18 生徒会の解散
去り行く横領犯を見送りながら、でもどこか皆、立ち止まったまま。
ここが最後のチャンスだろう。
「ふふふ!」
今、起きたことをそれぞれが話し合って昇華してしまう前に。
私は少しだけ声を大きくして笑い、注目を再度集めた。
「オレンジとか、ピーチなんて可愛らしい合言葉の組織、あるわけないのにね!」
私に対する評価として受け入れやすい言葉と態度を残す。
私の言葉に、そこに集まった生徒たちが固まる。
彼らの中で、じわじわと言葉の意味が浸透していくのを待つ。
「皆さんも今回と同じような騒ぎに巻き込まれたら、今の私のやり方を真似してくださいね。貴族子女が多いこの学園、そして将来の社交界。いくらだって偽りの噂で貴方たちの未来を陥れようとする者が現れるでしょう。毅然と対応する。まずは、そこから始めてください。余裕がある方は私のように、陥れんとしてきた相手を手玉に取るのも一興ですよ」
私の言葉を聞いた生徒たちが、目をパチパチと瞬きしている。
狐につままれたような、そんな表情。
「え、なぁに? もしかして私、本当に悪の組織の親玉だって思われちゃった?」
と、近くにいた女子生徒に困惑しながら話を振る。
彼女にここで否定の言葉を言わせるために。
「え、あ、い、いえ! そんなことは思っていません!」
「ふふ、ありがとう、信じてくれて。大丈夫よ、ないからそんなの。ああ、でも」
そこで意味深に言葉を区切り、微笑む。
「本当にあったら、楽しいかもしれないわね? そんな組織。ふふ」
そうして笑うと、苦笑い混じりで場の空気は弛緩していった。
まぁ、こんなところだろう。
誰もが語りやすいシナリオというのは大事なのだ。
私に対する疑いがすべてなくなることは、ああして絡まれた時点でない。
あとは地道に信頼を積み重ねて噂を払拭するしかないが、今回のやり取りが挟まったことで、そこにちょっとしたネタが仕込まれた。
方向性としては、そこまで悪くないだろう。
「では、皆様、ごきげんよう」
礼をして、私は優雅にその場を立ち去るのだった。
それから、しばらく学園では生徒会についての噂で持ち切りになる。
横領犯は退学。そこから黒幕などは見当たらず、個人の責任を問われたみたい。
追加での処分もあるみたいだけど、そちらは噂になっていない。
さて。あの男は、単にその場にいた私を利用しようとしただけなのか。
それとも黒幕がいるのか。
気になるけれど、念入りに調べても黒幕に辿り着ける気がしない〝筋〟なのよね。
あれだけ平気で嘘を吐ける相手だ。尋問するだけ時間の無駄というか。
私が仮に悪巧みをするとしても、あれに重要情報を与えるとは思えない。
乙女ゲームのシナリオにあのイベントがあったとしても、黒幕に即座に辿り着くような情報は持っていないだろう。
加えて言うと、ここであの男について調べるとなれば、お父様にお願いし、マロット公爵家に動いてもらうことになるわけだが……。
私は、すでに疑いの火種を蒔かれてしまった状態だ。
無関係を主張したはずなのに、どうやら裏ではマロット公爵家が動いているみたいだぞ? となると、よからぬ方向に話がいってしまう。
それは考えなしの悪手だろう。権力とは振りかざせばいいものではない。
動く時は、それが大きな動きすぎて、誰かに察知されてしまう。
だから、ここは見一択。大人しくしているのが最善だ。
目先の餌に食いついても、リターンが少なそうな相手だしね。
公爵家を動かす時は、もっと大物相手にするべきだ。
この一件で、私についての噂も相応に出ている。
でも、悪意のある噂はそこまでなさそうだわ。
どうにか噂の方向性をコントロールできたっていうところね。
私が抱える謎の秘密組織は、とりあえずコードネームが『オレンジ』として語られている。
ただ、実態がないので適当な噂話にまぎれていった。
驚きなのが、そこから今ある生徒会が〝解散〟になるだろうという噂だ。
例の横領犯一人の問題なのかと思いきや、体制の問題として課題になっているらしい。
