟠桃(ばんとう)を盗み食いし、太上老君(たいじょうろうくん)の『不老不死の仙丹』を完食してしまう。

 これにより孫悟空の肉体は、どんな武器も通さず、火で焼いても死なない、『金剛不壊(こんごうふえ)』の肉体になり、無敵になってしまう。


 十万もの天兵を斉天大聖討伐に動かすも、無敵の猿に返り討ち。

 困り果てた天界は、極楽浄土にいらっしゃるお釈迦様こと釈迦如来(にょらい)に孫悟空の対処を任せた。


 そこで西遊記前半で、最も有名だろうシーンである。

 お釈迦様は暴れる猿に対し、戦うのではなく、ある賭けを持ちかけた。


『お前が私の右手の(てのひら)から飛び出すことができたら、天界の主の座を譲ってやろう』


 そんなのは簡単だと、筋斗雲で飛び立つ猿。

 彼は世界の果てへと辿り着く。そこには五本の巨大な肉色の柱があった。

 証拠として、真ん中の柱に『斉天大聖、ここに参上』と落書きする。

 ついでに、その根元におしっこをひっかけて意気揚々と戻る。


 お釈迦様のもとに戻った猿は、世界の果てに行ってきたのだと豪語する。

 しかし、お釈迦様が右手を広げると、そこには猿が書いた落書きと、指の付け根に粗相の跡が。

 猿が世界の果てだと思った柱は、実はお釈迦様の五本の指だったのだ。

 お釈迦様の掌の上。

 猿は逃げようとするが、お釈迦様からは逃げることができない。

 ひっくり返された掌で、地上へと叩きつけられる猿。

 その手が、五行を備えた巨大な五つの峰を持つ山へと変わり、とうとう猿は閉じ込められてしまった。


 それでもなんとか五行の山から抜け出そうとする猿。

 だが、お釈迦様は、オン・マ・ニ・ハツ・メイ・ウンと書かれた札を取り出す。

 世代としては、ここで『魔〇天浄!』とイケメンボイスで声に出したいところだ。


 五行山に封印された、斉天大聖孫悟空。

 これが西遊記の前半パートだ。

 そこから三蔵法師に出会うまで、さらっと五百年の時間が経過する。

 物語であればそれでいいが……私はこう思った。


 もし、孫悟空の身に起こったことが私の身に降りかかったら?

