17 オレンジ
「それは……」
連行している側は男子生徒が二人。騎士科だろう、逞しい体格をしている。
対して連行されていた側は男子生徒が一人、どうやら生徒会の人間のようだ。
その問題の男子が、さも私の指示で何事かを成したように言い始めた。
こびへつらうように気持ち悪い笑顔でニタニタ笑い、私を見ている。
私の問いかけに、連行している側二人が顔を見合わせる。
どうやら話せないか、話していいのかわからない様子。でも。
「公には話せないこと? でも、それだと私が困るわね。この初めて見る男子生徒、明らかに私に濡れ衣を着せるタイミングを見計らっていて、声を上げたみたいだけど? この男は、貴方たちと結託して、公爵家の娘たる私を陥れようとしている、そういう理解でよろしくて?」
濡れ衣返しで、明らかに無害そうな二人を巻き込んでおく。
ここで事情のだんまりなど許せるはずもない。
まさかの結託疑惑を出された彼らは、慌てて事情を明るみにする。
「ち、違います! この男は生徒会の人間で……今まで横領を働いていたんです! それが発覚したので、今、連行しています! 教員、生徒会が了承済みで!」
「横領」
日本では、学校で、それも生徒が犯人なんて驚きの事件だろうな。
でも、ここは王立学園であり、その生徒会といえば、わりとけっこうな金額が動いているという。
加えて王族のいる世代となれば、王族が生徒会長になったり、生徒会メンバーも高位貴族の子女から選ばれたりと、フィクション生徒会も真っ青の権力を持つとか持たないとか。
あと、横領発覚とか完全に犯罪なんだけど、連行するのは教員じゃなくて生徒なんだ。
まぁ、騎士科っぽいし、将来の予備訓練みたいな?
さて、問題はその横領犯が、あろうことか私を巻き込んだことだ。
弁明はもちろんできる。本気で知らないんだもの。
その横領事件に対して私が関与した証拠などは出てこない。
出てきても、それは捏造されたものだ。
綺麗な言い訳をできたとしても、私への疑いは残ってしまう。
それが何より厄介で、むしろそれが狙い?
でも、それにはこいつが捨て身で横領発覚までやったってことになる。
権力者がバックにいて、あとで解放してもらえる手筈が整っているとか?
そして、その解放したのも私のせいにされるとか?
じゃあ、この状況に持ち込まれた時点で私は詰みなのか。
それとも、きっちりここで無罪を証明し、あとあと信用を勝ち取っていくのか。
なんとも面倒くさい。
私がしなければならない面倒くさいことと、かかる時間に対して、〝敵〟の消耗はこの切り捨ててもよさそうな男子生徒一人。またはその家門だけ。
割に合わない。ならば、どうする?
そうね、ここは……。
「ふぅん。まぁ、詳細は構わないわ。でも、試させてもらおうかしら」
「試す……?」
「ええ。きっちりとその男を捕まえていてね?」
「は、はい……」
私は周囲を見回す。それなりの人数の生徒が注目している。
今、注目は横領犯よりも私に向かっているわね。
「名前も知らない貴方。もし、貴方が私の指示とやらで行動していたというのなら。それを証明できるわよね?」
「は……?」
私は毅然とした態度というより、試すような、挑発的な態度で男子生徒を見下す。
「そんなの……。アンタに指示された! それだけが事実だろぉ!?」
彼の目的はなんなのか。
捕まって、お先真っ暗だから、私を巻き込んで道連れにしようとしただけか。
それとも黒幕がいて、すべてが何者かの指示通りでこうしているのか。
でもね。私はここで無実を訴えない。
「なら、聞かせてね? ──オレンジ」
私は、たった一言だけ、そう口にして、そのまま沈黙した。
きちんと周囲の生徒たちにも聞こえる声で言葉にしている。
「……あ?」
意味不明な一言を言い放っただけで口を閉ざす私に、横領犯も生徒たちも困惑する。
「……なんだよ?」
「あら。聞こえなかったのかしら? もう一度言うわね、オレンジ」
「はぁ……?」
たっぷりと時間をかけて、何も言わない。情報を与えない。
ますます混乱が極まる。
横領犯も何を返したらいいのか、正解がわからず口を噤んでしまう。
「あ、あの……? マロット公女、よろしいですか? オレンジとはいったい?」
耐えかねたのか、連行している騎士科の男子がためらいがちに問うてくる。
生徒たちも横領犯も答えを聞きたそうな様子だ。
私は微笑みだけ返して、横領犯に視線を向ける。
「貴方、まさかわからないの?」
「な、何がだよ」
「ああ、そう。その反応で充分ね。騎士科の生徒さん、どうやら彼、私の指示を受けた人間じゃあないみたい。私もびっくりしたけど、ただの人違いのようね。問題ないから、もう行っていいわ」
手の平を返し、興味を失ったように私は彼らを行かせようとする。
私自身の濡れ衣を晴らすこともしない。
横領犯を守ることもしない。
それで私が安全なのだとでも言わんばかりの、堂々とした態度で。
「ま、待てっ! 待てよ! なんだよ、どういうことだよ!?」
横領犯は焦り、私に縋りつこうとするが、騎士科の二人ががっちりと捕まえている。
「あら、どういうことも何も。貴方、わからないんでしょう?」
「だから何が!」
「ふふ、何がと言われてもねぇ? だって貴方、オレンジが何かわからないのでしょう?」
私は余裕の微笑みを浮かべて、横領犯を見下ろす。
彼がどんなに私を仲間扱い、黒幕扱いしようが関係ない。
「何がって……なんだよ……」