なので、いっそのことメンバーを一新してはどうか、と。
そういう話になっているのだ。
また、そうなった理由も想像できる。ただ今ある生徒会を潰したいだけじゃない。
理由はヴィンセント殿下の入学だ。
第一王子が入学している以上、生徒会長も殿下に任せるべきではないか。
そんな声が上がっているのだ。
実際、生徒の中に殿下がいるのに、生徒会が上から接するのは、かなりハードルが高い。
というか無理だろう。
それを考えると、いっそ、この機会に生徒会を解散。
改めてヴィンセント殿下を生徒会長に据えて再出発する。
それがいいのではないか、という風潮だった。
もちろん、今すぐにそうなるわけではないようだが……。
「ヴィンセント殿下が生徒会長になられるのなら、マロット公女も生徒会に呼ばれるのではありませんか?」
「それはどうなのかしら? いきなり言われても困るでしょうね。まぁ、それはヴィンセント殿下も同じかもしれませんけど。王子とはいえ、まだ一年生なのにねぇ」
「それは……あはは、確かに殿下といえども、同じ年齢ですよね」
「ふふ、そうね。あの人もお年頃の男子というわけね。そう思うと可愛らしいものだわ」
「マ、マロット公女……。その、不敬などは」
「王族への敬意は忘れていないけど、だからといって殿下を私たちと違う生き物のように扱うのは、それはそれで逆に不敬じゃないかしら。こう、生物学的には一緒だから、同じような問題を抱えるでしょうし……。この年頃の男子としての殿下の姿も認めてさしあげないと、逆に彼を苦しませるのではない?」
「そ、そういうものですか?」
「まぁ、私の考えだから強制はしないわ、ふふ」
それにしても。あり得るシナリオだ。
もしかして、そういうことだろうか。
ヒロインちゃんやG4たちが学園に入学し、一学期のうちに現生徒会で問題が起きる。
それを機に生徒会が解散し、改めてヴィンセント殿下が生徒会長になる。
その新たなメンバーに選ばれるのは当然、G4の四人。
そして、ヒロインちゃんことセラフィナ・アスティエール子爵令嬢だ。
あの一件はゲームシナリオの一部だった、と。
その場合、私がどうするかよね。
私にとっていい展開なのは参加と不参加、どちらなのか。
……関わりたくないから不参加かなぁ。
どの道、シナリオがわからないから可能性は半々だもの。
なら、私の選びたい方を選ぶしかあるまい。
「カーマイン嬢」
そんな噂話が広まり切った頃、やはりと言うべきか。
ヴィンセント殿下含めたG4たちが私のいる教室へとやって来た。
若干一名、騎士系男子が敵意を持って睨んでくるが無視対応である。
また影のある教会系男子は気まずそうに目をそらす。こちらは反省したならヨシだ。
「ヴィンセント殿下、ごきげんよう」
「ああ。ところで、聞いたかい?」
「何をでございましょう?」
「私が新しい生徒会長になる予定という話だ」
「……そちらは確定なのでしょうか」
「まぁ、そうなるだろうな。正式な文書通達はまだだが」
まぁ、そうなのでしょうね。
「おめでとうございます、ヴィンセント殿下。遠く、離れた場所から、殿下の華々しいご活躍をお祈り申し上げております」
「待て待て、そう話を早めるな、カーマイン嬢」
言外に『嫌です』オーラを出す私。もちろん笑顔で。
「聞いておきたいのだが、カーマイン嬢は新たな生徒会に参加する気はあるか?」
「ございません」
はっきりと断り、ニッコリと笑ってみせる。
そうするとヴィンセント殿下は苦笑。他三人はそれぞれの反応を示す。無視である。
「そうか。残念だが、しかし、生徒会メンバーは最低でも五人は必要らしいのだ」
「まぁ、では、これから生徒会になられる方を、ここではないどこかへ捜しに行かれるのですね、私も陰ながら応援しています」
「ハハハ」
「フフフ」
私を引き入れようとする殿下、やんわりと拒絶する私。
腹黒殿下相手には、これくらいストレートでいいのだ。たぶん。
「それはそうと問題の元生徒に、嫌な巻き込まれ方をしたらしいな、カーマイン嬢」
「ええ、まぁ」