 そのことを警戒して、私はギフトを使うのをためらっていた。

 また〝不老〟になる場合に備えて、ギフトを本格的に使うのは、ある程度の年齢になってからと考えていた。

 結局、不老に関してはギフトに内包されていたとしてもオン・オフができるのではないか、という結論を出している。

 五百年の幽閉についても、なさそうではある。

 西遊記のエピソードを再現するギフトではなく、あくまで孫悟空の能力を再現するギフトのようだからだ。残念ながら確証といっていい根拠かはあやしいのだが……。


 本家・孫悟空とは大きく異なる点もある。

 それは作中で孫悟空が奪った宝の能力も呼び出しが可能なことだ。

 芭蕉扇(ばしょうせん)幌金縄(こうきんじょう)七星剣しちせいけん

 これらはギフトで呼び出せるが、本来は孫悟空の持ち物ではない。

 作中で孫悟空が敵から奪い、使った宝たちなのだ。

 この点で、あくまで私が孫悟空本人になったわけではないことがわかる。

 もちろん、私の自認も孫悟空ではないので当たり前だが。


 でも、いくら警戒しても足りないだろうとは思ってしまう。

 だって罰が、代償が重すぎるから。

 別にそこまでギフトを使って好き放題したいわけでもない。

 なにせ私は公爵家の娘なのだ。

 はっきり言って、この世界観に転生した身としては、かなり恵まれた境遇といえるだろう。

 恵まれているので、超常の力を使って世界をどうにかしてやろうとも思わない。

 私は社会を恨んでいない。前世でもだ。


 そうして、孫悟空の再現ならば、もう一つ、最大級に警戒すべきことがあった。

 それこそが……『緊箍児(きんこじ)』。孫悟空の頭に嵌められた黄金の輪。

 三蔵法師に嵌められ、孫悟空を戒める力を持つ、それ。

 緊箍児は、もとからギフトに内包されていた。


 でも、ワンチャン、ギフトなんだから『他人に掛ける』タイプの特殊能力の可能性だって捨ててはいなかったんだけど。その希望はあえなく潰えた。


「…………」


 私はおそるおそる、自分の頭に手を伸ばした。

 そこには冷たく、硬い、感触がある。


「……はぁ」


 どうやら夢ではなかったらしい。

 緊箍児は私の頭に嵌められていた。


「殺生はいけません、ね」


 気を失う前に聞いた言葉は、果たして本当に誰かが言ったのか。

 それともギフトが鳴らした自動音声か。

 はたまた、私の妄想が生み出した幻聴なのか。

 まったくはっきりとしない。

 残念ながら異世界なのにステータスオープンとか、そういう親切なものはなかった。

 かろうじて他人のギフトや、洗礼水晶のような道具で内容がわからなくもないのだが。

 そこに書かれている内容も細かい説明ではなかった。


「……キメラを殺したから? それとも分身が魔獣を殺したから?」


 不明だ。分身に命令した内容では絶対に殺すなとは言っていない。

 キメラ殺しはラストアタックがヴィルヘルムだったため、納得がいかないところだ。

 でも、山羊頭と蛇頭を殺したと言われれば、まぁそうだとしか言えない。

 あの黒水晶の存在を考えると人工魔獣?

 だったらキメラそのものではなく、三つの生命体を融合させた存在だったのかもしれない。

 そうならば、山羊頭も、蛇頭も、一つの命といえるだろう。


 とりあえず、どちらが理由だとしてもだ。

 情状酌量の余地とか、正当防衛とか、そういうのはないらしい。

 裁判じゃあないのだ。ギフトでの不殺は絶対のルール、とみていいのだろう。


「……原典の玄奘三蔵法師も、そういうところあるわよねぇ……」


 どう考えても三蔵法師を助けるために孫悟空が敵を殺すわけだが。

 それすらも咎められてしまうのである。


「お師匠様、それはないわ……」


 たぶん、原典西遊記を読んだ、現代読者の大半はこう思うんじゃないだろうか。

 お師匠様はさぁ……。本当さぁ。どうなの? ええ?


 また、不殺というのなら、むしろ安全ではないか? と思う。

 なにせこの世界、どうやらギフトの複製技術があるらしいのだ。


 孫悟空には巨大化する術『法天象地(ほうてんしょうち)』や、どんな動物にも、どんな他人にも変身できてしまう『七十二(しちじゅうに)変化(へんげ)』の術がある。

 悪人には決して渡してはならないギフト。

 そのギフトに殺人がダメという縛りがあるのなら、安心できる?


「……そうではないわね」


 だって、この緊箍児。『殺せない』ではない(・・・・)からだ。

 私はこのギフトを使って、大量虐殺ができる。できてしまう。

 緊箍児が発動するのは、そのあと(・・・・)だ。


 『殺せない』のではなく『殺すと報いを受ける』。

 前者ならば、いくら暴れても相手を死なせることはないと安心できるだろう。

 だが、後者は結局、警戒すべきことは何も変わらないのである。

 それはこのギフトを奪える悪人にとっても同じことだ。

 だいたい誰も殺さなくたって変身能力で冤罪を量産できてしまう。

 結局、他人に渡せないのは変わらないだろう。


「はぁ……」


 私はどこかもわからないベッドの上で、深く溜息をつくのだった。


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― 新着の感想 ―
仏教界は羽虫一匹殺しても地獄行きって無理ゲーだっけ
「殺さなければ何をしても良し」なら残酷なことよね。
肌が黒いから人間じゃないヨシ!とか言い腐って奴隷にしくさるようなキリスト教と違って、仏教はガチでやろうとすると無茶いうなってとこありますからね……。 相手がハラ減ってるからって身を差し出すのもおかしい…
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