「だから、その反応で充分なの、私にとっては。貴方はオレンジが何かわからない、それが答え」
「く、果物……?」
「バカなのかしら? 救えないわね。もう連れて行ってくださる? 煮るなり焼くなり、好きにしていいわよ。私は関与しないから」
「ま、待て! 待てよ!!」
横領犯はなおも暴れて、どうにか答えを導き出そうとする。
「わかった! わかった! アレだろ!? オレンジ! へへ、オレンジ……」
「ふぅん」
ヘラヘラと笑う、気持ち悪い横領犯を、なんの感情も浮かべずに見る。
「なんのことかわかっていて言っているの?」
「あ、あったりまえだ! へへ。全部、アンタの指示なんだからなぁ!」
「あらそう。でも残念ね」
「は……?」
私は、そこでニッコリと、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「正解はピーチなの」
「は?」
「これで貴方は、私の指示で動いていないことが証明された。貴方はその場凌ぎで適当に私に合わせているだけよ。よくもまぁ、オレンジがわかるなんて言えたわねぇ」
「なっ! なんだよ、それ! わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」
「わからない。その時点で、貴方が私となんの関係もない証拠」
「なんでそうなるんだよ! 俺は!」
「──だって、貴方。私が従えている〝駒〟じゃないもの」
私は、そう言い切った。
「はぁ!?」
ますます混乱する横領犯に私は勝ち誇ったように言う。
「確かに私には子飼いの戦力、駒がいるわ。それは確かに存在する。公爵令嬢だもの、それくらいは嗜みよ。だから、もしかしたらその彼らが私の考えを無視して暴走したのかと思ったの。でも、貴方は違った。私の駒じゃなかった。それがこの短いやり取りの中で、はっきりしたのよ」
ちなみに、いません。そんな子飼いの駒とか、組織とか。
孫悟空の軍勢は分身たちなのだ。いざとなれば自分がなんとかするのである。
まぁ、お父様に頼めばある程度、動いてもらえる勢力くらいいそうだけど。
個人保有の組織などいません。
「私の駒は、私のために動いてくれる優秀な子たちよ。でも、その目的は横領なんてセコい真似をさせるためじゃあない。ましてね。この私が、お金に困っていると思う? 横領をする必要性があるとでも? 私の個人資産がそんなに枯渇しているように見えて? それも貴方みたいな、できそこないを味方に引き入れて? ふふ、バカにしないでちょうだい。私はね、部下にする人間の能力は、きちんと選ぶわ」
無実を訴えると逆に疑いが残る。
ならば、どうすればいいか。
さらなる奥の手があるように見せかけるのだ。
私は清廉潔白の存在ではない。確かに黒いことも含めている。
でも、だからこそ、この疑いは私に向けられるべきものじゃない。
人は綺麗すぎると、どこかに粗を探すものだ。
あっさりと無実だとわかれば『でも、本当は?』と疑うもの。
だからこそ、あえて黒い部分を見せる。
そんなもの、本当はありもしないのに。
「う……嘘だ! 出鱈目だ!」
「その証拠は?」
「そ、それは……」
問題のすり替え。私の組織なるものを証明する必要性はあるのか。
「貴方が私の指示で動いたというのなら、確実に証拠を持っているはずよ。それが私の組織、私の駒たちの忠誠の証。貴方の言い分を主張したいなら、その忠誠の証を見せてみなさい? それができないなら、私と貴方に、なんの繋がりもない証明になる」
「う、ぐ、ぐ……」
「ふふ、でも最後にもう一度だけチャンスを与えましょう」
私は、あえてそこで救い上げるようなことを言う。
横領犯はハッとしたように顔を上げる。
「貴方の言い分を通すためなら、次こそちゃんと答えなさい? じゃないと貴方は救われない。この先の人生もおしまいよ?」
脅迫するように、垂らす蜘蛛の糸。それに横領犯はすがりつく。
「〝ピーチ〟の意味は? 貴方が私の駒であり、その責任が私にあるというのなら答えられるはず。答えられなければ、ここで終わり」
「……!」
横領犯は、ない頭を振り絞って答えを探す。
でも、いくら私の表情を窺っても答えは見つからない。
滝のように冷や汗をかきながら、口をハクハクと開閉する横領犯。
「い、意味は……ない」
導き出されたのは、そんな答えだった。
確かにね、この言葉に意味なんてない。
彼は、確かに正解を導き出せた。けれど。
「──ハズレ」
私は笑って、そう答える。横領犯の表情がヒクリとひきつき、固まる。
「正解は、オレンジなの。オレンジが正解だったの。ピーチなんて嘘。貴方はやっぱり証明できなかった。そして、貴方の発する言葉のすべてが、その場凌ぎの大嘘ばかりで、出鱈目ばっかりだってことを、貴方は自ら証明した。そんな貴方の言う、私の指示だなんて言葉。どこに価値があるのかしら? この場にいる誰が信じてくれるの? この短いやり取りの中だけで、そんなにたくさん、平然と嘘を吐ける貴方のことを。誰が信じられるかしらねぇ?」
「あ……」
横領犯の視線が、私から周囲の人間へと向かう。
その言葉から真実が失われた、その事実を突きつけられる。
「さぁ、騎士科のお二人。今度こそ彼を連れていってくれる? 私はその男と、なんの関係もありません。その証明は充分にできたかと」
私は微笑みながら、そう告げた。騎士科の二人は頷き合い、横領犯を連行していく。
「うぁあああああ!」
横領犯の無様な断末魔だけが廊下に響き渡った。
全力で見逃せ!