「見事に撃退してみせたらしいが、本当に問題の生徒には呆れるな。ただでさえ最低な行為をしておきながら、さらに無関係なカーマイン嬢を巻き込み、道連れにしようとするとは」
あら。これって殿下のフォローね。
あれからすぐに私の無実を宣言するのではなく、しっかり調べたあとに来たわけか。
慌てて動くよりも、よほどいいタイミングだ。
「そもそも、私たちと同じ一年のカーマイン嬢が、去年度からの横領案件に関わっているはずがないだろうに」
「あの一件、去年度からでしたの」
「そうだな。だからこそ生徒会ごと解散に、という話になった。悪しき風習を断つというやつだ。もちろん、問題のある者はすでに調べ上げ、全員を処断している。ゆえに今、学園に通っている者たちは、元生徒会であろうと無関係の者たちだと王族として保証する」
なるほど。殿下が公女の私に話しかけ、注目を集めたうえで、このことを殿下の口から言葉にしておきたかったのか。
私も巻き込まれたけれど、無関係の元生徒会メンバーの方がよほど迷惑だったはずだものね。
「殿下のご対応、素晴らしいものだと思います。私も友人を始め、派閥の者たちにも、その〝事実〟を周知するよう、心掛けますわ」
「ああ、ありがとう、カーマイン嬢。君も巻き込まれた被害者なのに、すまないな」
「いいえ、お気遣いなく。お言葉だけありがたく受け取らせていただきます」
ある意味、儀式的なやり取りを続けたあと。
「ところで、カーマイン嬢は生徒会に入る予定はあるかい?」
「……殿下。話が最初に戻っていますわよ」
『はい』と言うまで進まないタイプの会話かしら。
孫悟空パワーでフラグをぶち壊すわよ。
「ははは。冗談だ。しかし、君が断るのなら、誰か推薦する者はいるかい? カーマイン嬢」
「……そうですわね。私の他の高位貴族子女から誘うのもいいですが」
推薦ねぇ。
ヒロインちゃんを推薦するのがセオリー?
別に私はG4の誰も狙っていないもの。彼女が誰と仲良くなろうが関係ない。
あの子は生徒会に入ったら、それはがんばりそうだけど。
でも、人生の大きな決断である以上、私が勝手に言うようなことではない。
ただ、誰を選んだとしても、様々な問題が起きるだろう。
そんな決断を私の推薦で決められるのは御免ね。
「いっそ、選挙をしてみればどうでしょうか?」
「選挙?」
「ええ。殿下も突然のこと、困惑しておられるでしょう。その立場から生徒会長になるように話がきているようですが。しかし、それは予定外のことのはず。間違いなく殿下の負担になることでしょう。それよりも、生徒たちの手で新たな生徒会長を選べば、ヴィンセント殿下でなくとも、それは民……もとい生徒たちの意思の反映です。『殿下がいらっしゃるのに生徒会長を』などと噂されることはなく、その何者かも、生徒会長を務められるはずです。殿下はまだ学園一年生。生徒会長になるのは二年、三年からでも遅くはないでしょう。もちろん、殿下がやりたいと思われているのなら止めはしません」
「……ほう」
ヴィンセント殿下は意外な提案だったようで驚いている。
だが、嫌な提案ではない様子で考え込む。当然、私の真意には気付かない。
名付けて、これが運命なら、その土台からぶち壊してやろう作戦だ。
こんな如何にもな展開で生徒会が発足するのは、それがシナリオの一環だからでは?
そして、その結果は推定悪役令嬢の私に牙を剥くのでは?
ならば、その生徒会、別のものに変えてしまえ、である。
「悪くない提案だ、カーマイン嬢。私も一年か二年、楽ができるな」
「ふふ、そう言っていただけて幸いです」
「ならばもちろん」
そして腹黒殿下が続けた。
「選挙管理委員会は提案者の君が担ってくれるね、カーマイン嬢」
……やらかしたらしい。
ニコニコなヴィンセント殿下。三者三様の背景三人。
「……まぁ、それくらいなら。生徒会には入らないという条件付きで」
お師匠様、私は徳を積む機会を得ました。ええ、もちろん喜んで精進致します。
ウキーッ!
時事ネタ。選挙に行こうぜ!




